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壱/空、何よりも高く。
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「は〜い、それでは出席を取りますねえ〜」

「……千鶴(ちづる)殿。できれば早めに報告を済ませたいのですが」

「あら、お堅いですね。たまには学校みたいにほのぼのとやってもいいじゃないですか。あまり殺伐としていると気持ちに余裕が持てなくなりますよ?」

そう話すのは第一部隊隊長の神楽千鶴(かぐらちづる)。全部隊のまとめ役であり、全宿舎の管理人みたいな人物である。彼女の会話のペースに巻き込まれると疲れが溜まるもののなぜか話は着々と進んでいくという不思議人。

「千鶴、ここは茶化さないほうがいい。少々厄介な話もあるのでな」

「……あら」

 チカラの台詞にわずかに部屋内がざわつく。

「そうでしたか。では報告をお願いします、チカラ、カーマイン」

『了解』

 二人が前に出て報告を始める。ちなみにカーマイン・クレンショーは第三部隊の隊長。第三部隊は隠密部隊のため、全ての情報源はここから仕入れられている。彼らが任務から帰ってきて報告をしてから他の部隊が出撃の準備を始めるのが基本だ。

「まずは世界中の戦争及び紛争の状況から報告します。現在はどこも目立った動きがなく均衡状態にあるためこちらに関しては特に出撃の要請、または特定の任務は無いということ。まあヒト同士で争う時間はもったいないとは思うのですが。あとはレイポイントについてチカラ殿 から報告が」

 カーマインの報告が終わりチカラの報告が始まる。

「こちらは少々厄介だ。現在、上級の魔物及び数百体単位で魔物の出現が予想されているポイントが三つ出てきた。
フランス、ロシア、オーストラリアの三ヶ所。これだけならばいいのだがフランス方面ではバルム・タルシスらしき人物、ロシアにはもちろんミリア・マクウェル、 オーストラリア方面ではシュトラ関連らしい事件の報告がある。いずれにしても万が一の場合は規格外者(ノンスタンダー)との交戦は覚悟しなくてはならない」

 その報告に全員が緊張を走らせる。「規格外者(ノンスタンダー)」が相手ではこちらも無事で済む保証が無い。数でどうにかできる相手でもないからだ。


 「規格外者(ノンスタンダー)」とは何者か。
全ての自然の摂理は生と死、そしてそれらが繰り返されることで安定を保っている。それを「輪廻の輪」と呼ぶのだが、「規格外者(ノンスタンダー)」はその輪から外れてしまった者たちのことを指す。
彼らは体の細胞が「光力(フォ トン)」と呼ばれるものに変換され、寿命が存在しなくなる。そのためこの存在になってしまうとヒトであろうが魔物であろうが関係なく、全くの別固体としてこの世に存在する事になるのだ。
また、普通は手順を踏む必要のある結界の基点を体内の中央に持ち、それぞれが効果の違 う特殊な結界を保持しており、そこを破壊されない限りは体の何処を破壊されても再生できる驚異的な身体能力を持つ。
ヒトを超越しているため、運動神経も並外れた存在になっており、まともに闘えるのは世界中だけでもこの部隊しかいない。
ちなみに本人の意志は問題なくそのままのため、チカラのように「魔」を倒す役割に回る者も中にはいる。現在確認されている数はヒト・魔物含めて全部で十三。その内一人が欠番の状態だ。


 彼らと戦うには準備を怠ることができない。それを見越してチカラが話を続ける。

「そのため部隊編成はカーマインと相談の結果こちらで決めさせてもらった。情報を一番持っているのは我々なのでな」

「わかりました。それで編成は?」

 納得した千鶴はそのまま話を続けるように促す。

「ああ。フランス方面にはカーマインの第三部隊と雪那、テュッティの第六・七部隊。こちらは万が一の時にカーマインとテュッティで防御と撤退に徹すればバルム相手でもどうにかなる可能性が高い。雪那達第六部隊は攻撃面での主力だ。ロシア方面は千鶴の第一部隊とロイの第 五部隊。地形が悪い場所が多いがこれこそロイの得意とする分野だろう。遠距離魔法が得意な千鶴達と組めば簡単には負ける事はあるまい。オーストラリア方面には俺達第二部隊とヴェルの第四部隊だ。残りの部隊ということになるがこちらは相手がシュトラなのでな、失聖櫃(ロス トアーク)が使える俺が行かなければなければ話になるまい。こんなところだが他に意見は?」

