『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




さっきの爆発は禁呪によるものだ。事態が把握できない以上、雪那は不安で心が塗り潰されそうだった。テュッティと瀬里奈はあの禁呪は扱えないはず。ならば逆に喰らった可能性の方が高い。
「っ!」
 焦りすぎて足元に気が回らず、転びそうになる。それをロイが支えた。
「焦りすぎだ、雪那。大丈夫、あの二人なら絶対に生きている。大丈夫だから」
 友を落ち着かせるために何度も大丈夫という言葉を吐く。それは同時にロイ自身が気持ちを落ち着けるために吐いていた言葉でもあった。
「わかってる……! けど、気持ちが」
 抑えられない。再び走り出そうとした、その時。
 ギンッ!
「がああっ!」
 まるで脳の神経を焼き切られたような激痛が雪那を襲った。頭を抱えてその場に沈み込む。
「!? 雪那、どうした!」
 いきなり唸り声を上げた雪那を心配してロイが声を掛けるが、雪那はひたすら悶えるだけだ。
「あ、ああっ! く、が、あああ!」
 悶えた雪那の左眼から血が流れる。しかしそれでも激痛は治まらない。
「あ、あくっ! ぐああ!」
「雪那! おい、しっかりしろ!」
 急いで治癒魔法を雪那にかけるがまるで効果が無い。流れている血は左眼から。もしかして、これは。
(魔眼が暴走している!? それとも何か別のものが影響しているか!?)
 急いでロイは周りを見渡すがそれらしきものは何も見当たらない。原因がわからない以上、雪那の症状が治まるのを待つしかない。
「う、ああ、くっ……」
 しばらく悶えると徐々に痛みが引いてきた。左眼から流れる血を拭おうともせず、なんとか木に背中を預ける。息が荒いままゆっくりと深呼吸をした。するとロイがハンカチで血を拭ってくれる。
「大丈夫か? 様子からして尋常じゃなかったぞ?」
 心配して顔を覗き込む親友に何とか答える。
「あ、ああ。何とか、大丈夫だ。頭の中が、かなり痛い。あの感覚、きつすぎる」
 息が荒いでいるものの、話したりする分には問題が無いようだ。
「原因はわかるか?」
「……いや。心当たりが無いし、こんな状態になったのは初めてだ。くっ……まだ感覚残っていやがる」
「この状況で急いでも駄目だ。少し休もう」
「いや、いける。早くしないと――」
「駄目だ!」
 いきなり叫んだロイをみて雪那が驚く。この男がここまで強く自分を制したことなど今までにない。
「お前はここで休んでろ。俺が様子を見てくるから」
「ロイ、お前」
「俺はお前にもあいつらにも無理してほしくない。死ぬなんてもってのほかだ。……たまには親友を思いっきり頼れ」
 信用できる友。けど背負うと考えていたのはいつも自分。たまには、か。
「……ああ、頼む。少し休んだら行くから」
 頷いてロイは先に進む。テュッティと瀬里奈は生きているはずだ。あの二人が簡単にやられるはずは無い。全てを投げてでも友を守ろうとする男は、急いで先に進んだ。

 ポイントにロイがやってきた。だが二人は状況をよく思っていないのか、表情が今一つぱっとしない。
「生きていたか。はあ、すんげえ心配した」
 とりあえず無事を確認したロイは急激に緊張が抜け、だらんと腕をたらす。
「心配してくれてありがと。雪那は?」
 瀬里奈が表情を崩すさずに答えた。もう一人来ていないことを確認してからロイに訊ねる。ロイが生きている以上やられたことはないだろう。気になるのは、このままだと可能性が否定しきれないことだ。
「ちょっと色々あってな、途中で休んでいる。落ち着いたらこっちに来るだろうよ」
「ほんとに? 無事なんだね、雪那。よかったあ……」
 安堵の表情をテュッティが見せる。しかし、
「テュッティ。悪いけどそんなこと気にしてる場合じゃないよ。……どうする? 話す?」
 そう。あの子の事を話すかどうかは今ここで決めなくてはならない。ロイには話してもいいだろうが、本人にはどうするか。
「おいおい、穏やかじゃねえな。どうした?」
「……実はね、さっき禁呪を使って私達を助けてくれたのは雪那の妹なの。名前を聞いたら『月代雪華』って言ったから間違いないと思う」
 ロイの表情も一瞬で真面目になる。
「……名前だけ同じって可能性は」
「悪いけど確証がある。あの子、『紅天の魔眼』使ったから」
「……!」
 それ以上の確証はあるまい。あの魔眼は不完全にも関わらず正常に作動する上、所持しているのは雪那とその妹だけだ。
「右眼か?」
「うん、間違いない。二人とも見たから」
 その台詞を機に三人とも黙り込む。雪那はいくらか昔の事を話すものの、妹の話になると表情を曇らせてしまうのだ。誰よりも心配しているはずなのに、実際にはあまり会いたくないような感じさえ見られた。
「今のところは話さないほうがいい。あいつがどう思っているかは分からないが受け入れるにはそれなりに準備が必要だろ?」
「……うん、そうだね。どうにか雪那から会ってみたいって話してくれるまで待とう」
 結論は決まった。彼を誰もが必要とし、慕うが故に出した結論だ。
「そうと決まれば雪那の所にこっちから行こうか。まだ休んでるんでしょ?」
「ああ、多分な。俺が歩いてきた道を逆に行けば問題ないはずだ」
 そうして歩き出す。しかしテュッティは不安が消え去らない。
(なに? 嫌な予感が抜けない。雪那……)
 こういう予感は昔から当たるのだ。良くないことこそ、確実に。


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