『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




バタンッ!
 いきなり部屋のドアを開けられて雪那とロイは固まった。何事かと見ると瀬里奈がニヤニヤしながら入ってくる。
「? どうした」
「あ、雪那はいいの。問題はこっち」
 ロイを見ながら瀬里奈が話す。
「ぬふふ。聞いたわよー、ロイ。あんた好きなヒトできたってね!」
 その言葉にロイが固まる。顔も、真っ青。
「な、な、な、な」
 動揺しまくり。真ん中に的中。心臓を貫かれた。あああああー。エースをねらえー、みたいな。
「悪いけど千鶴姉が口を滑らしたわ。ふふふ、にしてもまさかミ……」
「ストップ! 頼む、ちょっと待て! おいこら!」
 無理矢理瀬里奈を羽交い絞めにして動きを封じる。
「いやん! 好きなヒトいるくせにセクハラ!?」
「違あーう! ああもう、頼むから雪那には話すな!」
 しかし、騒ぐ二人を横にしても雪那はいつも通りだった。そしてロイに話し掛ける。
「なんで? 俺はお前が恋してるならそれでいいと思うけど? ……何か相手がまずいのか?」
『……』
 二人は止まった。ロイはからかわれるのが嫌だから。瀬里奈は一緒にからかおうと思って。しかしこれでは何も無い。
「む? 言わないのか? それでもいいが、騒ぐなら外でやれよ」
 二人は騒ぐ理由がなくなってしまいトボトボと部屋を出る。これでは、ネタにならない。
「まあいいわ。ロイ、詳しく聞くからこっち来なさい」
「ええ!? やっぱこーなるのか!?」
 なんとも言えないやりとりで部屋が静かになった後。遠慮がちにテュッティが入ってきた。とりあえず、扉を閉める。
「瀬里奈、こっちに向かったから騒ぐとは思ったけど……何かした?」
 思ったよりも静かだった親友を見て話を聞く。
「さあ? 俺がまあロイが恋してもいいんじゃない、って言ったら二人とも黙っちまった」
「……あー、大体理由が分かる」
 まあようは。二人とも構ってくれる相手がいないと静まるタイプなのだ。
「いいけどな。お前はどうした。行かなくていいのか?」
「え? う、うん。私は雪那に用があって来たから」
 そう話すテュッティはどこか俯いて話し辛そうだ。雪那は心配したが、本人が用があると話す以上、まずは待つとした。
「あ、あのさ!」
「お、おう」
 いきなり大きな声で話し掛けられ、雪那も反射的に身構えてしまう。
「雪那は、その、好きなヒトとかいる、の……?」
 今にも消えそうな声でテュッティは訊ねる。すると雪那は少々呆気にとられるものの、真面目に答えた。
「恋愛感情があるかどうかは微妙だな。正直、可愛いと思う奴はいるが」
 ドクン。
 心臓が高鳴る。
「えっと……誰か、な? あ、言いたくなければそれでも――」
「お前」
 心臓が、止まるかと思った。いや、実際止まっていたかも。物凄い衝撃だ。今の心境を絵画に書いたら間違いなくピカソだってのけぞるだろう。国宝級だ。世界遺産決定。
ボンッッ!
 音が出るような勢いで耳まで真っ赤に染まる。
「あわ、わ、わ、私!?」
「ああ。そういう反応するところ、正直に可愛いと思うぜ?」
 雪那が優しく微笑む。再びテュッティの頭は巨大なハンマーで殴られたような衝撃を受ける。心境は世界大戦の真っ最中。パールハーバーは火の海だ。ああもうどうだっていい。雪那が、可愛いって言ってくれた!
(今年はもう死んでもいいかも)
 そんな事を考えていると雪那から話を切り出す。
「ま、俺だけは不公平だよな。テュッティは?」
「え? え? えええええっ!?」
 いきなりこれだ。こっちの気持ちを知ってか知らずか。今このことを言えば、もしかしたら!深呼吸をする。落ち着け、私。一言、名前を言えばいいだけ。うん、大丈夫。
「えっと……せ、つ、な」
 なんということか。こんな時に限って口とはうまく動かないものだ。伝わったかどうか分からないまま恐る恐る顔を上げる。すると当の本人は目をパチクリさせている。
「……あれ? 俺、なの?」
 伝わってはいた。だが妙な状態だ。反応が、薄い? 何とも言えない。しかし、次の瞬間。
 ボンッッッ!
 こちらも負けず劣らず耳まで真っ赤になる。今度は雪那の心境から。
 え? 俺の事好きなの? それで俺はあんな事言っちゃったわけ? これは、いわゆる、告白!?
 ガゴオン!
 雪那はものすごい衝撃を受けた。北斗七星拳を受けてもこれほどの衝撃はないだろう。コロニーレーザーで吹き飛ばされる時はこんな感じなのか。今の心境はオリンピックどころではない。世界記録を更新して挙句の果てにメジャーリーグで三冠王取ってもここまではならないだろう。言葉にすれば「うひゃあ」だろうか。もしくは「やっちまった」。やばい。分かっていても、いくら頭を回転させても追いつかない。トップをねらえ! いやもう意味わかんねえ。
 互いに顔を真っ赤にしながら目線が合う。すると途端に目線を逸らす。
(ああ、もう! なにやってるのよ!)
(ああ、もう! なにしてんだ!)
