『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




レイポイントで魔物と相対していた二人は苦戦を強いられていた。なにせ数が多すぎる。地形が森の中ということもあり、不意打ちを喰らう形になる事が多い。相手にしているのは中級クラスの魔物であるため葬る事そのものは造作も無いが、レイポイント付近に指揮を執っている上級の魔物がいるのだ。そのため本能だけで襲い来る魔物たちとは違い、動きに統率がある。
「この!」
 瀬里奈が魔物を拳で貫く。今ので何十匹目か。
「瀬里奈、まだ大丈夫だよね」
 テュッティもグングニルで敵を貫く。
「当然。でも徐々に押され始めているね」
 現状はかなり厳しい。魔物は当然、初級クラスでも普通のヒトより強い。統率の取れた魔物の群れを相手にするということは戦争で国連クラスの部隊を相手にする事と等しい。それを相手にたった十四歳の少女二人が戦えていることのほうがとんでもない事実ではあるが。
「奥にいるあいつ、どうにかしないと」
「うん。でもグングニルはちょっと」
 射程が足りない。雪那のナインブレイカーとは特性が違うため、射程そのものはあそこまで伸びない。しかも一旦力を解放すれば少なくともこの戦闘中は二回も使えないだろう。決め手が一撃しかない以上、どうしても持久戦になる。
「瀬里奈、危ない!」
 不意に木陰から現れた魔物が、爪を瀬里奈に振り下ろす。
「っ!」
 一瞬、判断が遅れた。まずい。一撃は喰らうと眼を閉じた。
 ――斬ッ!
 だが魔物は別の角度から伸びた斬撃によって切り裂かれる。瀬里奈が静かに眼を開ける。
「……え?」
 その光景は異常といえば異常だった。眼の前の魔物を切り裂いたのは、身長よりも大きい巨大な鎌を持つ少女。年齢は自分と同じくらいだろうか。黒いコートを羽織り、歳相応とは思えない強気な瞳をしている。不意に現れた人物に魔物が襲い掛かった。しかし少女は、十体以上いた魔物を鮮やかな動きで瞬く間に全て切り裂いてしまう。その光景を眼の前で見せ付けられた瀬里奈は実力も自分やテュッティよりも間違いなく上だろうと確信した。
「怪我はありませんか?」
 強気な瞳とは逆に、こちらを気遣う優しい声。
「え、ええ。あなたは?」
「私は問題ありませんよ。大丈夫です」
 あなたは誰なの、と聞こうとしたがどうやら怪我は無いかという質問にとられたようだ。言葉に詰まってしまう。するとさっきから黙っていたテュッティが口を開く。
「あの、どなたか存じませんがここは共同戦でよろしいですよね?」
 理由はどうあれ敵ではないはず。
「はい。他の場所に被害が出る前に決着をつけましょう」
 返事を返した少女を見て、テュッティの頭の中に一人の人物が描かれる。
(似ている)
 そう。似ているのだ。特に目つきが。性格の悪そうな外見とは裏腹に優しい声も、あの黒い髪も。存在している雰囲気そのものが。
「少々無茶をします。すみませんが指揮を執る魔物とポイントの封印は任せてもよろしいですか?」
「え? 無茶ってあなた」
 こちらが返事を返しきる前に少女は行動に移った。右眼に手を被せ、秘められた魔力を開放する。
『……!』
 テュッティと瀬里奈は驚愕のあまりに声が出ない。少女の姿は先程までとは違い、黒かった右眼と髪が紅色に変わっている。見覚えが無いはずがない。これは間違いなく、「紅天(こうてん)の魔眼」そのものだった。少女は術式を組みながら呪文を詠唱する。紡がれる言葉は――

 全てを燃やし尽くす終末の炎よ。
 我が呼びかけに答え、炎(えん)にて滅する力となれ。
 駆け抜ける朱(あか)よ、解き放つ魔力すら食い尽くして敵を消し去れ。

「爆烈する巨光(エクスプロージョン・ノヴァ)!」
 キンッ……
 収束したマナと魔力は前方の空間全てを飲み込む。音が止まった次の瞬間。
 ドゴォォォォォォォッ!
 全てを破壊しつくす巨大な爆発が森を包んだ。燃える、などというレベルではない。完全に指定した空間の酸素を媒介とする炎の究極魔法。禁呪によって爆発した空間には魔物だけではなく草一本すら残ってはいない。
「今です!」
「! うん!」
 一瞬見とれてしまったものの本命がまだ残っている。レイポイントの近くで唖然としていた上級の魔物に素早く近づき、グングニルの一撃を打ち込む。
「光よ(ルーチェ)!」
 言葉と共に開放されたグングニルは、光の軌跡を残すほどの輝きを放ちながら魔物を貫く。貫かれた魔物は光によって浄化され、跡形も無く消え去った。
「ふう」
 一息つく。あとはポイントの封印だけだがこれくらいはすぐにできる。
「あ、私がやるよ。テュッティは休んでいて」
 瀬里奈が変わりにポイントの封印を始めた。すると魔眼を解除した少女がこちらに歩いてくる。
「残りの魔物は倒しておきました。これで一安心ですね」
 さわやかに笑う少女を前に二人は黙り込んでしまう。
「? 何か?」
 さっきまでとは変わって何とも言えない表情で顔を覗かれる。
「あ、いや。その、知り合いに似ていたから」
「……え?」
 似ている? 自分に似ている人物など、あのヒトしか。
「あの! そのヒトって――」
 その人物の事を聞こうとした矢先、こちらに迫る気配を感じた。このヒト達はともかく、これ以上他の人物に介入されるのは目的上得策ではない。渋々ながら少女は立ち去ることにする。
「すみません。あなた達の仲間が来たようですのでこれで失礼します。できれば先程の魔眼のことは伏せて頂きたいのですが」
 そう話した少女はすぐにこの場を立ち去ろうとした。しかしテュッティは少女を呼び止める。
「待って。名前くらいは、ね? 私はテュッティ・レイバック」
「あたしは澤井瀬里奈。あなたは?」
 こう質問されてこちらが答えないのは失礼というものだろう。それになんとなくこのヒト達なら信用できそうな気がする。少し躊躇ってから少女は答えた。
「月代雪華(つきしろゆか)です」


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