『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




「手は抜かずにいきましょう」
 クロイツの体が光る。すると体の中から無数の剣が姿を現した。数は、十五本。
「……初めて見たが、それが」
「ええ。私の具現結界『レギンレイヴ』です。中々おもしろいでしょう?」
 クロイツは自身の体の中心点から武器を具現化して引き出す能力を持つ。形はありとあらゆるものが作り出す事ができ、「光力(フォトン)」を媒介とするため強度が高い。そして、引き出した剣を。
 ヒュッ!
「!」
 全て同時に投げつけてきた。分散してかわそうとするが、剣はあらぬ方向から軌道を変える。
「誘導式かよ!」
 舌を打ってロイは何とか逃げる。だがそのままでは長くはもたない。数は六本だ。そして雪那には九本。埒が明かないと判断したロイは、その剣に重力倍化の魔法をかける。
「落ちな」
 バキン!
 すると極度の重力変化に耐え切れなくなった剣は音を立てて折れた。強度がいくら強くても物体にかかる重力そのものが倍化すれば簡単には耐え切れない。
「ほう? 面白い方法ですね。ですがあなたの相棒は――」
 ガキインッ!
 雪那の方向から、鈍い音がした。既に九本の剣は砕かれ、使用不能になっている。そして雪那の手には刀ではなく、西洋の身の丈ほどもある長剣。
「!? 何をしました? 先程とは武器が違う」
 雪那はニヤリ、と口元を歪めて長剣を開放する。すると形が槍に変わった。
「!」
「射抜け」
 ボヒュッ!
「くっ!」
 体を捻って回避する。するとクロイツの後ろの木が何十本も一気に倒れた。
「なんと。その武器、まさか旧約聖書の物ですか」
 クロイツが驚きの表情で訊ねる。雪那は惜しみもせずに答えた。
「ああ。『ナインブレイカー』という。名前通り形は九つ。それぞれに特徴があってな、全部見せたことはない。どうよ?」
 クロイツ自身、旧約聖書の宝具は噂で聞いたことがある程度で本物は見たことがない。
「ふ、ふふふ。成程、あなた達ならば楽しませてもらえそうだ……!」
 すばらしい。これならば確かに内容に見合うだけの価値がある。本気で闘えるのはなんと久しぶりのことだろう。
「九つ、全部使わせてみ? こっちも手加減しないから覚悟しな」
「ま、俺は宝具なしだがそこそこ頭が切れるのでな。コンビとしては妥当だよ」
 戦場において勝敗を左右する要素は実力だけではなく、戦況を判断する頭も必要だ。「魔術騎士団(マテリアルナイツ)」で随一の頭の切れを持つロイと、若干十四歳ながら戦闘能力が最強の一人に位置する雪那。この二人で組んだ場合は戦闘において未だ無敗を誇る。無敗の二人と最凶の一人の戦いが幕をあけた。
「次はこっちからいくぜ」
 素早い動きでロイが間合いを詰める。するとクロイツは体から引き出した剣を二本構えて対抗した。薙ぎ払う斬撃はロイに、届かない。
 キンッ!
「ぬるい」
 防いだのは武器を刀に変えた雪那だった。瞬く間にロイの拳がクロイツに伸びる。
「もらっ――……っ!」
 一瞬の出来事でチャンスを掴んだにも関わらずロイはすぐに飛び退く。追撃を仕掛けたクロイツを雪那がなんとか防いだが、ロイが飛び退いた理由がわからず雪那は困惑している。
「どうした? いいチャンスだったと思うが?」
「一瞬だけど見えちまった。あいつ、迂闊に近づけばこっちが串刺しにされる」
「いい反応です。それでこそ楽しめるというもの」
 笑いながらクロイツはまた体の結界を解放する。今度は槍だ。
「なるほど、迂闊に接近すれば刃で串刺しね。少ない本数なら一瞬で具現化できるわけだ」
「ええ。接近戦にしろ何にしろ距離をとらないと体に穴が開きますよ」
 体から放たれた槍は先程の剣よりも早い速度で接近する。これで終わりかと思えば――
「ふははははは!」
 さらにクロイツは何十本もの短剣を作り出して放った。
「やべえ!」
 二人はもちろん回避するが槍と短剣、両方とも追尾性能つきだ。簡単には逃がしてくれない。
「っ!」
 ガキインッッ!
 ロイは障壁を展開して防御しようとしたが、迫る刃は無数の光の矢によって砕かれる。
「ナイス雪那!」
 こちらも武器を変えて今度は弓だ。
「落とすぜ。ふせな!」
 放たれる光の矢は何十本もの刃を次々に落としていく。クロイツもさらに数を増やすが――
「隙発見。覚悟」
 雪那は巨大な光の矢を放つ。クロイツはそれを見て同時に体中から一斉に武器を飛ばしだした。本人は巨大な一撃を防ぐ自信があるのだろう、だが矢は上空に向けて放たれている。
「どこを狙っているのですか」
 余裕を持ったクロイツが口を歪めた。だが雪那は構わず言葉を吐き出す。
「弾けろ!」
 巨大な光は文字通り弾けてさらに細かい無数の矢へと姿を変える。数は確実にクロイツの刃よりも多い。
「! くっ!」
 ドガガガガガガッ!
 全ての刃を破壊されたクロイツは残りの矢を回避しながら落としていった。手数ではあちらの方が上か。なら次は――
 そこまで考えて。ロイの姿が目に止まる。
「なんと」
 ロイが組上げた術式は、禁呪。
「激震する大地(グランドダッシャー)!」
 ゴウッ!
 言葉の如く強力な地震が起こり、さらにクロイツの立つ地面が真っ二つに割れた。このままでは飲み込まれてしまう。
「巧いですね。これでは飛ぶしかありませんか」
 「風の移動法(エア・グライド)」を組上げたクロイツは上空へと舞い上がる。木々よりもさらに高く舞い上がったその姿は、地上から見上げても簡単には目視できまい。


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