『狂界線』 四/失われたモノ、 埋め込まれたモノ。 「さて」 座るべき椅子が無くなったにも関わらずその体勢のままでいた雪那が立ち上がる。時間だ。ケリをつけなければ。 「そろそろいいだろ? ヒトの体にいながら黙りこくりやがって。形くらい見せな」 ぼやけたまま現れた姿は徐々に明確になる。それは鏡に映した、自分の姿。 ――ようやくここまで来たか 「偉そうにぬかすな」 ――答えないのはお前の方であったろう 「最初から一から十まで知り尽くしている奴がいるわけないだろう」 ――それもそうだな 「まったく。誰よりも俺を見続けてきたくせに今更な」 ――ふ。では始めるか 「ああ。今度はちゃんと声、聞こえるからな」 ――我はお前が嫌いではない。死ぬまでの付き合いになるがまあ妥協しろ 「はっ。てめえこそこっちが愛想尽かしたくならないようにしやがれ」 ――口の悪さと度胸の強さは母親譲りだな。だが心しろ 「なにを」 ――我の力は行動原理全てに反映される。それが善か悪かどうかは関係ない 「俺は継ぐ為にここにいる訳じゃあない。自分の足でまた歩き出すためだ」 ――それでいい。いくぞ 眼を閉じる。虚空のみの空間は歪み、全てを還元していく。再び時を刻むために。 眼を開ける。眼前の光景はロイに波動が迫り来る状態で止まっている。今、この瞬間のみは全てが自分の思うがままだ。時が動き出すのは―― 我は全ての源を司る者にして源を断つべき刃 一は全であるが故に十もまた全 望むは全てを成す『源(みなもと)』、振るうは全てを裂く『殺(さつ)』 失われし殺(さつ)よ、我が掌中に宿れ! 現れた巨大な刃は、なによりも力強い輝きを放つ。体の半身よりも長い、豪華な装飾が施された刃とその先端にはクリスタルが。そして持つべき柄のさらに後ろにはこれまた豪華な装飾の施されたハルバード。二刀一刃の失聖櫃(ロストアーク)を、雪那は己が全てを込めて振り払った。 喰らうかと思ったロイに失聖櫃(ロストアーク)は届かなかった。眼の前で別の真っ白な波動に掻き消される。黒い波動はまるで塵になったが如く風に乗って消え去る。 「な」 驚愕の声を吐いたのはクロイツ。だが状況を理解できないのはロイとて同じ。この状況に介入したのは、言うまでもなく。 「え……? 雪那、お前」 すでに魔眼を開放していた雪那は眼が紅く、髪も紅い。そして着ていたはずの黒いローブでさえも紅くなり、手には見たこともない巨大な刃。しかしあれは宝具ではない。何故かはわからないがロイには決定的なまでにあの武器が宝具ではないと理解してしまった。 「馬鹿な! まさか、あなたが次の」 そしてクロイツは驚愕どころではない、確実な焦りを見せる。クロイツがここまで焦りを見せるという事は間違いなく。 「失聖櫃(ロストアーク)なのか!? 雪那!?」 次にあれを撃つ暇など、 「第六(だいろく)」 与えるわけが、 「っ!」 無い。 「源殺(げんさつ)!」 音も無く振るわれた刃の先から白き波動が放たれる。クロイツはすぐに回避行動に移り、そのまま撤退していった。その際に切られた木々は塵となって消え去り、跡形もなくなる。威力を測るべき物ではない。それそのものが、必滅。 「……すげえ」 ロイはその光景に完全に眼を奪われてしまった。失聖櫃(ロストアーク)の本質はそれぞれ特徴が違うものの、この様に『物』の存在自体を消してしまう効力は初めて見る。そして、友がその所持者になった事も。 「よう。なんとか生きてるじゃねえか」 |