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参/水鏡、曇のち晴れ。
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  キンッ。

 音がする。この音は、魔力が収束する音。そして、マナが集まる音。千鶴とロイは魔法を使おうとはしていない。ならば、この音を発する人物は、一人。

「! まだ!?」

 倒れていたミリアの周りの血が、燃える。全ての雪を溶かしても燃え続ける。

「アタシは……っ! もう負けないと決めた! あんたらごときに負けるなんて許されないんだよ!」

 周りの木々すらも燃やし尽くす程の炎。徐々に範囲が広がり、森が燃える。

「これほどの力を……! ミリア、止めなさい! このままではあなたも死にますよ!」

「あは、あははははは! 全てを焼き尽くせ! 私を拒絶するものは、全てだ!」

 もう言葉は届かない。ミリアは狂ったように魔力とマナを開放し続ける。自分の血すら媒介にして。

「千鶴姉、やばい! このままだと巻き込まれる!」

 ロイが焦る。魔法の規模が違いすぎた。これではへたをすれば禁呪並に強力だ。そしてこの術法は、失われた禁忌の一つだった。現在は使われない、死を恐れない者が扱う自爆魔法。

「命の爆炎(プロド・エルト)」。現在では使い手がいないとされていたため、禁呪にすら指定されていないまま失われた「失われた魔法(ロストミスティック)」の一つ。
ミリアの闇の力と魔力を大幅に増幅させる「不浄(ふじょう)の魔眼」と相まってとてつもない威力を誇った。

「うわっ、危ねえ! 周りの酸素も持たねえぞ、このままじゃ! 千鶴姉、ここは引かないと――」

 ロイが撤退の指示を出そうとしたが、千鶴を見て口を閉ざす。千鶴は黙ってミリアを見ている。

「千鶴姉……?」

 話しかけても返事はない。ミリアを見たまま千鶴は口を開いた。

「あなたは、世界を拒絶したのですか」

 ミリアは狂いながらもそれに答える。

「ははは! そうだよ、そうさ! 親ですらアタシを拒絶して捨てた! こっちに居場所がないのなら自分の居場所を作るためにアタシから世界を拒絶してやる!」

 狂気。そして親にすら存在を拒絶された孤独。それを聞いた千鶴は、頭の中に同じ状況に置かれた一人の人物を描く。幼い頃の、自分。親に捨てられ、世界を拒絶した時期が彼女にもあった。誰もが信じられず、絶対的な価値観が自分の中にしかない。いらない。何もかも。自分以外には。

「……世界は、あなたが考えているよりも美しい」

 その言葉にミリアは怒りの表情をあらわにする。

「何を知った風な口を! のうのうと生きてきた貴様らに私の気持ちなんて分かるはずが……!?」

 言葉は最後まで続かなかった。泣いている。千鶴はこんな状況にも関わらず泣いていた。誰のための、涙か。自分のため? アタシのため? ……違う。

 千鶴が自身の持つ聖宝具「クラウンディナ」に魔力を込め、その力を解放する。そしてこの炎を鎮めるための禁呪を紡ぎ出した。


 全てに宿りし水よ。彼の地より来たりてここに集え。
 我が望むは遥かなる大海。汝が呼び込むは美しき蒼。
 蒼涼(そうりょう)たる波動よ、全てのものを飲み込むがいい。
 果て無き、大海(エンドレスオーシャン)――

 解放された力は蒼となりて、全てのモノへと広がる。その場にいた三人は飲み込まず、広がる炎へと向けて。

 ゴゴゴゴゴゴ……

 果てが存在しない巨大な大海。焼き尽くされんとする森全てを包み、全ての炎を消していく。さらに、死んだ木々に源である生命力(マナ)を注ぎ込み、蘇らせる。破壊のためではなく、自然を治癒するための術式。「偉大なる魔術師(グランド・メイガス)」のコードネームを持つ千鶴だからこそできる芸当だった。

「……」

 ミリアはそれを黙って見ていた。自分が拒絶し、破壊したモノをこの女は癒した。全ての元凶である自分を助けてまで。理由は解っている。その考えをそのまま言葉にする。

「あんたも、拒絶されたのか」

 千鶴は涙の跡を拭おうともせず、頷いた。

「同じです。私も、親に捨てられた」

 そうだった。だから千鶴は泣いたのだ。自分のためでも、ミリアのためでもなく。世界に拒絶された者の悲しみを知っているから。泣かずには、いられなかった。

「……そんなに、世界は美しいのか」

 ミリアが訊ねる。

「ええ。あなたが何処で、何を見てきたかは知りません。ですが、私は色々な場所で色々な風景を見てきました。だから解ります。汚いのは、ヒトの心の方だと」

 それが千鶴の出した結論だった。世界はあるがままの形をしている。だから、美しい。汚れているのは、ヒトの方だ。自分達の身勝手で自然を破壊し、新しく生まれた命を平気で捨てる。これで汚れていなければなんだというのか。

「ならばあんたは何故その部隊にいる。汚すヒトは嫌いなのではないのか」

「はい、嫌いです。ですが全員がそうとは限りません。少なくともこの部隊にいる子達はほとんど  が孤児の者たちばかりです。怯え、拒絶して生きてきた者もいます。だから今度は、私達が安心させなくてはいけません。同じ事をしないようにするのも大切な役目だと考えているから、私は今、ここにいます。大切な家族と共に」

 千鶴は誰よりも隊員に優しい。家族だから。その言葉に、ミリアは揺れ動く。

「あたしは、あんたみたいになれるのかな」

「なれますよ。裏で仕事するのは生きるために必要だからでしょう? でもその過程で助ける事ができる命もあるはずです。あなたが為すべきなのは、そういうことだと思います」

 いつも必死だった。生きるために他人を殺し、毎日殺されるかもしれないと怯えて暮らしていた。だから見えていなかったのかもしれない。いまなら少しだけ解る。地面に倒れて見上げる木々は命の躍動に溢れている。風により音楽を奏で、生きる強さを何よりも体現している。ああ、これが、美しいということか――

「ありがとう」

 レイポイントの封印も無事に終わり、帰還する時になってロイが千鶴に訊ねた。

「千鶴姉、あれでよかったのか? その、保護とかしなくて」

 ロイは正直心配だった。あの場にミリア一人を残してきた事が。

「あら、ロイが気にするなんてどういう風の吹き回しかしら? ミリアのこと、Sっ気強いから嫌いとか言ってませんでしたっけ?」

 その言葉にロイは顔を真っ赤にして慌てて反論する。

「い、いいや、やっぱりなんでもない! 全然気にしてないから。さ、先に行こう、うん」

「あらあ? もしかして照れてます? あらあらあらあら、ロイってばああいうヒトがタイプだったのねー」

 痛いところを刺されてロイは黙る。

「……あ、あのさ。できれば雪那とかには内緒にしてくれないのかなーとか。あの……」

「あら!? やっぱりタイプだったのね! いやー、ロイにもやっと春が……」

「ああもう千鶴姉! お願いだからからかうの止めてくれー!」

 頭を抱えて唸るロイを横目に、千鶴はもうしばらくこのネタでロイをからかうことに決めたようだ。だけどロイが見惚れてしまったのが分からないでもない。 

最後に彼女が見せた笑顔は、何よりも魅力的だったから。



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