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弐/蜩、鳴きながら。 
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 部屋を出て外に出た雪那は大きく深呼吸した。今まで拭いきれなかった不安感がなんとか無くなってくれたからだ。しかし意外、というか予想外のことが多すぎた。母親がいかにとんでもない存在であったかを再認識させられたからだ。

聖宝具に「魔」を滅する魔眼、稀代の魔術師でありさらに失聖櫃(ロストアーク)の使い手。まさに女王と呼ぶにふさわしい実力を持っていたのだろう。そこまですごい人物であるからこそ、さらに雪那は背負うものが大きくなった。その母親を――。

そして気になるのはたった一人の妹、雪華。同じ存在ならば妹は生きている。気のせいなしか繋がっているような気がしていたから。だが恐らく、会えば妹は俺に怨み言を言わずにはいられないだろう。最悪、殺しに来るかもしれない。その時になったら俺はどうするのだろう。そのまま殺されるか? 

それとも、


  俺が、雪華を殺すのか――


(!? 俺は何を考えている!? 雪華を、殺す? 冗談じゃない、俺は兄としてあいつを―)


  兄として?偉そうな事を言う資格はあるはずが――


(っつ! くっ、さっきから何を考えているっ! まだ見えない未来にそんな身勝手を重ねても!)


  身勝手? 違うな、それはお前の行動原理の一つに違いない――


(黙れ……! 何か知らないが俺の中からこれ以上這い出るな……!)


  ほう。だがそういうな。これは試練でもある。これくらいでは落ちないか――


(……何か知らんが上等だ。戦闘中でなければいくらでも相手してやる……!)


  ふさわしいかどうか決めるのは我ではなく汝。お前はお前、私も間違いなくお前だ――


(何? 解らないな、何の事だ? まるでお前が昔から俺と一緒のような――)


  ふむ。あながち間違いでもない。・・・まあしばらくは控えるとしよう。死ぬなよ、主(あるじ)―


(主? 本当に何のことだ、おい。……聞こえなくなった。一体何なんだ? 行動原理? あれが?)


 頭に響く声は無くなった。まるで心の中に直接アクセスされたような感覚が残っている。不思議と気持ち悪くは、無い。だが何もかもが解らないことだらけだ。
これは母や妹と関係している事なのか。それとも、本当に自分が望んでしまった「殺したい」という行動原理なのだろうか。

(……とりあえず切り替えよう。明日の任務の事が優先だ。あの声の言うことを聞くわけじゃないが死んだら意味ないしな)

 最もだ。気にするのは全てが終わって落ち着いてからでもいいだろう。もしかしたら、手遅れかもしれないが。とりあえずは遅くなった昼飯を食べに行くとしよう。腹が減っては戦もできないし。

 次は食堂っと。

 食堂で遅めの昼飯を済ました雪那は部屋に戻った。ドアを開けるとそこにはロイの姿。だが――

「何をしている。そんな格好で」

「ほっといてくれ」

 よく見るとロイは体中が包帯で巻かれている。重症患者そのものだ。こんな事態になる要因を雪那はいくつか思い浮かべる。該当する事態は、一つ。

「お前また千鶴(ちづ)姉(ねえ)になにか言ったな」
「……」

 図星のようだ。第一部隊の隊長、神楽千鶴は確かに優しくてみんなの姉のようなところもあるのだが、触れてはいけない事がある。それに触れれば誰であろうと容赦なく攻撃魔法を喰らわしてああしてしまうのだ。ちなみに第七部隊のテュッティ以外の隊長は全員これと同じ目に遭ったことがある。あのチカラやヴェルでさえ。

「俺は悪くないぞ。つい、こう、ちょっと口が滑ってだな」

「言い訳だな。負けを大人しく認めろ」

「……聞いて下さい。お願いします」

 本気で泣きそうになっているロイがあまりにも可哀想なので話を聞くことにする。だが、その前に怪我を治療してやらねば。

「ちょっと待て。ベッドに結界張ってやる」

「おお、さすがは我が親友! 感謝します〜」

「ったく……調子いいな、おい」

 ベッドの四隅に魔力を集中させて基点を作る。そしてマナを開放、結界を展開する。少し強めの治癒結界だ。

「ああ〜気持ちい〜」

「話を聞くのはやめようか、俺も疲れているしな」

「まあまあまあまあ。聞いて下さい」

 そう言って頭を下げるロイを横目に椅子に座る。ロイの話は編成が決定後の時間まで遡る――



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