ダイアル・オン
 なな
怠惰な休日&雪華ちゃん奮闘記
〜1番キャラ変わってねえか、こいつ〜



「雪華ちゃんお帰りなさい」
「はい、ただいまです」
「? どうしたの、不機嫌そうだけど」
「何でもありません。部屋にいますので、食事の準備が出来たら呼んでください」
「? う、うん?」
 居間でテレビを見続け、雪華の態度に困惑した瀬里奈は渋々ながら返事をする。見た感じ、どうやら確実に機嫌が悪いようだ。そこで心当たりが無いかどうか、奥にいた雪那に事情を聞いてみる。
「ねー雪那―」
「どうしたー」
 冷蔵庫から牛乳をグラスに汲みながら、雪那が居間に戻ってきた。瀬里奈の隣にどさっ、と腰を降ろし、そのまま2人でテレビを見ながら会話する。
「雪華ちゃん様子変なんだけど」
「ん? んー、しかし心当たりはないな。別に外で一緒だったわけでもないし」
「そう。機嫌直してくれるといいけどね」
「そうだな」
 会話はそれっきり。雪那と瀬里奈はソファーに座りながらテレビを見る。瀬里奈は溜まっていたビデオの最後である映画を見ていた。雪那が帰宅した頃にはもう見ていたので、半端な形にはなるが、雪那は隣で黙ってみている。瀬里奈は横目でそんな雪那を見ながらテレビとこっちと視線を行ったり来たり。
「んー」
 雪那が呻いたので視線を画面に戻すと、丁度主演の2人がキスをしているシーンだった。日本に比べてあちら側の表現は濃い。それを至近距離で写しているものだから――
ドクン。
 瀬里奈は胸の鼓動が収まらなくなる。恥ずかしくなって雪那のほうを向けなくなった。しかし、視線を画面に集中させればキスシーン。どうにもならなくなってきたので、半分目を閉じて細目にして画面を見る。
(このシーン早く終わんないかな)
「なあ、瀬里奈」
「はひっ!」
 考え事をしている最中に話しかけられたので、瀬里奈は驚いてソファーの上で軽く飛び跳ねてしまう。ここ最近は瀬里奈自身、どうにも落ち着けないというか不意打ちをくらうことが多いようだ。とりあえずは心を落ち着かせながら、冷静に見えるフリをする。
「これ見て思ったんだが」
「う、うん。何、かな?」
 雪那が次に切り出す一手に緊張しながら、視線を雪那のほうに向ける。雪那もこちらを既に向いていて、丁度視線がぶつかった。心臓の音が激しく聞こえる。それこそ、相手に聞こえてしまわないだろかと思わせるくらいに。雰囲気も悪くない。チャンス(何が)。
「雪華にさ、男でもできたのかね」
「――は?」
 想定外で覆されるのは世の常である。自分が望んだ行動は常に想定外と表裏一体。今回は、そちらに傾いた。
「いやさあ、あいつ不機嫌な理由が男なら、まあどうだろうと思ってな」
「え、ええ、そう、だね」
 心臓が別の意味で収まらない瀬里奈は焦りながらも何とか答える。雪那と全然違うことを考えていた自分が情けないと同時に、
(むー、少しは空気読んでくれてもいいじゃないのよー)
 と、雪那本人に愚痴る。当の本人はそんなことお構いなしで話を続けた。
「女としてあいつ見てどうよ」
「ど、どうだろうね。直接本人に聞かないとやっぱわかんないかな、そういうことは」
「そうか。あいつに男ねえ」
 雪那の頭の中ではそういうことになりつつあるらしい。確認が取れないうちはどうせ本人の前で聴きもしないだろうが、それを心配する表情は兄というよりも親のそれだ。それだけ雪華のことは心配なのだろう。
(ちょっと嫉妬しちゃうかな)
 自分のこともそれくらい見てくれないかと瀬里奈は嫉妬する。が、それをすぐに振り払って再び雪那と話す。
「ま、気にするほどじゃないんじゃない? 相談したくないことが1つくらいはあってもおかしくないでしょ」
「そうだな。……うーん、男ねえ」
「……そんなに気になるんだ。ねえ、実際そうだとしてさ、雪那は雪華ちゃんの相手がどれくらいまでなら許せて交際許可できる?」
 つい気になってこんなことを聞いてしまう。親馬鹿、というか妹馬鹿(ようはシスコン)が入りつつある雪那の評価は非常に気になる。だって面白いでしょ、これは。
