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弐/蜩、鳴きながら。 
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「え?」

 いきなり意外な事を言われてしまった。上層部がおかしい? 疑問にすら思っていなかったことに頭がついていけない。最近の上層部は特におかしいところはないはずだが。なんとか頭の中を整理して言葉を出す。

「そんなことはないと思う……けど?少なくともこっちに残っていた限りでは特に変な動きはないはずだが。テュッティは?」

 テュッティにも聞いてみるがやはりこちらも

「そんなそぶりはなかったよ? まあ裏でやっているなら分からないけど。変なことといえば少し出撃機会が減った……かな?」

 くらいの意見しかでないようである。するとカーマインはふむ、と呟いて話を続けた。

「実は最近こちらのスパイ活動の数もめっきり減りまして。まだ潜伏の必要がある場所からも撤退命令が出ているのです。自ら得られる情報を減らしていくことは組織の運営において致命的になる可能性もあるのですが……どうやら逆にこちらの事で知られたくないことがあるようなのです」

「こちらって俺達は隠すような事ないよな。上の人間の独断か?」

「ええ。はっきりとしたことはまだなのですが我々を手元において置きたい理由があると考えられます。もし、我々に直接被害が及ぶ事態になれば黙っているわけにはいきませんから。その時までに戦力はあったほうがいい、というわけです」

 上層部の考えは読めないもののなにかしら大きなことをしようとしているのは確かなようだ。しかも確実に自分達を巻き込むことになるのだろう。ならばこちらも秘密裏に、というわけだ。他の隊長達にもいずれは話がいくことになるし、事態が予想できない以上、最悪の場合は国連に反旗を翻すかもしれない。かなり深刻な話だが、ようやくこれで合点がいった。

「なるほどね。旧約聖書の聖宝具となれば上の連中も黙ってはいないか。先に確保さえしてしまえば口実はいくらでも作れるし、なにより一旦査定を行わないから確実に宝具を手元におけるな」

「はい。これが現在他の隊長達には隠している全てです。恐らくヴェル殿には任務中にチカラ殿から話がいくでしょう。千鶴殿とロイ殿は帰還してからということになります」

 唐突に大量の話を聞かされたものの頭の整理はできた。あとはバルムの対処法だが――

「バルムはやはり三人で相手にしたほうがいい。今の話からいけば人数が減るのはこれ以降得策ではないからさ。いいか、カーマイン?」

 全部の話を聞いた上で今一度カーマインに聞く。

「ええ。理解していただいたのであれば結構です。その作戦も何とかするのが我々の役目ですから、最善を尽くしましょう。ただし押されるようであればやはり雪那殿が宝具の確保を優先してください。一発逆転の可能性がありますので」

「わかった」

「大丈夫よ。たとえ二人でも雪那が戻るまでは持たせて見せるから」


「ああ、頼りにしている」
 そう話すとテュッティは妙に喜んだ表情をしている。

(? なんかしたか?)

「では打ち合わせはこのくらいでよろしいですか?」

 カーマインが解散の意を示したのでこちらも同意して解散する事にした。


 外に出てテュッティと一緒に歩く。

「次は明朝七時だな。まあどうにかなるだろ」
「そうだね♪」

 やはりテュッティは嬉しそうだ。こんなに上機嫌なのは始めてみる気がする。

「なんかいいことでもあったか?」

「ん? ふふ、あったけど教えてあげない」

「ケチ」

「あー。そういう言い方するー? もう、本人は気付かないんだから……」

 最後は小さい声でよく聞こえなかったが。そうこうしている内に宿舎の前まで来てしまっていた。

「ま、機嫌がいいなら越した事にはないか。ああ、俺はチカラのとこ行くからここでな。明日寝坊すんなよー」

 テュッティは慌てて引きとめようとするが既に遅し。

「え? あ、ちょっと、雪那―。もう少しくらい話しても……」

 ――行ってしまった。なんで雪那はいつもああなのだろう。私の気持ちに気付きもしないでって、まあはっきり言ったことないからそれもそうなんだけど。はあ、それでも少しは見て欲しいなー。今日はいつもと違う香水つけてきたのに全っ然興味示さないし。うーん、押し倒したほうがいいのかな、この場合。あーでもなあ……。

「何してんのよ」

「うひゃあ!」

「きゃっ! いきなり驚かないでよ、もう」

 後ろから瀬里奈に話し掛けられて声を上げる。どうやら考え事をしている間ずっとそこに立ちっぱなしだったらしい。

「どうせまた雪那のことでしょ。あんたも頑張るわねー。もしかして気付いてくれないなら押し倒しちゃえ、とか考えてた?」

 鋭い。さすがは親友にして同じ歳。

「そそそ、そんなことないよ? ないない、うん」

 こっちはこっちで動揺しまくりである。

「……いや冗談のつもりで言ったんだけど本気だったわけ? やるわね、あんたも」

「いいいいいや、まだ押し倒していないよ? そこのところ」

「まだ? ということは予定ありなんだー♪ なになに、今夜?」

「だから違うってば! そんなことしようと思ってないよ! もう、瀬里奈はすぐからかうんだから」

 顔を真っ赤にして反論する。すると瀬里奈も悪いと思ったのかすぐに返してきた。

「あっはは。ごめんごめん。で、実際どう? 香水変えたの気付いた?」

「全然。あれは元から興味示していないね。はあ、こっちだけ緊張して損した気分」

「鈍いわねえ。まあ、時間はあるんだから焦らずいきなよ。それより隊長での打ち合わせ、終わったんでしょ? 昼ご飯食べに行こうよ」

「うん。ふう、苦労するよ……」

 まだ二人とも十四歳の少女である。恋していてもおかしくないのだが明日からは戦場に立たなければならない。こんな場所で会わなければもっと普通に恋愛できたのかな、とはテュッティは思わずにいられなかった。

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