kyo.jpg(3351 byte)
参/水鏡、曇のち晴れ。
3/
line.jpg(1537 byte)


 森の中では吹きすさぶ風と共に戦闘が繰り広げられていた。ミリアは真正面から向かってくるロイを魔宝具「ストレンジ」で叩き落そうとする。雪によって足場を取られる可能性が高いため、ロイは低空を飛ぶように飛び掛った。それを鞭で叩く、瞬間。

「!? っ!」

 真上から、炎の塊が襲い掛かる。千鶴が風の魔法で浮かび上がり、真下にいたミリアへと魔法を放つ。さすがにこれでは分が悪い。ミリアは一旦下がったが、ロイは追撃をやめない。

(バカな!? 味方ごと巻き込むつもりか!?)

 確かにこのままではロイは千鶴の魔法に巻き込まれる。しかしロイは突撃をやめない。そして炎の塊が爆発する――

「ちっ! そういうことか!」

 ミリアが舌を打つ。ロイのすぐ上で炎は爆発したが、本人の頭の上には魔力を遮断するフィールドが展開されている。最初から障壁を展開した状態で向かってきていたのだ。そのままミリアの懐へと潜り込もうとしたが、それを予想もしていなかった方向から伸びてきた鞭が捕らえる。

「!」

 バチイッ!

「くっ!」

 うめいたロイはそのまま雪の上を転がった。今の鞭の動きは、確実にロイの動きを分かっていた上での一撃だ。しかし体勢を崩していたミリアにはそんな余裕は無かったはず。上空から千鶴が降りてきて治癒魔法をかける。

「大丈夫ですか、ロイ」

「ああ。大丈夫」

 心配してはいるが致命傷ではない事を確認するとミリアに向き直った。

「その鞭、相手の動きに合わせて動きを変えるのですか。厄介ですね」

するとミリアは口を歪めて話す。

「ああ。相手の動きをトレースして確実に叩き落す魔宝具さ。便利だろう? これなら体勢を崩しても隙があまりできない。ふふ、接近戦には気をつけな?」

まだ余裕を持って笑うミリアに千鶴は隠す事もなく怒りをぶつける。

「楽しいでしょうね。ですがその表情、悲鳴と恐怖で歪めて差し上げます」

するとミリアも気に入らない声で挑発する。

「口だけかい? それならとっとと家に帰りな」

「ふふっ。そんな物がなければ闘えないあなたに言われたくはないセリフですね」

 ……一触、即発。女の闘いはいつでも怖い。すると復活したロイが千鶴をなだめた。

「あんま熱くなりすぎんなよ、千鶴姉。あいつ、どの道潰さないと先に進めないからさ。もうちょい冷静に」

「……はい、そうでしたね。あなたにはいつも戦場で感謝する事が多いですね」

 今の一言で千鶴も冷静さを取り戻したようだ。怒りをぶつけるのは、まだ先だ。そしてミリアはそのやりとりを見て、内心ロイを要注意人物としてマークした。
先程もそうだが、周りがどれだけ慌てようとも、側にいるヒトが気持ちを昂らせようとも、この男はいつでも冷静なのだ。マイペースなどというレベルではない。冷静、すぎる。

「さて、仕切り直しといこうか」

 ロイが再び構えをとる。あの魔宝具は厄介だが、それだけだ。動きをトレースするだけなら、対応の使用はいくらでもある。そして相手がまだ千鶴に対して接近戦ができない、と見ていることが勝利への道を繋いでいた。さっきの魔法の一撃で周りは雪が溶け、足場は安定している。

「しっ!」

 ロイが地を蹴る。

「はっ! また叩き落してやるよ!」

 ミリアが「ストレンジ」を振るう。しかし今度の一撃は、ロイにかすりもしなかった。

「なにっ!?」

 ミリアは驚きながらも鞭を振るう。しかし、やはりロイには当たらない。ロイは精密機械のように的確な動きで鞭をかわす。動きを捉えるとはいっても、振り下ろされればそれ以降軌道を変えることができない。慣性の法則に逆らえないのは宝具も同じなのだ。

だからしっかりと見てからでも判断が間に合う。ロイはどんな状況であっても冷静で、すぐさま的確な行動を導き出す。普段のふざけぶりからは考えられないが、全部隊の中で最も冷静かつ完璧な動きをする。

