ダイアル・オン
 なな
怠惰な休日&雪華ちゃん奮闘記
〜1番キャラ変わってねえか、こいつ〜



時刻・PM・2:15
 辿り着いた場所は、よく買い物をしに来る商店街。
「ストップ。ここら辺でチェックいきましょうか」
「はい。まずはどこを?」
 休日だけあってヒトの数は異様なまでに多い。暑い時期にこれまたここまでヒトが集れば温度は急上昇するというもの。実際、ここにいる雪華ですらうっすらと汗が滲んでくる。
「まずはその場に留まって、見える範囲で探してみましょうか。開始」
「了解」
 雪華も乗って来ている。その場に留まり、視界に入る人物をばっとチェックし始めた。兄同様に異様なまでの視力を誇る(9・00)雪華は、頭の回転の速さもあってチェックスピードは相当なものだった。機械処理をしているかのように素早くいないかどうかチェックしていく。と。
「あ!」
「いた?」
「はい。いました」
「じゃあまずは見つからないように接近。見失わないように注意してね」
 言われた通りに雪那の尾行を開始する。が、雪華は1つ不安要素があった。シスターは知らないが、尾行する相手は元・国連の特殊部隊隊長である。大量にヒトがいる街中で、自分のみに向けられた視線があれば敏感にそれに反応するだろう。気配を消し、かつばれないように尾行するにはかなりの技量が必要とされた。魔法を使って姿を消すことも出来るが、街中でそんな方法をとったらそれこそ怪しまれかねない。
(慎重に、いつでも隠れれる場所を確保しながら)
 雪華は足を進める。見間違うはずが無い兄の背中を追っていった。
「尾行は順調みたいね。ところで映像見てもわかんないけど、兄さんどれよ?」
「いま真正面のラインにいる短くて黒い髪の男子です。服装も多分選ぶのが面倒なんでしょうね、ワイシャツ着てます」
「ああ、OK。ほー。特徴無いように見えて、結構上玉だね。あんたの気持ちもわかるわ」
「ええ、自慢の兄ですから」
 実際、雪那は着飾らないのが人気の1つだ。ファッションにもまるで興味が無いので、普段は大量に所持したワイシャツの中から適当に選んで着ている。髪型もいじらない。それでいて自由に行動しているため、掴みどころが無いのが惹かれる、というパターンが多いらしい。妹としては、着る服ぐらい少しは選んで欲しいものだが。
尾行して10分ほど経っただろうか。いくらか歩いたところで、雪那は店の中に入っていってしまう。
「店の中に入る前に注意してね」
「は、はい。見つからないように、ですね」
「そ。慎重に」
 どんな店に入ったかチェックするために、とりあえず店の正面まで移動する。と、そこまで移動して、雪華は完全に固まってしまった。言葉が、口から、出ない。体が発することを拒否してしまっている。口を半開きにした雪華に変わって、教会のシスターが店の名前を読み上げる。どう考えても学生が真昼間から入るような場所ではない、この店の名前を。
「……『ランジェリーパブ・花宝(かほう)』!? ちょっ、あんたの兄さん昼間からなにしてるわけ!?」
「――」
 撃沈。
 放心状態の雪華は答えることが出来ない。確かに、現実と理想とのギャップを埋めようとは思っていたが、これはあんまりだ。頭の中が一気に吹っ飛んで、何もかもが無かったことのようにすっ飛んでいく。理想と現実のギャップは――、大きすぎた。
「あ、あのね? 落ち着いて、考えようか。まだ昼過ぎだからさ、開けているとはいっても、本格的な営業はしてないんじゃないかなーとか……」
「――」
 微妙な言い訳? も雪華の耳には届かない。そのまま放心状態で、雪華は店の横にある電信柱にもたれかかった。

