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弐/蜩、鳴きながら。 
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「話がずれたな。戻すぞ」

 そう言ってチカラは足を組み直す。いつのまにか話が魔眼に移ってしまっていたことを雪那は忘れていたようだ。

「お、おう」

「実はな、お前の母親は子供を二人産んだ後に魔眼を失っている。それも一人生まれるごとに半分ずつ、ではなく二人目が生まれた直後に一気に、だ」

「!? な……に?」

 はっきり言って一瞬状況が理解できなかった。普通魔眼というものは一度宿った本人からは無くなる事がない。生まれた瞬間に体内組織の一部として組み込まれてしまうからだ。これは目や鼻、口と同じで普通は死ぬまで機能は停止すこる事が無い。だから自分と妹は母親の眼をもらったのではなく生まれてきた時に最初から宿していたと考えていた。魔眼を持つ「規格外者(ノンスタンダー)」の子供だから特異な存在として半分ずつ、と。だが母は魔眼が無くなったとチカラは言っている。

「訳わかんねえぞ!? そんなことありえるかよ! それじゃあまるで俺と雪華が母さんから意図的に魔眼を奪ったとしか――」

「そうだ。状況からすればそうなる。だが生まれたばかりの子供にそんな事ができるはずが無い。仮に本人がいくら継承させようとしても片方ずつ別けて、なんてことことはできた前例が無い。となると考えられるのは一つしかないな」

 意図的に奪ったわけではなく。親が渡そうと考えてもいなければ。残る結論は一つ。

「俺と雪華がヒトでも『規格外者(ノンスタンダー)』でもないハーフであることの副作用……!?」

「それしか考えられまい。この世で魔眼を継承させるには手段が一つしかない。自分の子供に生まれた直後に儀式を行い、その際に自分の眼球を抉(えぐ)り出して媒介にするという強引な方法だ。しかも成功しても引き継げるのは一人だけ。それからいけばありえない話だが、元々『規格外者(ノンスタンダー)』とヒトの子供そのものに前例が無いからな。お前らには考えられない話ではない」

しかしそれでも腑に落ちない部分はある。

「なら何で俺が生まれた直後にまだ母さんは魔眼を持っていた? わからないな」

「妹とは何歳差だ」

「えっと、正確には十二ヶ月はない。十一ヶ月と……一週間も離れていないはず」

「やはりな。子を産むのにかかる期間を考えればお前と妹は同時に腹にいた時期があるはずだ。その時に決定されたのだろう。一人目は前提としてのクッション、二人目で完全継承、いや略奪か。兄妹揃って母の強大な力を宿したわけだ。そしてもう一つの副作用が片方しか魔眼を持たないにも関わらず正常に機能を発揮できる、と言う点だな。まったく持って常識を逸脱している」

 雪那は黙りこくってしまっている。あまりの予想外の事態についていけていないようだ。常識外ならお前も「規格外者(ノンスタンダー)」だろうがと言おうとしたが口が動いても言葉が出ない。だが頭の片隅では一つの結論が出ていた。そう、か。ならば、あの時の、――の、――は、本来持つべきでは無い者が――

「雪那、大丈夫か? ショックを受けているのはわかるがまだ話が終わっていない。むしろ俺が教えられる事で最も重要なのがまだ残っている」

「え? あ、ああ。う、すまない、少し時間をくれ。落ち着きたい」

「……わかった。コーヒーを淹れ直そう。コップを貸してくれ」

 チカラはそのままコーヒーを淹れ直しに席を立った。今の内に自分の中で整理しなければ。母が「規格外者(ノンスタンダー)」ということは知っていたが魔眼を失った事は全然知らなかった。自分の存在、そして雪華の存在がとても危ういものに思えてくる。ありえない継承を行った魔眼。そして判明したあの日の、出来事の原因。だがこの原因は雪華からすれば言い訳にしか聞こえないだろう。それがますます背中に重くのしかかる。

 ……まて。確かに今までの情報から分かる範囲でチカラは話した。魔眼についても予想は異なっていたようだが何か考えがあったに違いない。生前に会っていれば話も聞けるだろう。だが、母が死んだ時の事も含めて詳しく知りすぎている。特に魔眼を失ったタイミングなど今までの中で誰一人として知らなかった情報だ。なんだ?この後何を話そうとしている?

