『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




地上に残った二人は空を見上げながら作戦を立てる。
「決まらなかったな。上に逃げられるとやりにくいんだよなあ」
「ああ。俺は禁呪以外決め手がないからな、これで打つ手なし。雪那は?」
「限界突破(オーヴァードライヴ)は確実な状況か逃げる時までは保留。あとは、やっぱこいつに頼るかな」
 手元の宝具を見る。相手が全ての特殊能力を知らない以上、まだチャンスはある。
「ま、相手も切り札持ちだからな。早いとこ決めるかそれとも撤退か」
「撤退するならタイミングはロイに一任するよ。頼む」
 その頃上空のクロイツは、実に楽しそうに笑っていた。
「ふふふふ、いいですねえ。あれほどまでにできるとは思っていませんでした。さて、そろそろ休憩時間も終わりにしてこちらから行きましょうか……!」
 体から抜き出したのは身長よりも長い長剣。単純に上空から落とす質量の関係で、このまま速度をつけて落とせば障壁では防ぎきれまい。それを六本抜き出してから地表にいる二人に向かって投げつけた。
「!?」
 上からでも正確に位置が把握できるとは考えていなかったのだろう、二人は驚きの表情が隠せない。そしてさらにクロイツはそのポイントに向かって大地を焼き払う炎を放った。
「爆炎の徒よ!」
 その掛け声と共に炎は獣の形を成して大地に激突、森を燃やし尽くしていく。
「くっくっくっ。これで生きていればたいしたものですよ。まあ腕の一本はなくなるでしょうが」
 余裕の笑みを浮かべていたクロイツだが――
 ヒュゴォォォォォォ……
「!」
 燃えていた森はすぐに鎮火した。放たれた魔法は、氷の魔法。そして長剣を投げつけ、爆発した中心点には影が二つ。上空に向かって手をかざした雪那の前に、九枚のひし形の板が展開されている。鋼の色をしながら確かな輝きを放つ魔力の盾。投げた剣と獄炎の炎はそれによって防がれていた。剣は貫通するに至らず、魔力も本体には届かない。そして守られていたロイが素早く氷の魔法を発動、森を鎮火。これも、あるべき宝具の姿の一つ。
「攻撃だけではなく防御にも効果を発揮するのですか、あの宝具は。……これは認識を改めなければいけませんね」
 次の武器を体から作り出そうとしたクロイツだが、下にいる雪那の構えを見て本能的に回避行動に移った。
 ヒュッ……!
 空を裂く音と共に放たれたのは光の突き。雪那の現在の武器は槍だった。
「まさか。射程が無限か?」
 クロイツの予想は当たっていた。雪那の持つ「ナインブレイカー」は形態ごとに特徴があり、槍の場合の特徴は魔力を媒介とした無限に伸びる突き。地上から撃ち貫くそのスタイルは、要塞の高射砲そのものだ。速度も並外れて速く、回避に徹しなければいくらクロイツとはいえ喰らう確立の方が高い。
「いや雪那。それはちょっと反則気味じゃねえか?」
 別にフェアな闘いを望んでいたわけではないが、さすがにロイも口が塞がらない。これでは卑怯とかいう以前に奴ほどできなければ相手にすらなるまい。
「いやおまえな。ぬるい方法だとこっちがやられるって。少しくらい厳し目のほうがいいだろ」
 そう話す雪那はさらに上空に向けて無数の突きを放つ。何度外そうと狙うチャンスは一つ。結界を使用する瞬間だ。一瞬の隙さえあれば状況を挽回できる。そしてそれとは別に、相手が痺れを切らせば勿論。
「まあ地上戦しかないよな」
 降りてきたクロイツを見て雪那が呟く。木々がある地上のほうが明らかに相手に狙われにくい。空中に留まるよりは余程安全だ。
「全く、あなたの宝具は常識を逸脱してますね」
 クロイツが感嘆の意と半ば呆れ返った声で語りかける。旧約聖書の宝具は強力な物ばかりと聞いてはいたが、形そのものを変えてしまう物は前例を見たことがない。
「あのなあ。常識逸脱してるならお前の体が世界一だっての。自覚なし?」
 雪那も呆れ返った表情と声で反論する。体から無数に武器を引き出すなど、確かに異常だ。いくら「規格外者(ノンスタンダー)」とはいえ、ここまで特異な結界を持つものは他にはいまい。
「誉め言葉として受け取りましょう。では第三ラウンドを開始しますか」
 クロイツは素早く森の中に隠れる。次はスピード勝負といったところか。雪那とロイもその後を追った。クロイツが投げる武器を雪那が弾き、ロイが魔法で牽制して雪那が間合いを詰める。再び投擲された武具を弾く間に距離が開き、ロイが牽制、雪那が追撃。幾度となく繰り返される攻防だが、雪那達はこのタイミングを崩すわけにはいかない。崩せばどちらかが間違いなく串刺しにされるからだ。しかしクロイツはこれこそが絶好のチャンスだった。相手が一定の距離を保つならば、容易い。

 我は極まりし悪
 悪であるが故に全てを憎み全てを滅する
 凶(まがい)を滅するは他ならぬ凶(まがい)
 失われし凶(まがい)よ、我が掌中に宿れ――

「……!」
 その言葉が聞こえたわけではない。只、近い位置から口の動きを見ていた雪那はとたんに追撃を止めた。狙うとしたら厄介な宝具を持つ自分だろう。回避するための準備を開始したが、クロイツの狙いは。
「第五(だいご)・凶滅(きょうめつ)」
 ゴゥッ。
 放たれた失聖櫃(ロストアーク)には形などない。あるのは、すべてを飲み込もうとする闇の波動だけ。その波動が伸びる先には、ロイ。
「!?」
 クロイツの動きがしっかりと見えていなかったロイは、木々すら滅しながら迫る黒い闇に気付くのが僅かに遅れていた。このままでは、直撃はしなくとも喰らってしまう。この失聖櫃(ロストアーク)はかすりさえすれば全てを滅する。雪那は、友が死ぬ瞬間を頭に思い描いた。冗談ではない。テュッティだけでは駄目だ。ロイも、瀬里奈もいてこそ俺達は自分でいられる。ここで誰かが死ぬなんて、そんな事は認めるわけにはいかない! だが失聖櫃(ロストアーク)は宝具ですら防ぐ事のできない破壊の塊だ。このままでは何をやっても間に合わない。
ならば
 障壁の展開も、魔眼の開放も、限界突破(オーヴァードライヴ)も、
         ためらわずに
 ロイが、死ぬ。

    『コロシテシマエバイイ』


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