「とりあえず、誠実な態度は欲しいよなあ」
「まあ、基本的に望むのはそうよね。だらだらしてる奴に任せたいとは思わないか」
「ちゃんと雪華のこと想ってくれてる」
「うんうん。容姿はどうよ。そうねえ、髪染めるのは?」
「う、む、許容範囲だな。俺もドライヴしたらヒトのこと言えないし」
 彼の場合、あれは染めているのではないが、知らぬ人物が見れば説得力はあるまい。
「ピアス」
「……駄目」
「お、引っかかった。どうしてよ」
「イメージだ。イメージが良くない」
「硬いわねー。イメージだけで全部じゃないでしょ」
「だが第一印象は見た目のイメージ以外では判断がつかないのも確かだろ。遊んで付き合うように見えた時点で、中身はともかく第一印象は最悪だ」
「ほうほう」
 ここまでの判断だと本当に親のようである。顔つきが段々娘を嫁にやる父親のそれになりつつある。
「ピアスはアウトね」
「ああ」
「眼鏡」
「フェチじゃないから大丈夫」
「そーねえー、あとは根本的なとこで性格かな。レベル的には……ロイみたいな軽いのはどう?」
「殺す」
「――」
 空気が凍りつく。流れているのはテレビから流れる映画の音だけだ。どうやら雪那はロイのような性格の奴が妹を取るのは認めたくないらしい。
「い、いやさあ、まあ確かにあいつ軽いけど誠実さはあるんじゃない?」
「まず性格が似通っている時点で奴に妹をやるようで気に食わん。奴如きに雪華はやれん」
 両手を組み合わせて肘を膝に付き、口の前に持ってくる。どこぞの特務機関の司令のような構造で、眼を光らせながら雪那は答える。ロイが相手だと本気で殺りそうな雰囲気。
「そ、そっか、ならどれで比較しようか……。クラスメイトあたりで行く?」
「お前なあ、俺らのクラスメイトにまともな奴なんていねえだろうが」
「――、それもそうね」
 頭の中に浮かんだクラスメイトはことごとく消えていった。まあ無理というものだ、あの面子では。そうこうしているうちに、映画のほうがクライマックスを迎えている。
「あ、そろそろか」
「ああ。これ見終わったら食事の準備でも始めるかな」
 そうしてまた2人で映画を見る。最後のシーンでは、どうやら色々あったものの、主人公とヒロインが結ばれている。他愛の無い幸せそうな会話が流れている。
(……)
 それにちょっとだけ触発されて。瀬里奈は、顔を真っ赤にしながら、接近して雪那の肩に頭を乗せてみる。
 ぽん。
「……」
「……」
 互いに拒むこともしないで、映画を見て。最後に流れているスタッフロールが途切れるまで、無言で時が経つのを見送った。
 映画を見終わった後はいつもと同じように台所で料理を開始する……はずだったのだが。どうにも雰囲気のせいというやつだろう。隣で作業を瀬里奈が手伝うことになる。瀬里奈は少し料理が出来る程度で雪那や京子ほど得意ではない。雪那に指示されたとおり、ジャガイモの皮むきを始めている。
「……」
「……」
 互いに集中しているから無言、なわけではなく。先程の瀬里奈の行動が原因で、なんともいえない恥ずかしい雰囲気になっていた。無言で手元だけを見て作業を進めていく。
「痛っ」
 と、作業の途中で瀬里奈が指を切ってしまった。ますますお約束の展開へともつれ込む。
「何やってんだ……」
「う、御免」
「ん」
「!!!」
 切った指先を雪那が口に含む。瀬里奈はいきなりの行動に耳まで真っ赤にして茹で上がってしまう。頭の中も真っ白になってしまった。
「ん」
「――」
 舌が、指を、舐めている。
「ふ、ん、これでいいか。ほれ、絆創膏はっとけ」
「あ、う」
 茹で上がったまま、ふらふらと歩いて救急箱を探しに行き、台所には雪那1人となった。瀬里奈がまだ剥きかけのジャガイモを手にとって、作業再開。ちょっと。ほんとにちょっとした行動だというのに、雪那も。
(阿呆。ったく、結局俺もそうじゃねえかよ)
 心臓の鼓動が収まらないのである。
 現時刻・PM・5:30。


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