『狂界線』
四/失われたモノ、
埋め込まれたモノ。




誰かが言ったっけ。雨が降るのは何処かで泣いているヒトがいるからだと。誰かが言ったっけ。雷が鳴るのは何処かで怒るヒトがいるからだと。誰かが言ったっけ。雪が降るのはヒトが悲しみを忘れないようにするためだと。誰かが言ったっけ。風が強い時は全てを忘れてしまいたいヒトがいるからだと。自分で言ったっけ。血で汚した手は、何よりも綺麗に見えると。誰かが言ったっけ。お前は間違いなく戦場の申し子だと。自分で感じたっけ。ヒトってこんなに脆いんだと。

(体は問題ないな。宝具の扱いも慣れてきたし。訓練も終了。後は、ええと……)
 雪那は今日の報告書を書くことを忘れていた。慌てて部屋に戻る。
(ったく、上層部の連中め、ここぞとばかりに押し付けて)
 報告書を出すのが遅れると変に疑いを掛けられる。それは現在得策ではなかった。宝具の所持者になった直後は審問にかけられたりと随分な扱いを受けたが、現在は釈放されて元の生活に戻っている。
 ガチャ。
「またか。何をしている」
「もういやああああああ」
 情けない悲鳴を上げるロイを無視して報告書を書き始める。
「また? 随分と上は監視に気をつかっているようだな?」
「ああ。旧約聖書の宝具を俺が所持する事が余程気に入らないらしい。ったく、俺は庶務は嫌いなのに」
 ぼやく雪那をロイがなだめる。
「まあ、ここは従っとけ。俺と千鶴姉も聞いたが今、上層部に逆らうのはよくない」
「……全くだ。あー、叩き潰してえ」
「物騒だな、おい」
 三箇所での激戦を終えた後、現在部隊は平穏を保っている。活動機会が少々減ったが、それ以外には特に変化がない。いつもと同じ工程で日々が過ぎる。
「書き終わったら俺の愚痴に付き合ってくれ」
「やだ。予定が無いときは休む」
「寂しいぜ……よよよ」
 演技で泣き崩れるロイ。そしてこんな回答を出す自分も結局。
「……はあ、分かったからその演技はやめい」
 いつも通りなのだと自覚する。

 一方、こちらはヴェルの部屋。貴族のみが集まる第四部隊の宿舎は、外装も内装も豪華なため、他の隊員からは「ブルジョアの館」と呼ばれている。そして隊長であるヴェルの部屋は特に広く、豪華。その部屋の中央のテーブルで三人が何かを黙々とやっている。メンバーはヴェル、チカラ、カーマイン。
「上層部に動きは無しか」
 チカラがハートの10を出す。
「ええ。今すぐに動くことは出来ないようです」
 カーマインがスペードのQを出す。
「ならばしばらくは情報収集とレイポイントの封印か」
 ヴェルがクラブのAを出す。
「パス」
「パス」
 ヴェルが4を二枚出す。……会話がまじめではあるものの、三人がやっているのは大富豪。かなりシュールな光景だ。まあ、大富豪が世界共通かどうかは置いといて。
「今の内にすべきなのは体勢を整える事か」
 チカラが6を二枚出す。
「後は行方不明のあの失聖櫃(ロストアーク)ですか」
 カーマインが10を二枚出す。
「手掛かりはないな。だが切り札は多い方がいい」
 ヴェルがKを二枚出す。
「そちらには心当たりがある。すまないが任せてくれないか」
 チカラが2を二枚出す。
「わかった。パス」
「パス」
 互いに手札が減ってきた。そろそろケリをつけたい。
「革命。返せないなら次で上がり」
「ぬ……」
「む……」
 チカラが上がる。残る二人は渋る。
 ……以上、シュールな三人でした。

 そのころこちらの三人は千鶴の部屋でお茶会中。メンバーは千鶴、テュッティ、瀬里奈。紅茶を飲みながら話題は雪那のことに移る。
「それで? テュッティは何かアプローチはしたのですか?」
「え? うーん……自主的には何も。えっと、いざ目の前にいると緊張しちゃって」
 指を絡ませてもじもじしながら答える。それを見た瀬里奈が代弁した。
「この子、前にも雪那呼び出しといて何も言えなかったからねー。あの時は逆に雪那が心配しちゃって部屋まで送られてきたっけ」
「え……。あ、あれは心配してもらったから嬉しかったし、その」
 顔が真っ赤。恋する乙女全開である。
「あらあら。恋に恋してる状態なのね。瀬里奈はそういうヒトはいないの?」
 千鶴にいきなり話題を振られたものの、瀬里奈はこの話題には冷静だ。
「あたし、自分のタイプが分からないのよね。だから今は誰見ても普通かなー。はあ、テュッティみたいに落ちれば早いのだろうけど相手もいないなら無理ね」
「あら。それじゃあ仕方がないわね。焦る必要もないだろうし、ゆっくり行きましょう」
「え? う、うん」
 内心、瀬里奈は千鶴の年齢までには一人くらい彼氏が欲しいと考えていた。だがそれを口にすれば結果は見えている。
「うーん。やっぱりこっちから行かないと駄目かな」
「押し倒しちゃえ」
「! せ、瀬里奈!それは駄目だって!」
 わいわい騒ぐ二人を見て千鶴は目を細める。そうだ。この二人も部隊の中枢を担う人物ではあるが、本来はまだ十四歳の少女なのだ。これくらいが丁度いい。
「まあロイも好きなヒトができたし、まだまだみんなこれからね」
 千鶴が紅茶を一飲みする。ティーカップを置いた千鶴は異変に気付いた。二人とも、目を見開いてこちらを凝視している。しばらく固まった後、いきなり身を乗り出して聞いてきた。
「ええ!? ロイに好きなヒトできたの!?」
「千鶴姉、教えてよ! 誰誰!?」
 そういえば。本人には黙っていてくれと言われたような気が。
「失敗したかしら……」
 はい、失敗です。挙句には肩を掴まれて揺さぶられる。
「千鶴姉! 白状しろー!」
 結局、千鶴は全てを洗いざらい白状する事になった。
 平和な日常を実感しながら。千鶴は窓から快晴の空を見上げた――


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