『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



「……何故ここにいるのですか」
 目の前には一人の女性が立っている。金髪のロングヘアーに着飾りに興味がないため、服装は白衣を着たまま。
「ん? まあ暇になったからね、少し降りてこようと思っただけ」
「本当にそれだけですか?」
「後はそろそろあんたが見つけたかと思って」
 どうせどこからか見ていたのだろう。この人物を出し抜くなど一生できるはずがない。
「知っていてその言葉は」
「卑怯です、か? ふふ、まあそうかもね」
「……この件に関しては関与しないでください」
「やっぱり? でもそうもいかないのよね」
「……」
 理由は知っている。ただ単に表面上の付き合いだけならばこうは言うまい。
「どうするおつもりで」
「もし、本気でやろうというなら」
 ふう、と一つ息をついてから答える。
「実力行使になるかも」
 分かっていた。こうなることが。だが果たして勝てるだろうか。この怪物に。
「……そうですか。すみませんが引くつもりはありません」
「知ってるわよ。そのためにあんたに――」
 対立する理由は明確だ。そしてこの日のためだけに女性は降りてきた。普段は滅多な事では来ないこの人物が。
「やめるなら今からでも遅くないと思うけど」
「なにがです」
「言わなきゃ分かんない程馬鹿じゃないでしょ」
「感謝はします。ですが立ち塞がるのであれば容赦はしない」
「……強気に出たわね。まあいいわ、格の違いってのを教えてあげる」
 手が光る。その拳にはいつの間にかグローブが装着されていた。そしてそのグローブには奇妙な部品がついている。握り拳ならばなんとか通せそうな大きさの、金色の輪。
「倒します」
 そのセリフを聞いてから、ふ、と笑って女性が白衣を脱ぎ捨てる。その下に着ていた服は、今まで見たこともない服装だった。奇妙な紋章が両腕と両足、そしてこの位置からでは見えないが背中に描かれている。
「!」
「実力行使って言ったでしょ。死にたくなければ足掻いて見せなさい」

「ん?」
 寝ようとした雪那は急に変な感覚に襲われた。何が、とは明確に言い表せないものの、引っかかる。
「どうした。もう寝るぞ?」
「あ、ああ。いや、なんか変な感じ」
「変なのはおまえだっつーの」
「殴る」
 違和感が消える。
「あ。なんか治った」
「? なんだよ、気味悪いな」
「すまんすまん。多分気のせいだ」
 もう一度シーツを羽織る。
「雪那、今日の話」
 寝ようとしたら今度はロイから話し掛ける。
「……ああ。どうした」
「俺さ、お前の過去の事全部聞いたわけじゃないんだよな」
「ああ」
「だからさ、なんか妹との会話、おかしい話に聞こえた」
「そうだろうな。一番大事な部分は誰にも話してない」
「テュッティにもか」
「ああ」
「……話さないのか」
「結構勇気がいる。俺自身話したい気持ちはあるがそれってさ、同時にある記憶を引っ張り出さなきゃならんのよ」
 その記憶がどういうものかまで分からないが、雪那本人にとっては一番見せたくない『闇』の部分なのだろう。けど、それでも。
「話しておけ。本気ならばなおさら」
 少々厳しい言い方だったか。
「そうだな。時間見つけたら話してみるよ」
 だが雪那はあっさりと受け入れた。
「大丈夫。今日はお前らにいろいろ教わったから。それに、あいつはその、恋人だし」
 はにかみながらもしっかりと答える。
「ああ、そうだな。大丈夫だよ。みんな、一緒だから」
「おやすみ」
「おう」
 明日は恐らくいつも通りの一日になるだろう。話す機会はいくらでもあるはずだ。ゆっくりでいい、自分の口から真実を話そう――

「ぐっ……がはっ」
 口から血が零れる。内臓もかなり痛んでいるだろう。拳がめり込んだ感覚が抜けない。
「はあ、あくっ」
 地面に倒れ込みながら何度も呼吸をしようとするが、うまくいかない。
「もう終わり?」
 金髪の女性は傷一つ負うことなく立っている。余裕の表情でまだやるかと挑発してきた。
「ま、まだ」
「根性は一人前。でも」
 一瞬で目の前に移動する。立ち上がろうとして着いた腕を伸ばした直後に、強烈な一撃を喰らう。
「がはっ!」
 吹き飛び、鈍い音と共に崩れ落ちた。
「超えられない理由なんてないのよ」
 もう聞こえている言葉も理解できない。このままでは、殺される。
「超えられないと想像した時点で自分の体にリミッターかけてるだけなんだから」
 強い。圧倒的だった。格の違いはここまで大きな壁として立ち塞がった。
「あんたの足掻きはもう終わり?」
 答えられない。
「なら所詮その程度なのよ、あんたは」
 そうか。
「そうやっていつまでも、自分自身の力でなにもできずに野垂れ死になさい」
 ……
「そんなんだから中途半端に生き残るのよ」
 なん、だって。
「惨めね」
 なにが、だ。私は、私は!
「……なあんだ。まだ立てるじゃない。寝たふりしてるなんてやっぱ根性あるわね」
「う、あああああああ!」


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