 緊張どころではない。このままでは、心臓が張り裂ける。
「あ、ああああ、な、なんか飲むか? そそそ、その、コーヒー、とか」
「え? あ、ああ、あ、うん、飲む飲む。コーヒー、飲むよ、うん」
 もうぎこちないなんてレベルではない。やばい。互いに追い詰められるだけ追い詰められている。緊張で手が震えて巧くカップにコーヒーが注げない。
(おいおい、落ち着け! さすがにこんなミスはできんだろうが!)
 何とか精神状態を落ち着けて雪那はコーヒーを注ぐ。そしてテュッティにカップを渡す時、指が触れ合う。
『……!』
 ドクン。ドクン。ああうるさい。心臓の音が相手に聞こえてはいないかと思うほど落ち着かない。
「あちっ!」
 今度は急いで飲もうとしたテュッティがコーヒーをこぼしてしまった。雪那は急いで拭くものを探して、ハンカチで拭こうとする。
「え、あ、いいよ、自分で拭くから!」
 次はそのハンカチをテュッティが取ろうとして手を握ってしまう。
 ドクン!
 二人とも、止まった。心境は多分、同じ。
 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……
 なんか千鶴姉が「果て無き大海(エンドレスオーシャン)」を使った気がする。バックで「おほほほほ」とか笑いながら。やばい。しっくりきすぎる。
「あ、あの、そんなに強く握らなくても……」
「え? あ、ああ、あ、あ、あ、ご、ごめん、なさい」
 そして二人ともぎごちないまま、結局雪那が拭く事にする。だがよくよく考えればこぼしたのは服の上。さすがにこれ以上は健康上、よくない。
「あ、のさ。その、服は、さすがに」
「あ、うん。じゃ、じゃあ、ハンカチ、借りる、よ」
 何なんだこの状況は。第三者が実況中継しても困りそうなほどの状況。付き合い始めたカップルよりも上か。互いの気持ちが分かるだけにかなり厳しい。テュッティが背を向けた状態で。雪那はふと考えついてしまった。
(その、気持ちが分かってるけど、やっぱり言葉にしたほうがいいのか? ん、ここは男のほうから切り出さないと)
 決意を固めて深呼吸する。よし。
 ぎゅっ。
「……え?」
 ハンカチを落としてテュッティが硬直する。後ろから、雪那に抱きしめられている! ええー!?い、い、いきなり!? その、何が!?
慌てる本人をよそに、雪那は緊張しながらもしっかりと言葉を吐く。
「あ、あのさ。俺は、その、お前の事、好き、みたいだ」
 小さいが、確かに聞こえる声で雪那は話す。まあ耳元に口を近づけているから聞こえないはずもないが。テュッティは最早本日何回目か分からない衝撃を受ける。
バゴン!
 チャンピオンにアッパーカットを喰らって崩れ落ちる。完全にK・O。再起、不能。マラソンを完走したときに迎え入れられるとこんな状態。あ、あ、あ、あ、あ、「好き」!? あ、ああああああああああああああ。
「その、お前からも、ちゃんと、もう一回、言葉が欲しい」
(……い、言わなきゃ。雪那はちゃんと口にしてくれたから今度は私が。言わなきゃ。言わなきゃ、言わなきゃ、言わなきゃ……)
 テュッティは黙ったままだ。正直不安になってきた。ここまできてやっぱりとか言われたら二度と立ち上がれまい。実際は二分ほどだろう。だがその時間はこの二人からすれば二時間だ、二時間。そして重い口をテュッティがやっと開く。
「その、私も、雪那が、好き。誰よりも……」
 消えそうな声で、しかし確かに言ってくれた。雪那の体に電流が走る。ビビ、ではなく落雷クラスだ。
 ドォォン!
 世界チャンプに勝った時はこんな感じだろうか。ビリヤードで狙ったポケットに一発。ホールインワン。初球ホームラン。ダーツで全部ど真ん中。大穴狙いでカジノで大当たり。バミューダトライアングル。いや何が。あ、あ、あ、あ、あああああ、「好き」。あああああああ、「誰よりも」。あ、もう駄目。
もう一度、しっかりとテュッティを抱きしめる。腕に確かな温もりを感じて、雪那は満足感で満たされる。ああ、幸せ……。だがテュッティは思いもしない言葉をぶつけた。
「その、……キス、したいな」
 ピタ。もう硬直なんてレベルは超してしまった。キス。未知の単語に聞こえる。え? いや、「え」じゃなくて。するのか、ここで!?
「あ、う。その、あの」
 動揺しまくりの雪那とは反対に覚悟(?)を決めたのかテュッティはこちらに顔を向けて目を閉じている。準備、オッケー。どうするよ、俺!? ……でも幸せをもっと実感できる方法があるなら、それに溺れてもいいかもしれない。顔を、近づけて、唇を、重ねる。
「んっ……」
「ん……」
 本当に、拙い、重ねるだけのキス。でもさっきよりは心が落ち着いている。一線を越えるというのはこういうことか。どちらともなく、放す。顔を見つめ合って、改めて確認。
「その、私でいい……?」
「お前じゃなきゃ駄目だ。お前は、俺でいいのか……?」
「うん。雪那じゃなきゃ、駄目……」
 いまさらな確認を終えて。今度はちゃんと求めるキスを、二人は重ねた――


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