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きゅう/アナザーサイド
〜さよならの家族・お帰りの家族〜
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「フ」

 笑っているのではない。あれは呼吸だ。実戦、いや、本能での殺し合いにおいて必要な呼吸方法を本能的に行っているに過ぎない。無駄の無い動き。

下がれば正面から追撃し、こちらが迎撃しようとすれば真横に飛び、繰り出す。美しい青い瞳はこちらの動きを確実に捉え、離すことは無い。

「フ」

 そうして、時たまこのような呼吸音が耳に聞こえる。互いに楽しんではいない。少女は逃げる獲物を仕留める事しか頭に無い。

地面に両手両脚をつき、獣のように大地を駆け回る。常人であればあまりに予想外なその動きに面を食らってしまうだろう。仮に武道の達人であってもこの動きには対応できまい。

「フ」

 三度目。

すでに繰り出された少女の攻撃は十を越した。回避した場所に存在した木は自分の身長の半分も無い背の少女によって一撃で殴り倒され、音を立てて地面へと崩れ落ちる。

 ヒトがヒトである以上、どうしても避けられないことが一つある。無駄に知性を所持して感情などというものを手に入れているため、自分の意思で本能を解放できないのだ。その点において、自然界の動物としての動きは最底辺のランクに位置している。

 本能を初めから解放して進化し続けた動物にヒトが真正面から肉体同士でぶつかって勝てるはずが無い。それの証明がこれだ。目の前の少女は本来ヒトが行えないはずの本能を解放した状態で戦闘している。

「フ」

 四度目。

 この動きに普通のヒトはどうやっても対応できない。そうできるように肉体が出来ていても、知っている知識から出来ないと決め付けて、ヒトは肉体にもストップをかけている。少女の動きを武道の達人が見れば全員こう言い放つだろう。人外だ、と。

「フ」

 五度目。

 そんなことはない。理性が保たれている人間なんてのは下らない。だから出来ないだけだ。目の前の少女は世界で最も『本能を使いこなせている』存在だ。

だから、体は少女にも関わらずここまでの動きができる。これが大人であればこの程度では済みはしない。恐らく自分ですら追い詰められるだろう。

「フ」

 六度目。

 本能を解放した少女に理性を持つヒトは対抗できない。

 ガシッ!

「!」

 ――俺のような、化け物で無い限り。

蛇のように唸って迫った腕を鷲掴みにする。今まで回避に徹していたために相手は動きについてくるだけが精一杯だと判断していたのだろう、少女は驚きの表情を見せる。

 止まった少女に容赦の無い一撃を打ち込んだ。腹に向けて殺すつもりで拳を撃ち込む。バコン、とまるで鉄でも殴ったかのような音が響き、少女は豪快に吹き飛ばされた。

地面の上を二回、三回とバウンドしてまるでゴム鞠のように撥ねて飛んでいく。しかし、その生命は止まることを知らない。

「――、厄介だよな、ホント」

 ヒトが理性を失って本能を解放すると一つ特典がつく。無意識での防御魔術の発動だ。これは正確には魔術ではない。ただ、体に伝わる攻撃を無効化するために本能が体内にある魔力を遠慮なく、無意識の内に使用している結果にすぎない。

魔術としてはあまりにもお粗末。どの生き物でもそうだが、自身に向けられた危機に対しては何らかの回避行動を取ろうとする。それがヒトの場合は魔術による障壁なのだ。

 そこらのヒトがこの障壁を展開しても、化け物である自分からすれば紙程度のものでしかない。だが本人が莫大な魔力を体内に内包している場合は話が別だ。

 そう、規格外者(ノンスタンダー)の攻撃すら防ぐ魔力であれば、話しは別なのだ。

「フ」

 殴られた衝撃で傷一つ付かなかった少女は、再び呼吸法を再開させて飛び掛かる。見てから間に合うため、素早く距離を取って左手に意識を集中させた。明確にイメージして、具現化するために体内から呼び出す。

 左手に出現した白銀の弓を構え、右手から魔力の矢を抜き出して少女に放った。込められた紫の矢は一直線に飛んでいく。少女が体制を立て直したと同時に、ヒットするはず――

「ハ」

「――」

 だったのだが。突き進んできた魔力の矢を、少女はその拳一つで叩き落として見せたのだ。

本能的に学習している。先程の障壁と同じように拳に魔力を纏わせて『殴り落とした』。

(ちっ、俺が時間を与えすぎたのがいけないのか?)

 前回、少女と交戦したときは今の一撃で落とせた。というよりも、そもそも拳に魔力を纏わせるような戦法は一度も取ったことが無い。

「ハ」

 九度目。

 跳躍。しなるように美しく飛び上がった少女は、獲物の首筋に喰らいつこうと襲い掛かる。

瞬時にして詰められた距離。油断していた一瞬をつかれて、首にキレイな少女の歯が食い込んだ。

 ブスリ

 肉体が嫌な音を立てて噛み千切られる。首から噴水のように勢い良く噴出した血潮は少女の顔を塗り潰していく。致命傷。

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