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はち/宮崎家の休日の場合
〜ご奉仕評価争奪戦・第2ラウンド開始〜
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  部屋に移動した雪那は、盗み聞きされないように部屋の音を外に出さないよう結界を張る。準備が出来たところで、改めて床に座って妹と向かい合った。当の妹は、兄の部屋に連れてこられて心拍数が上がりっぱなしだったが。

「雪華」

「は、はい……」

「これから話すことは他言無用だ。絶対に話さないでくれ」

「え?」 

雪那の真剣な表情を見て、雪華も冗談で連れてこられたわけではないのを改めて確認する。一息置いてから、雪那は全ての事情を話すことにした。

「俺のクラスメイトに美山あかりという女子がいる。単刀直入に言うと、そいつがあのパブで働いているんだ」

「クラスメイトが、ですか? でもそれは……」

「ああ、本来なら補導で済まされる問題ではない。ちゃんと訳がある。あいつ、目の前で母親を殺されてる」

「!」 

雪那が言いたいことは読めた。雪華が思ったように、雪那も。

「その後引き取られた場所があるんだがな、そこでは母親と父親からろくな仕打ちを受けなかったそうだ。それで家にいるのが嫌になったとよ。それから夜の街で出回って、あそこに働き始めて。1ヶ月に1回家に帰るペースで、いつもはあそこで寝泊りしてるんだ」

「兄さん、それで……」

「……事情を知っちまったからな。悪ぃ、見逃せなかった」 

それ以来、ちゃんと本人と話した時に、雪那はかいつまんでだが自分も同じような境遇であることを告げている。それ以来の仲なのだ。

「でも、それならそうとなんで言わなかったんですか」

「本人が知られるのを極端に嫌がったんだ。このこと、学校の教員共はおろか、クラスメイトですら俺1人しか知らない。わかるだろ。気持ちは嫌というほどに、さ」

「……はい」 

失った者にしか共感できないことはある。瀬里奈のように、生まれてから親の顔を知らないのとではまた違うものが。ここで、雪那は雪華に対して本題を切り出すことにした。

「それでな、お前にもう少し早く言うべきだったんだ。あかり本人には俺に妹がいるということは前から話してる。今度、会ってみてくれないか」

「私が、ですか?」

「……1人で抱え込むことがどういうものか、知らないわけでもないだろ」

「――。はい。わかりました。あかりさんとは1度会って話したいです」

「ありがとう。入店する時間帯はそっちが都合いい時を教えてくれ。あかりの奴がいる日にちは俺が把握してるから」

「わかりました。……さすがにこれは皆さんの前で言い出せませんね。特に、本人が嫌がっていたのであれば、尚更」「ああ。悪かったな、黙っててよ……」 

事情を話して雪華とは和解ができた。
だが、ここからが問題だ。あれだけ本気で話させてくれと頼んだのはいいのだが、雪華もこのことを他の住人に話すわけにはいかない。どうにかして回避策を練らなければ、また同じことの繰り返しになる。

「これからどうするかなあ。逃げても駄目そうだし」 

1時間で瀬里奈に発見されてしまう自信がある。女とはそういうもの。

「そちらは、その、うまくいくかどうかはわかりませんが私がどうにかします。兄さんはもう部屋から出ないでくださいね」

「頼めるか?」

「はい。でも、あまり期待しないでくださいね。相手が相手ですから」 

簡単に言って見せるが随分と深い言葉だ。相手が相手。素晴らしい。これほど宮崎家の人物達を的確に表現できる言葉はないだろう、とか脳内補完しつつ。

「お願いします」

「お願いされました」 

雪華は部屋を出て行った。


 部屋から出た雪華は安心しきっていたが、彼女にとっての問題はここからである。事情を聞けば恐らく宮崎家の住人は納得してくれるだろう。雪那がそういう人物だと皆が知っているし、綾乃に至ってはきつくても家に連れて来いとまで言うと思う。だが、それを本人が望んでいない以上、口を割れない。言い訳を考えなければ。そうこうしている内に、階段を降りて1階へ――  

ぎろり。

(御免なさい、今なら兄さんの気持ちがわかります) 

痛い視線とはこういうものを指す。肌で実感できた雪華は、冷や汗を流して作り笑いを浮かべながら接近した。

「で」

「どうでしたか」

(うう、どうしよう) 

困って、しかも何も考えてない内に降りてきてしまった雪華は、とりあえず。

「御免なさい」 

頭を下げて謝った。

「雪華ちゃん?」

「その、訳はしっかり聞きましたし、納得できました。ただ、兄さんが、というよりその目的の人物のほうが知られたがらないんです。だから、その、訳は皆さんが相手でも話せません」

「……おい」 

雪華はびくっ、と反応して視線を動かす。綾乃がこちらを細めで見ていた。ただ、先程までのような厳しい視線は感じられない。

「雪那は別に遊びに行ってるわけではない。そうだな」

「え、ええ」

「――」 

綾乃は一瞬視線を逸らした後、すぐに雪華に向き直る。

「OKだ、今回だけは見逃してやる」

「え?」

「あやの、さん?」 

全員が目を点にして綾乃を見る。一番反論しそうな人物が真っ先にOKを出してしまったので、雪華ですら

「何故」

と疑問を抱いてしまった。綾乃がゆっくりと口を開く。

「このパターンでいくと、お前等兄弟にしかわからんことと思う。が、それ以上に雪華を部屋に連れ込んだ時点で面倒になる雰囲気が一気に高まった。多分これ以上干渉すれば、また私が動かなければならなくなる。違うか」

「えっと……ドンピシャです」 

綾乃の勘は雪那に負けず劣らず恐ろしいものがある。雪華だけを連れ込んだ時点で相当面倒な事態、もしくは訳ありの人物と関わっていると推測できたのだろう。それは見事なまでに当たりだ。

「よし、他はどうだ。少なくともあいつは遊びに行っているわけではないと私は思うことにしたが」 

家の長の決定はお咎めなし

(もうされてる気もするが)。

「……いいでしょう。但し。二度目は無しで」「次は腕一本。それならいいけど」

「うん、アティも別にいいよー」

「……」 

瀬里奈はまだ黙っている。それを見かねた雪華が、視線でサインを送った。大丈夫です、と。

「うん。信じる」 

雪那の妹としてだけではなく、親友としても。信頼するほうに賭ける事にしたようだ。「よし、決定だな。だがこのままでは不安もあるだろうからな、後で雪那に血判書でも書かせるとしよう。全員の前でな」 それに納得して解散となる。居間に残ったのは、雪華と綾乃。

「あの、綾乃さん、何でわかりました?」

「なあに、お前らより少しは長く生きてるんだ。ちょっとした動作で分かることもあるさ。それに」

「それに?」

「これ以上住人が増えるのは経済的にきついんでな。じゃあな」 

綾乃はそれだけサラリと言うと、階段を上って部屋へと帰ってしまう。

「……大人の女性です……」 


雪華もこの日はおとなしく部屋に帰ることにした。が、この日の事件と後の血判書は雪那に別な意味での災いを振り掛ける原因となる――

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