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きゅう/アナザーサイド
〜さよならの家族・お帰りの家族〜
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 世界が目覚めの朝を迎える前に、ちょっとした昔話でもしようか。

 国連で一つの部隊が解散になる、その少しだけ前の話し。

「よっと。こんなものか」

 これから随分と長い間お世話になるであろう、靴の靴紐をしっかりと締める。肩に担いだ袋はバッグと呼べる程の物ではない。

ただ単に、みんなからこれくらいは持って行っても損はないだろうと渡されたものばかりだ。

 何てこと無い洗顔道具や何枚かの変えの下着、それに上に着る服。必要最低限のもの以外は中に入っていない。

あと、姉のように接してくれてた人物から、部隊の紋章が刻まれていないただの黒い生地のコートも渡された。部隊で装着していたものと丈が同じため、着易い。

「行くんだよな」

「悪いな。本来なら留まっているべきなんだろうけど」

 付き合いの長かった親友の声に応える。彼は前日の夜まで考え直さないかどうか持ち掛けてくれていた。だが自分はそれを断って、こうして旅に出ることを選ぶ。

「いや、お前の人生にまで口は挟めないからな。上層部も前回の『大戦』でのお前の活躍を知っているから口出しは出来ないし」

 というか、知りえる人物は口出しなど出来るはずも無い。それほどまでに圧倒的な実力を見せ付けてしまったのだから、死にたくなければ誰もが逆らわないほうがよいと判断してしまう。

 変わらず接してくれているのは同じ部隊の隊員と、各隊長だ。それ以外の部隊構成員からはすでに畏怖の視線で見られている。

 裏の世界を自分の目で見てきているヒトからすれば、有り余りすぎた力は尊敬よりも恐怖心しか生まない。

「で? 行き先なんてどうせないんだろ?」

 いつものように、少々皮肉った表情で笑って聞いてくる。最後までこういう関係で居たいと思うからこそ、いつもと同じように切り替えした。それこそ、近場まで買い物に行くだけのような感覚で。

「ああ、ないね。ぶらぶら世界中回る予定だ。とりあえずは色々、もっと自分の目で見て周りたいと思う。帰る場所が特定されて無いから、ほぼ半永久的に続くかもしれないけどな」

 すでにヒトでは無くなった。体の構造は、規格外者(ノンスタンダー)の子供の副作用として、この世で自分を含めて二人しかいない特殊なものになった。

年齢を重ねても体が最も成長する次期でストップする。恐らく22、3歳ほどで成長は止まるだろう。不老不死とまではいかないが、不老の状態になる。

「ま、戦闘で死なないとも限らないけどな」

「お前と同じように成長できるのもあと10年もないか。俺からすれば長いか短いか分からないが、おまえからすれば短いだろうな」

「先、100年単位で生きるならそうだろうな。ああ、でも安心しろ、てめえらのことは嫌でも忘れねえよ」

「ありがたいねえ。墓に入ってもたまに顔を見せろよ」

「はいはい。お前の子供から続く血統はちゃんと全部顔覚えておくよ。子供は作れよな」

「ぐ……、まあもしかしたら、子供はお前と同じ存在になるかも知れんが、頼むとしようか」

「……は?」

 親友の言葉におもわず間抜けな顔をして振り向いてしまう。今こいつは何と言った?

「俺と同じ存在だあ?」

「……いや、な、その、まあ」

 歯切れの悪いこの男。自分と同じ存在。頭の片隅に置いてあった記憶が引き出しから抜き出されて思い出す。

 『大戦』時。すでに数十万の魔物と乱戦状態になった時、こいつの隣にいたのは――

「……信じられねえ」

「くっ、そんな否定の仕方はないだろうに」

 だってそうだろう。こいつがMかどうかは知らないが、関係はまさしく女王様とその下僕だ。女の尻に敷かれるのは簡単に想像できた。

 あ、なんかこいつが人間テーブルやっててワイングラス片手に女がニタリと笑ってる。

「お前絶対尻に敷かれるぞ」

「うん。俺もそう思う」

「……」

「……」

 奇妙な沈黙が訪れる。

「……マゾヒスト?」

「……かもしれない」

 旅立つ直前に親友の意外すぎる一面を覗いてしまったような。これ以上話を聞くと妙な空気が濃くなる可能性があるので、立ち上がって寮の外に出ることにした。

 だが、その直前でまたしても親友に呼び止められる。

「挨拶、して行けよ」

「――」

 振り返って見た親友の顔は、寂しそうで辛そうだった。

 ああ、そうか。こんな他愛の無い会話は、いつものように接して別れようと考えていたのではなく。

時間を引き延ばして最後まで考え直してくれないかと訴えていただけだったのか。失うことの怖さを知っているから。『また』自分は何もできないのかとあいつは後悔しそうになっている。

 言わなければ。

「――抱え込むなよ」

「……」

「誰かのせいじゃない。失って悔やむなら次に向え。俺はそう望む」

「……」

「それでも悔やんで悩んで死にそうなくらい辛いなら、」

「……」

「笑え」

「――」

「お前には一番それが似合う」

「――そうか」


 柔らかい微笑を見せてくれた。これで安心して行くことが出来る。二度と振り返らないように、外へと足を進めた。

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