「一つ質問がある」

「ヴェルか。どうした」

 金髪で高貴な雰囲気を漂わすこの男はヴェルフォルス・ランフォード。第四部隊の隊長で、部隊での最年長者である。実力、人柄共に一級品の伊達男だ。この男は同じく最古参戦のチカラには誰よりも信頼を置いているのだが、今回のように意見をするのは珍しい。そのため自然 と全員の注目を集めた。

「私としては雪那とロイを組ませたほうがいいと考えるが。第一部隊の実力を疑うわけでもないが、あの二人で組ませた場合は隊員一人として欠けることなく未だ無敗だ。それに足場が悪いことからもできるだけ奇襲に対応しやすいようにバランスの取れた雪那の部隊が適任だと思 うぞ?」

 するとチカラは解っている、というふうに少しだけ笑って、

「それについては別件でな、雪那にやってもらうことがある」

 と言い出した。

「何だ? 特別任務か?」

「いや、上層部は何も言っていないが俺とカーマインで相談した結果でな。フランス方面のレイポイントは山奥の遺跡にあるのだがそこに聖宝具(せいほうぐ)が存在する可能性がある。雪那、もし確認できればおまえが所持者となれ」

「!」

 雪那は驚きを隠せなかったがそれは他の全員も同じのようだ。いきなり未確認の聖宝具の所持者になれ、と言われればそれもそうであるが。

「ちょっと待て。いくらなんでも上層部に許可なくいきなりそんな事を言われても納得できないぞ?」

 雪那の言う事は最もである。宝具とは古来より伝わる伝説の武具や古代魔術の粋を集めた武具を意味する。これらは単独で強力な力を有するため、上層部からの査定と許可を経てからでないと使用及び所持は許可されていない代物なのだ。その宝具を上層部の意見を無視してまで 取って来いとはただ事ではない。

「ああ、そうだな。だが伝承通りの宝具であればあれがバルムに確保されるのは非常にまずい。しかし先にこちらから出向いて所持者になってしまえば奴も諦めざるをえまい。
それに宝具の特性を考えればお前が所持者に適任だ。上層部にはバルムに確保されるのはまずいから先に所持者になったとでも報告すればよいさ」

「……普通は先に上層部の許可だろう」

 いまいち納得のいかない雪那は少しふてくされてそう言う。するとカーマインがそれを気遣う形で話してきた。

「雪那殿、そう申されるな。なければそれでよし、もしあればの話だ。それに今後の事を考えれば機関の中枢を担うあなたにはあれと別に一つは切り札があったほうがいい」

「私のグングニルみたいに?」

 テュッティがそう話に入ってきた。彼女は聖宝具「グングニル」の所持者である。宝具がいかに強力であるかは彼女自身、よく理解している。

「ええ。ですから何かアドバイスできる事があればと思いまして、貴公の部隊にも来てもらうことにしました。私だけではアドバイスができないため」

「……なるほど、わかりました。確かに宝具の扱いに関しては私のほうが長いですから」

「そういうことならば了解した。バルムと会わなければレイポイントの封印と宝具の確保が任務だな。会った場合はどうする?」

「できれば宝具の確保が最優先だ。その時はお前以外の全員でバルムを抑えてもらう」

「……気分悪いな、それ。見捨てるようで」

 誰よりも部隊全員の命を優先する雪那からすればその意見は気に入らなかった。

「はっきり言えばあれをバルムが確保すれば全滅だぞ」

「……わかった」

 渋々ながらも雪那は了解する。その時になれば多分黙っていられなくなるだろうが。

「報告と次の動きについての話はこれで終了だ」

「ありがとうございます。では各隊から出撃するメンバーを決めたら互いに確認しておいて下さい。出立はどうなります?」

「明朝七時くらいが妥当だろう。用意もあるし、隊員への話もあるだろうしな」

「ええ、そうですね。では本日はこれで解散にします。次に全員で会うのは何日も後になりますね。皆さん、生きて帰ってきてください」

『了解』



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