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参/水鏡、曇のち晴れ。
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「ジョーカー、だと? 魔眼が貴様の切り札だろう」

 バルムは怪訝な表情をする。しかし雪那はまだ余裕のある笑みを見せた。

「いや。これは一つ目(・・・)だ。特定の奴らにしか見せていなくてな、あんたで四人目かな? まあ、見せた敵は全て生きていないが」

「……ほう。ならば見せてみろ」

 バルムも挑発されているのが分かっていながらあえて乗ることにした。まだ、上があるというならばそれはさらに自分の欲求を満たす。

「ああ」

 雪那は左眼に手の平を被せる。そして、言霊を吐いた。


 ――限界(オーヴァー)、突破(ドライヴ)。


 キンッ……カキィィン……

 マナが収束する音。魔力が収束する音。そして、

 ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……

 大地が揺れ、

 力が、爆発した。

 ドゴォォォォォォォッ!

「……!」

 恐ろしいまでの力の奔流。先程までの自分の力の解放や魔眼の開放とは規模が違う。突風が吹き、溢れ出した魔力は形となり周りの柱や残る部屋の一部を砕いてゆく。「規格外者(ノンスタンダー)」であるバルムにはこれが何であるかが解ってしまった。
これは、「星」の力だと。

「さあ、続きを始めようぜ」

 雪那の姿はさらに変化していた。魔眼の左眼は紅(あか)く光り輝き、左の背中からは紅(あか)い半透明の翼が一つ生えていた。その姿は出来損ないの天使そのもの。だが実力が分かる相手からすれば「紅い死神」に他ならない。

そして絶え間なく雪那の体にマナが集まるのが分かる。しかもマナをただ掻き集めているのではなく、全てのマナを従えて集めている。あれは、最早。

「ヒトが扱えるべき力の範疇を超えているぞ、雪那……!」

 冷や汗が垂れた。これほどまでに焦った事がかつてあっただろうか。目の前の少年が何百年も生きてきた自分を気圧している。わかる。あいつは、間違いなく俺の上を行く。

 雪那は右手に握る重力の壁を宿した刀を水平に構え、左手を前に突き出す構えをとった。

「!」

 来る、とこちらも構えた瞬間。すでに雪那は、目の前。

「くっ!」

 ガキイィィィィッ!

「ぬ、うう……!」

 重い。こんな重い突きは初めてだ。腕が少し痺れた。雪那は一瞬で接近した後、横に一撃だけ薙ぎ払った。バルムも何とかガードするが、今度は完全に腕を痺れさせるほどの衝撃を受け、壁に激突する。

 ドゴッ!

「く、ううう」

 予想などができる相手ではない。範疇を越した相手に何をしろと言うのか。

「終わりだ」

 既にバルムの真上へと飛び上がった雪那は神撃を繰り出す。

「星(せい)月(げつ)」

 放たれた光の一撃は、見てから防げるものではない。バルムは腕が痺れているにも関わらず全力で結界を展開した。

「うおおおおおおおおっ!」

 バキイィィィィィィィン……

 展開した結界の効力は、虚しくも敗れ去る。何とか体そのものに被害は無いものの、実力差は明白だった。

「はあ、はあ、はあ……」

 追い詰められている。

「まだ立つか。いいぜ、次で決めてやる」

 負けるのか

「まだだ! 俺は負けん! いくぞ!」

「!」

 負けるものか!

「はあああああっ!」

 バルムが全力で大剣を振るう。だが――

「……!?」

 自分の体が、浮いていた。何が起きたか理解できない。


「最終奥義、天翔散華(てんしょうざんか)」

 
 全ての音が、止まる。再び動き出すそのときは――

 ズガアアアアアアアアアアアッッ!

 周りの空間全てが裂けるほどの斬撃で部屋は歪んでいた。

「がああああああっ!」

 神撃の抜刀術になんとか耐えたものの、バルムは体を引き裂かれるほどの衝撃と斬撃を喰らい瀕死状態だった。既に膝を地に着き、なんとか耐えている。

「まだ生きているのか。さすがとしか――……! っ、くっ!」

 ゴバッ!

 雪那が口から大量の血を吐き出す。こちらも限界だった。あれは時間限定の代物のため、短時間でケリをつけなくてはならない。
最終奥義を使ったのもそれを見越してだったが、今ので生き延びた相手はバルムが初めてだ。眼が輝きを失い、羽も消えていく。

「……! 限、界か……! っ、もう少しなのに……!」

 こちらも倒れる寸前で刀を突き刺して耐える。もう魔力が残っていないため、重力の壁は作れない。バルムも生命維持のために結界を作る余裕が無いようだ。どちらも瀕死の状態から立ち上がる。

「がはっ、雪那、まだ……終われん……!」

「くっ……はっ、そろそろ、終いにしようぜ……!」

 だが雪那は足に力が入りきらない。ガクッと崩れ落ちてしまう。限界を突破させたのだ、既に身体の中はボロボロになっていた。それでも、まだ!

「ストップ。それ以上雪那に向かうなら私が貫くよ」

 その声は奥からしてきた。聞き覚えのある、その声は。

「テュッ、ティ、か」

「うん。まだ死んでないね、雪那。約束通り宝具手に入れて来たよ。大丈夫、私がいるから」

 テュッティは既にグングニルの力を最大に解放している。槍からは光が溢れ出し、輝きすぎて形が目視できない。現在の状況でバルムが動けば、すぐさまに貫くだろう。

「私達が全員撤退するまで動かないで。いくらあなたでも今の状況なら不利かどうかぐらい判断できるでしょう?」

「……! くっ」

 バルムは動く事をやめた。今の自分ではこの小娘にすら敵わないだろう。グングニルで突かれれば、その瞬間に人生が終わる。

「雪那殿。少し揺れますが我慢してください」

 カーマインも追いついて雪那を抱え上げた。どうやらレイポイントと宝具に関しては問題ないようだ。

「テュッティ殿、撤退しましょう。今なら追いつかれません」

「わかったわ。じゃあね、バルム。また縁があったら会いましょう」


 誰もいなくなった遺跡でバルムは呼吸を荒げながら倒れる。黙っていれば徐々に傷は癒えるだろう。時間は何日かかるか分からないが。頭の中に雪那を描く。恐らくまだ十八にもなっていないだろう、幼さの残る少年は何百年と生きてきた自分をここまで追い詰めた。すばらしい。

もし、あのまま雪那が自分を殺したら満足できていただろう。ここまでの満足感は本当に、久しぶりだ。

「ふ、ふふ。また傷が癒えたら、何処かの戦場で、会うとしよう、はあ、はあ、それまでに、俺もさらに強くなって見せる……!」


ベルセルクと呼ばれた男は、歓喜の声を天に轟かせた。



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