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弐/蜩、鳴きながら。 
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「え?」

雪那はチカラの部屋がある宿舎の前で立ち尽くしていた。ここで話を聞かなければもしかしたらつらい事を知らないで済むかもしれない。背負うものが軽くなるのであれば――

「馬鹿言え。その程度の覚悟で生きるのならあの時死んでいる」

 頭によぎった一つの考えを潰して部屋に向かう。迷うのは妹に会うときだけにしておけばいい。今は全てを聞かなければ。そして、背負わなければならない。それ以外俺が母に対して償う事ができないのだから。

 コンコン。

 ノックをする。

「俺だ」

「開いている。入れ」

 ドアを開けて中に入る。チカラは個人的な希望により一人で部屋に住んでいるため、気のせいなしか自分の部屋より中は広く見えた。

「適当に座ってくれ。コーヒーはブラックしかないがいいか」

「ああ。話、してくれるのだろう?」

 緊張しているせいもあったのか雪那は少し焦る。

「まあ落ち着け。話は長くなるからな。それでは最後まで身が持たん」

「お、おう。ふう、やっぱ緊張はするって」

 コーヒーを淹れ終わり、渡される。一口飲んでみたが、うまい。ブラックはまずいと思い避けていたが意外といけるものだ。カフェインが全身に染み渡るのが分かる。それで少しは気持ちが落ち着いてきた。

「始めるとするか。まずは母親自身のことから話してやろう。お前の母親が『規格外者(ノンスタンダー)』になったのは千年ほど前と聞いている。その時に 現在最も年長の『規格外者(ノンスタンダー)』リリス・ハウゼンと出会ったらしい。本人が言うには追われる生活に嫌気がさしていたと言っていたが」
 初耳だ。「規格外者(ノンスタンダー)」となる前の話は聞いたことがない。しかもリリス・ハウゼンと知り合いだとは。さらに情報を得るために質問をする。

「追われる生活?」

「ああ。そのときはまだ『紅天(こうてん)の魔眼』を両眼に宿していてな、世界中でも屈指の魔術師と言われていた。だがあまりに強力すぎたために魔物から他のヒトより敵視され、どこの国でも彼女の魔力は危険視されていてな。最終的にはいない方がいい、という結論を下されたらしい。もちろん死ぬつもりはないから彼女は逃げ出した。そして行き着いたさきが―」

「『規格外者(ノンスタンダー)』としての道か?」

「そうだ。その後は知っているのではないか」

「ああ。魔物からヒトを守る役割に回ったんだろ」

 そう。母はヒトでなくなったにも関わらず最終的には自分を追い詰めたヒトまでも守り抜いて見せたのだ。その気高い精神と生き方に感服したヒト達は、尊敬の念と魔眼を開放したときの姿から彼女を「紅の女王(クリムゾンクイーン)」という呼び方で後世に伝えている。

「調べた範囲から『規格外者(ノンスタンダー)』になった後のその事は知っている。それ以外には?」

「それで今から十五年前に彼女はある男と結婚して後に子を儲けている。それが――」

「俺と雪(ゆ)華(か)、だな」

「そうだ。……ところでお前は自分の体のことをどこまで理解している」

「自分の? それはどういうことだ?」

 いきなり違う質問だ。母の事を知りたいのであって自分ことなどは――

「とりあえず話せ。こちらの予想を確実にするにはお前の体を理解する必要がある」

 どうやら本当に必要な話のようだ。どうにか分かる範囲で話してみる事にした。

「ええと……とりあえず『紅天の魔眼』は持っている。ただし左眼だけだ。右眼は変化が無い。魔力は自分であまり言うことでもないが、強力なほうだ。魔眼を開放してなら禁呪まで扱える。抵抗力(レジスト)も強いな。後は……そうだ、あれが使える」

「あれ?」

「ああ。実はまだ全員に見せたわけじゃないんだが――」

 それを、話す。するとチカラは驚愕の表情を見せる。この男にこんな表情ができるのか、と思わせるぐらいに。

「本当、か? そんなことが……」

「万が一の切り札だ。カーマインとテュッティ、それにロイは知っているよ。一応切り札だから他には黙っててくれと言ったが」 

 チカラは黙って考えている。恐らく今のことは予想していなかったのだろう、考えをまとめているようだ。

「原理からいけば妹も、か」

「そういうことになるな。多分あいつは右眼に魔眼を引き継いでいるはずだ。最もあれができるかどうかは分からないが」

「なるほど。片方が使う場合はもう片方が使えない可能性はあるな。だがそもそもお前らのような特異な存在にそれが当てはまるとは限らんが」

「両方同時にあれが使える可能性ありってことか」

「『規格外者(ノンスタンダー)』とヒトの間に生まれたものの副作用が出ている可能性も否定し切れん。現にお前の魔眼は片方だけにも関わらず、機能は両眼に宿していた母親と同じだからな」

 なんともいえない状況だ。これに関しては妹に会わなければ確認はできまい。生きていれば、だが。

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