『狂界線』
伍/暗、崩壊する世界。



望んだのはこんな結末じゃない。ただ、ただ。違う。違う。違う違う違う違う違う違う違う! なんで、誰も理解してくれない! なんで、どれだけ叫んでも届いてくれない!
 『血』
こんな結末は望んではいない。ただ、もしも。違う。違うの。お願い、お願いだから届いて! なんで、届いてくれないの!
 『憎悪』
嫌だ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。「お願いだから、お願い・・・」
 『終わり。』
届くことは、ない。

「……雪那?」
 嫌な予感が的中したのか。
「雪那」
 俯いたまま死人の様に動かない雪那に近づく。肩に触れて、揺する。
「ねえ。何か言ってよ……」
 涙目になりながらテュッティが話しかける。雪那は徐々に顔を上げて、話し始めた。
「……どうすればいい」
 もうどうしたらいいか分からなかった。そして誰でもいいからぶつけて聞きたかった。
「どうしたらいい」
「雪那」
「約束守れない……俺、どうしたら」
 眼に溜めた涙が零れ落ちる。我慢していた感情はとっくに限界を越していた。
「う、俺、俺は」
「雪那、落ち着いて」
「だって、ついさっき」
「うん。大体どういうことかわかる。もっと早く私が来ればよかった」
「違う。違うんだ。お前のせいじゃない」
 本当に。これほど自分が脆い存在だなんて今更になって気付いた。
「私はね、あなたの気持ちは解らない」
 そうだ。だから。
「だから言葉にしてほしいの。伝わる方法はそれしかないから。あなたは一人じゃない。でもそれを自覚するにはまず雪那からこっちに踏み込んでこれなければ無理なの」
 優しく、雪那を胸の中で抱きしめる。頭を撫でて、気持ちを静めさせる。やっと大丈夫だと理解したのだろう、雪那は幼い子供のように泣きじゃくった。
「うああああああっ!」
「うん。泣いていいよ」
 その光景を遠目から見ていたロイは改めてあの二人がいい恋人同士なのだと確認した。自分ではああはできまい。
(ほんと、お似合いだな)
 皮肉でもなんでもなく、本心からそう思った。横目で瀬里奈を見ると眼が合う。
「多分同じこと考えてた」
「そうか」
 二人とも自然と頬が緩む。
「だが」
 ロイは真剣な表情に戻る。
「そうね」
 瀬里奈も同じだ。実際、ここに来るまでの間になにがあったかは想像がつく。入れ違いにはなったが恐らく妹が来たはずだ。そして雪那をここまで追い詰める決定的な言葉を叩き付けた。
「まずいな……」
「うん。まさかこんな展開になるなんて予想していなかった」
 現在、雪那が行動不能になるのは避けなければならない。上層部がなにかしでかそうとしている以上、使い物にならなければ簡単に切り捨てられるだろう。
「精神状態が回復するまでは庇った方がいいな。ケアはテュッティに任せるしかない」
「……ホント、やだ。こんな状況でも冷静に考えれる自分が」
「……そういうな。俺達が割り切らなければあいつが駄目になる。冷静な人間は怨み買ってリスク背負う必要があるもんだ」
「……ん。そろそろ帰還しよう。本部に気付かれる前に宿舎に戻らないと」
「ああ」

 雪那が泣くのが治まってから、四人は日が暮れた道をゆっくりと歩いて行った。途中で雪那から話し掛ける。
「ロイ、瀬里奈。その、御免」
「なにがだよ」
「あー、その。迷惑かけた気がする」
「今更ねえ。言葉にしないと解らないならはっきり言おうか?」
「え?」
 一旦、間を置いてから話す。
「俺と瀬里奈はお前等二人を見てて幸せなんだよ。それに二人とも親友だろ?」
「遠慮しなくていいってこと。再確認、できた? なら次からはちゃんと言葉にしてぶつけて。本気ならこっちも本気で話を聞くから」
「私もだよ? 大丈夫、一人じゃない。全員いないと意味がないでしょ?」
 ああそうだ。なんでこんな基本的なことを忘れていたのか。何かを背負う時はいつも一人で抱え込んでいた。そんな必要は元々ないのに。信頼を置いたつもりで一番置いていなかったのは、自分じゃないか――
「ああ。うん、再確認できた。ほんとありがとう」
 泣いて眼が赤く腫れていたものの、笑顔で答える。しっかりと確認した事を胸に刻んで。
「あのさ。さっき雪華と話したこと、おまえらにも聞いてほしいと思う」
「……うん」
 話そう。

 帰還した四人を真っ先に出迎えたのはチカラとヴェルだった。全員が無事であることを確認すると、自然と笑みがこぼれる。
「よく全員生きて帰った。こっちは気が気じゃなかったよ」
「あのさあ、ヴェル。いくらなんでも相手が悪すぎるぞ?」
 ロイは開口一番にこのセリフだ。相手が誰であるか知った上で自分達を派遣したことは薄々感づいていた。
「すまん。だが目的はレイポイントじゃあない」
「雪那。どうやら覚醒したようだな」
 チカラがタバコの煙を吐きながら言う。
「ああ。俺は別に文句言わないよ。チカラ、あんた大体予想ついてたろ?」
「ん。ただお前か妹の方かまでは判断できなかった。ある種の賭けだよ、これは」
 すまなそうに頭を下げる。
「いやいいって。ちょっとだけ得したし」
「?」
 その事をできれば話してあげたいがここにいる全員には言わないほうがいいだろう。黙秘権の発動もあったから。するとなんとなく事情を察したのかヴェルが口を開く。
「さ、みんな私の宿舎に来てくれ。今回はこちらで料理を用意させてもらった」
「まじ? やった、高級料理!」
「ああ。好きなだけ食べてくれて構わない。今回無理をさせたのは私なのでな」
「やった。瀬里奈、行こう!」
 三人は宿舎に足を向ける。
「ロイ、先に行っててくれ」
「……ああ」
 まあ大体の予想はついた。所持者同士での会話だろう。ロイも第四部隊の宿舎へと足を運ぶ。
「チカラ」
「何だ」
「所持者になる際、母さんに会った」
「!」
 表情が変わる。
「お前はできがいいから大丈夫、だとよ」
「……そうか。ありがとう、雪那」
「なあに、こっちはただの伝え役だ。にしても驚いたぞ?」
「まあ話したところでどうにもならんだろう」
「まあな」
「どうだった?」
「あんなヒトだとは思いもしなかった。なんつーかこう、オープンすぎ?」
「ふ、自覚はないのか。お前と似たようなものだ」
「あ? そうか? いや俺は違うだろう」
 ぶつぶつ言いながら雪那も宿舎に向かう。それを見てチカラは満足そうに頷いた。恩師に対する義理はこれで返した。あとは己が道を進めばよい。
「おーい。飯冷めるぞー」
 ロイの声を聞いてチカラも宿舎に足を向ける。賑やかに騒ぎながら、明るい夜は更けていった――


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