 一方、店の中に入った雪那だが――
「ちーっす」
「あー! 月(つき)ちゃん、どうしたのー?」
「まだ準備終わってないよ」
準備中の店内では、まだ化粧をしていない店員達が迎えてくれる。照明チェックに酒の在庫のチェック、テーブルや床の掃除など、営業時の華やかさを維持するための地味な作業が行われていた。普通、この状態で入店すればまだだと断られる(現に入り口の扉には開店前の札が下げてある)のだが、雪那はそれをものともせずに入店した。顔が割れているからだ。
「暇だから来たんだけど」
「休日に暇とは月ちゃんも贅沢よねー」
「学生ならバイトでもしとけばいいのに。だらだらしてると歳食ってから後悔するよ」
「手厳しいなあ。なんか手伝いでもしたいんだが」
「ホントに暇なんだ。じゃあさ、月ちゃん床のモップがけお願い」
「応」
 開店前のこの店なら慣れたもので、雪那はすぐにモップを取り出して掃除を開始する。店員の1人になった気分で、入念にモップがけを行う。暇つぶしとして雪那が思いついたのはまずここだった。店を回って時間を潰すにしても、まだ全部を理解していないこともある雪那は、誰か質問に答えてくれる相棒がいないと見てても面白くないのだ。本屋かCDを買いに行くか。それくらいにしか行動が絞れない。それで時間を潰す前にできること、といえばこれくらいしか思いつかなかったのである。
「んふふー。月ちゃんが来てくれたから今日は延びるかな」
「そうっすか? 別に俺が来ても変わらないと思うけど」
「気分次第よ。思わないよりましってね」
「はあ」
 どうでもいいような会話をしながら掃除を続ける雪那。店員とは全員と仲が良く、なんでこんな場所に平気で雪那が出入りできるのかというと、それにはちゃんと訳がある。
 奥から掃除を終えた1人の女の子が姿を現した。
「先輩、掃除終わりました」
「ご苦労さん。月ちゃんが来てるよ、あかりちゃん」
「へ?」
 間抜けな返事をして、あかりは雪那のほうを向いた。平気な顔でモップがけをしている雪那。
「よう、あかり」
「……昼間から何してんだ、お前」
「暇だから。珍しく休日で誰からも誘いが無くてな」
「だからといって真っ先にランジェリーパブにくる奴がどこにいる」
「ここに」
「……ああ、そうだな」
 何かを納得しきったような顔で頷くこの少女。実はクラスメイトの美山あかりである。夜はここで働いているのだが、学校にばれれば即退学は逃れられない。店員達がそれを庇っているのだが、その事情を雪那はある時に知る羽目になった。その時に本人と詳しく話し合いして以来、彼女の数少ない理解者として、ここに雪那は出入りしているのだ。店員達も事情を呑んでくれて、理解を示した雪那を信頼できる人物として拒んではいない。
「暇なのか」
「まあなあ。家の連中も殆ど出かけてるし。瀬里奈はビデオ消化、あと残ってるのは雪華ぐらいかな、家では」
 モップ清掃を一時中断して、あかりが座っている隣に腰を下ろす。あかりは派手な少女で、金髪で学校内でも化粧をするなど完全な問題児だ。教師にまで文句を言うので非常に睨まれているのだが、雪那とは仲がいい。
「バイトでもしたらどうなんだ」
「午前バイトならできるけど」
「学校に行くんだから午前だけは無理だろう」
「午後だと食事作れる時間までに帰宅しないと綾乃に殺される」
「なるほど。お前に向いているバイトは完全夜勤しかないな」
「厳しいねえ。それで次の日は学校で帰って家でって死ぬわ」
「はは」
 楽しそうに会話する2人を見て、その場にいた残る3人は。
「ほんと、月ちゃんと話すときはいい顔するのよね」
「ま、あかり本人は気付いていないようだが」
「いいんじゃない? 別にこのままでも」
 ニヤニヤしながら会話する2人を見る。仕事と割り切ればあかりは魅力的な笑顔を発するが、それをものともしないくらいに雪那と会話しているあかりは女らしい。雪那もそうだが、どうやら両者共に気付いていないだけのようだ。
「暇なら少し付き合え」
「うん?」
「次は買出しにいくんだ。先輩達が飲むミネラルウォーターとつまむもの、ちょっと付き合えよ。暇なんだろ?」
「ああ、それでもいいかな」
 雪那とあかりは次の行動を決定して、他の店員達に許可を取る。
「と、いうわけでこいつ使いますけど、いいですか」
「はいはい、行ってらっしゃい。月ちゃんもお願いしていいよね」
「ええ、じゃあ行ってきます」
 こうして、あかりと一緒に雪那はパブを出た。


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