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参/水鏡、曇のち晴れ。
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「な……! 完全に五匹とも砕いた!?」

 驚いたのは雪那達だった。今のは致命的にならずとも一撃は入ると考えていたのだ。あのオーラは剣以外の場所には使えないと踏んだ上で。すると展開していたオーラを鎮めたバルムは満足気な表情で語り始めた。

「ふふふ……。貴様らは俺を満足させるに足る相手のようだ。まさか氷の龍(フリーズドラゴン)を五匹も同時召喚させるとはな。各自の戦闘技術も他の者達とは比べ物にならん」

 楽しそうに笑うバルムに雪那は質問を投げかける。

「ったく、あんたもとんでもないな。その黒いオーラ、まさかと思うが空間遮断か?」

「いい勘をしているな、小僧。その通り、このオーラは我が空間結界『スクエア・スペース』だ。自分の体を基点として自在に空間を操る。破りたければ禁呪を用いるほか無いぞ。そしてこの剣は魔宝具『無明刃(むみょうじん)』。これも所持者の身体能力を増幅させる力を持つ俺の相棒だ」

 強い。禁呪でなければ破れない結界の壁に、触れたものを全て空間ごと切り裂く刃。そしてなによりも自分に慢心を持たない精神。戦士としては間違いなく奴は超一級だ。

「お前らならば本気を出してもよさそうだ。始めるとしようか!」

 バルムは大気を震わせるほどの気を発して結界を開放する。

「うおおおおおおおおおおっ!」

 物凄い力の奔流が部屋を駆け抜ける。それに伴う突風から身を守りながら雪那は見た。奴の体が、黒く染まるのを。

「……それがお前の本気か」

 突風が納まった後、カーマインが驚愕の表情を見せる。テュッティと雪那も同じだ。目の前にはバルムが立っている。だがその体は半透明の黒いヴェールのようなものが纏わりついていた。あれは、恐らく。

「結界の力を体中に纏わせたのか!」

「そうだ。攻防をなす最強の結界。これならば隙を疲れても攻撃は体に届かん。それに魔法も禁呪以外では討ち破れないのでな。これを使うのは実に久しぶりだ。さあ、行くぞ!」

 あの状態のバルムの攻撃は全てを切り裂くだろう。拳での一撃も完全に肉体を抉る。まさに全てのものを拒絶する結界を纏った男は、先程までの倍のスピードで向かってきた。

「っ! さらに身体能力も上がって!」

 そう。さらに潜在能力を開放する魔宝具を完全に開放したバルムは別人のような強さを誇る。彼が何百年も闘い、生き延びてきた証拠が目の前に確かにあった。重い一撃をなんとかバラバラに避ける。しかしバルムは追撃をやめない。

「まずはお前だ、小僧!」

 空間を切り裂く刃が雪那に迫る。先程の攻撃をかわした後に体勢を立て直し、その直後に攻められたため、対応しきれない!

「雪那っ!」

 テュッティが叫ぶ。しかし雪那の頭には届いていない。

(……空間ごと!? かわせないなら弾き落とせばいい。だが空間ごとなら無理――っ! 壁!?そうか、ならば!)

 一瞬で全ての魔法の構成を編み上げる。頭のスイッチを瞬時に切り替えて左眼の魔力を全て開放する! 刀に開放した術式と魔法をぶつけ、迫る刃へと振り下ろす!

「おおおおおおああああああああっ!」

 ガキイィィィィィィィィィィィィィィィィンッ!

「なにっ!?」

 驚愕したのはバルムだった。全てを切り裂くはずの刃は確かに、雪那の刀に受け止められている。雪那はさらに魔力と力を込めてバルムの刃を弾き返した。

「はあああああっ!」

 ギインッ!