そしてこの男にかかればこの程度の動きは範囲内だった。そして一定のタイミングで千鶴の魔法攻撃。この連携にはさすがのミリアも追い詰められていく。

「くっ!」

 一旦距離を置くために術式を組み、魔法を使う。

「炎塊よ(フレア)!」

「光の障壁(レイフィールド)!」

 すると今度はロイの前に千鶴が立ちふさがり、強力な障壁で炎を遮断した。そしてまたロイが突進する。隙は、与えない。

「! この……!」

 焦るミリアは足元に強力な一撃を加えて大地を抉り、大きな衝撃波を発生させる。これにはさすがのロイと千鶴も追撃を一旦止め、防御に徹した。

「くっ。やはり純粋な力比べだと分が悪いか」

 距離再び置いてロイが呟く。「規格外者(ノンスタンダー)」は基本的に普通のヒトよりも身体能力がずば抜けている。例え相手が女であっても、力比べならば男であろうと負けはしないだろう。だからこそ本気を出す前にカタをつけようと考えていたが。

「甘く見すぎていたのはこっちが悪いね、謝罪するよ。あんた達には全力で行くべきだ……!」

 ゴウッ!

 風が一層、強くなった。いや。これはあの女の、闘気。来た。ここからが本当の闘いだ。

「女、あんた無詠唱魔法まで使えるとはとんでもないね。あたしですら使えないのに。そこの小僧は誰よりも冷静で鞭をかわす。こんなコンビは初めてだからね、さっきよりも回転数を上げさせてもらうよ」

 今度はミリアから向かってきた。スピードが段違いだ。しかしロイもそれにしっかりとついていっている。そして繰り出される鞭をかわされ、突き出す拳をかわす。千鶴が魔法を使っても今度はしっかりとロイとの距離を把握して、難なくかわしていった。

一進一退の攻防はどんどん森の奥へと進み、そして止まることなく続いていく。だがロイの計算は続いている。

 まだ、早い。あの女が結界を使うまで粘る必要がある。長期戦では「規格外者(ノンスタンダー)」のミリアのほうが体力的に圧倒的有利を誇る。ケリをつけたい気を抑え、攻防を続けた。

 魔法が放たれ、拳が繰り出され、鞭がしなる。そうした状況が続く事、数分。

「厄介だね。まとめて焼き払うとしようか!」

「!」

 来た。ミリアは指定した範囲を炎獄結界で閉じ込め、焼き尽くす戦法を最大の技としている。そして、威力を高めるために普段は着けている魔眼を隠すための布を、その時だけ外すのだ。その一瞬が勝機を生む。目隠しに手を掛けた、瞬間。

 ゴスッ……!

「がはっ!」

 鳩尾に、めり込む感覚。めり込んでいたのは、千鶴が放った杖での一撃。確かに距離は離れていた。ロイのさらに後ろから魔法を放っていたのだから、ここまではかなり距離がある。だがその距離を一瞬で縮め、懐まで潜り込んだのだ。

(風の移動法(エア・グライド)! 無詠唱で!)

 隙を突かれたがまだ動ける。接近戦ができない千鶴はこれ以上の動きには対応できないはず。ここで女を叩きのめせば――

 一瞬でそこまで考えて。ミリアは、信じられない光景を目にする。

「!?」

 次にミリアの見た光景は、襲い掛かる無数の杖での打撃だった。ありとあらゆる方向から体を叩きのめされる。攻撃は止むことがなく、体が悲鳴を上げるまで続く。

 二人の狙いはこれだ。千鶴は遠距離戦が主体のため接近戦が不得意と思われがちである。だが実際は、「風の移動法(エア・グライド)」で足元に膜を張り、地形に関係なく一瞬で接近、自身の体に強制的な能力増幅魔法をかけて敵を叩きのめす。その攻撃は相手が沈むまで止むことがなく、本気を出した時の千鶴が得意とする戦法の一つだった。

「がっ、がはっ! く、こ、こ……のっ!」

 全身を鉄の塊で殴られたような感覚に襲われながらミリアは反撃しようとした。だがそこに、強烈なロイのボディブローが炸裂する。

「ぐほっ!」

 内臓が抉れる感覚にみまわれながらミリアは宙を舞う。

 ドシャッ……

 ミリアが、動きを止める。

「ふう。何とか勝ったな、千鶴姉」

「ええ、そうですね。相手が冷静になった時は少々焦りましたけど」


 二人は互いの状況を確認しながら体を落ち着かせた。このままであればミリアは立ち上がれない。勝負は、完全に決した――はずだが。


line.jpg(1537 byte)
next/back/top
line.jpg(1537 byte) Copyright 2005-2009(C)
場決 & 成立 空 & k5
All rights Reserved.