そうこうしている内に淹れ直されたコーヒーが渡された。

「話、続けていいか」

 チカラが切り出してくる。

「その話、今俺が持っている疑問点を解消してくれるよな?」

「ああ。詳しく知りすぎている、ということだろう」

 どうやら本人は分かっている上で話していたようだ。ならば続きを聞くことにしよう、と雪那は静かに頷いた。

「まずは情報として公開されていないことを前提として話すぞ。お前の母親は失聖櫃(ロストアーク)の使い手だ。所持していたのは、『第六(だいろく)・源殺(げんさつ)』」

「……!」

息を呑む。予想を遥かに超えていた。まさか母親が失聖櫃(ロストアーク)の使い手だったとは。

「しかし、それは本当か。いままで聞いたことが無いぞ?」

 そう。失聖櫃(ロストアーク)の所持者は全員が確認済みであったはずだ。上層部しか知りえない情報であったとはいえ、調べていた雪那に少しは分からない事ではないはず。

「上の奴らは隠したがるさ。知っているとはいえ下手に手を出せばこちらが殺されかねないからな。あの情報は個別に最上級のセキュリティがかけられている。データベースそのものが別の場所にあったはずだ。探しても見つからんよ」

「そうだったのか。まだ詰めが甘かったな、俺も」

「まあそう言わずに聞け。ここからが重要だ。これは所持者同士にしか理解できんことでな、上の連中にも話していないが……失聖櫃(ロストアーク)の所持者は他の所持者の生命の波動が判るんだよ。近くにいればいるほどな。それに一度実際に会っているとどれだけ離れていても小さく波動を感知できる。だからお前の母親が死んだ時期がわかったのさ。生前に会った事があるのでな。それと魔眼を失った時は極端に波動が薄れた。命の波動はその本人の全てを一つとして放たれるものだ。どれか一部を失えばその分波動が薄れる」

 これも驚愕の事実だ。失聖櫃(ロストアーク)に関しては不明な点が多いとされていたが所持者である本人が言うのだから間違いは無いのだろう。これでチカラが他の者達が知りえていない情報を正確に把握している理由がわかった。だが――

「母さんが失聖櫃(ロストアーク)の使い手なら亡くなった後、それはどこにいったんだ? 死んだら契約は解除されるのだろう?」

 この疑問だ。使い手がいなくなった失聖櫃(ロストアーク)に関してはどうなるのか全くもって知らない。チカラは何か知っているのだろうか。契約が解除された失聖櫃(ロストアーク)の行方を。

「そこまでは分からん。あくまで所持者が分かるのは同じ所持者の生きている波動でな、本体そのものを感知できるわけではないんだ。状況からいけば亡くなった場所、つまりはお前の元の家に   あるはずだがそれならば国連が秘密裏に回収させているだろう。前、カーマインに一度調べても  らったがその形跡は無い」

「現在は行方不明か……」

 雪那は落胆する。母の手がかりを掴んだと思ったがそう簡単にはいかないようだ。

「すまんな。俺はそこまでわからん。話は以上だが」

「ああ、ありがとう。少しさっぱりしたよ。あとは自分の中でちゃんと整理しておく」

「そうか。まあ、あまり気負いすぎるなよ」

「サンキュ」

 そういって雪那は部屋を出た。



 雪那がいなくなった後チカラはタバコに火をつけて一服する。ありえないことではないのだ。だが確信が持てない以上これは予想に過ぎない。しかしカーマインの話だと廃屋になったあの家にはなにも特別な物は無かったらしい。あのヒトが所持していた聖宝具でさえ。そして、生死不明の妹もその場にはいなかったし、死体も発見されていない。だからこの予想に行き着く。これは、

(――)

 であると。しかしまだ力を解放していない状態なのだ。だから察知する事ができない。

(本人達は気付くはずもないか)

 そうして口からゆっくりと、天井に向けて煙を吐いた。この煙が全ての始まりの狼煙のように。



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