「うおっ!?」

 バルムが部屋の中央まで弾き飛ばされる。バルムは唖然とした表情で雪那を見ている。バラバラに散ったテュッティとカーマインも同じように雪那を見ていた。その雪那は瞬時の強烈な行動で体が少し悲鳴を上げていた。息も少々荒い。しかしその姿は先程までとはまるで違う。髪の毛と、左眼の色が、黒ではなく、紅(あか)になっている。

「貴様……! 魔眼が扱えるのか!」

 バルムが叫んだ。雪那は母から受け継いだ魔眼、「紅天(こうてん)の魔眼」を開放していた。その名の通り体の一部の色が変わり、魔力と身体能力は格段に跳ね上がる。だがそれよりもテュッティとカーマインは驚きが隠せない事があった。

「雪那殿、どうやってあの斬撃を叩き落したのですか!?」

「空間ごと遮断する攻撃を防ぐなんて……」

 そうだった。確かに雪那は回避が間に合わないと踏んだ上で叩き落した。だが単に魔力を込めただけでは意味を成さないはずだ。バルムもそれが気になっていたのか様子を伺っている。

「大地の魔法の応用だよ。前にロイに重力を制御して倍加させる方法を教えてもらっていてな。その術式を逆に組めば指定したわずかな範囲だけなら重 力を『消す』ことができたんだ。そしてそのあとに一気に何倍にも増した重力を注ぎ込めば――」

「! そうか、空間が急激な変化に対応しきれずに歪みを生み出す!」

「ああ。それならば現象の理論は空間遮断の逆で、歪みによって壁を作り出す。あとはその重力で歪んだ壁を刀の前の空間に範囲指定して術式を解放すればいい。そんなプロセスを維持する為の魔力は魔眼で補う、というわけさ」

 驚愕の方法だった。そしてバルムは同時にこの男を小僧としてではなく、一人の戦士として認めざるを得なくなる。戦況を瞬時に判断してこちらを捻じ伏せて見せたこの男こそ、自分が追い求めていた理想の一つなのだ。

「……お前、名は何と言う」

 聞かずにはいられない。何百年と生きてきた中で始めてライバルと呼ぶに相応しい者に出会ったのだ。

「月代、雪那」

 覚え、刻んだ。これより二度と出会えないであろう最高のライバルの名を。

「お前は俺と戦うに相応しい。全力で戦う事に異存はあるまい。互いにさらなる領域へと行こうではないか……!」

 その言葉に雪那は答える。

「解らんでもないな。互いに本気を出せる相手なんて滅多にいない。上に行けば行くほど、な」

「ふふふ! ははは! いいぞ、お前と出会えた今日という日に誰よりも感謝しよう!」
 歓喜の声を上げてバルムが吼える。大気が振動し、部屋が揺れる。

「くっ……これでは……」

 カーマインとテュッティは焦った。これほどの強力なプレッシャーは感じた事が無い。だが雪那は平気な顔で立って、そして二人に告げた。

「なあ、とっとと宝具確保してきてくれよ。ここは俺一人で受け持つから」

「……は?」

 意外すぎるその言葉にテュッティがなんとも間抜けな声を上げる。一人で、残る?

「雪那殿、何を……」

 カーマインも冗談と思ったのか間の抜けた感じだ。しかし雪那は真剣な表情で話す。

「まじめなことだ。この術式は魔力の問題で、長時間扱うには魔眼を持つ俺でなければ無理だろう?真正面から斬り合いができるなら大丈夫だからさ、宝具取って来てくれ。それと、あれを使う。巻き込まないためにも、な」

「!」

 切り札。それを使う決心を雪那は固めている。確かに、この狭い部屋であれを使えば余波が自分達にも被害を及ぼす。それならば宝具を持ってきてもらえば逆転の可能性があるということだ。その考えに先に賛同したのはテュッティだった。大丈夫、雪那は負けない。

「わかった。勝手に死んだら承知しないからね!」

 宝具の部屋へと走り出す。

「カーマイン、あんたも頼む」

 渋々ながらカーマインも同意する。

「はい。早めに帰りますからもたせてください」

 残るは、雪那一人。二人が先に進んだのは確認した。

「ふっ。構わんよ。お前一人さえ相手ならば他などいらん。さあ、始めるか……!」

 バルムは今にも飛び掛ってきそうだが、雪那はまあ待て、と制止した。

「はっきり言うとさ、今の状況ではあんたに負けるのは目に見えているんだ。純粋に技術よりも力量が劣っているから。このままだといくら機転を効かせても防戦一方になる。だからさ、対等な立場になるためにこちらもジョーカーを切ることにするぜ……!」


 そうして、遺跡での戦闘は極限を迎える――



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