ダイアル・オン
 なな
怠惰な休日&雪華ちゃん奮闘記
〜1番キャラ変わってねえか、こいつ〜



 いつもと同じように教会に来た。連休中とはいえここまでヒトがいないと、ここに教会が建っている意味があるのかどうか考えてしまう。それで運営しているわけではないので、ヒトの数などいようがいまいがそうそう関係はないのだが。クーラーなど無いにも関わらず、礼拝堂は相変わらずひんやりとしていた。差し込む日差しのせいでステンドグラスは非常に綺麗。
 それに注目しながらも、いつも行く懺悔室へと移動する。声が聞こえるように穴が開いて、自分の顔を相手に見られないようになっている構造の部屋だ。基本的にこうだろう。向こう側にヒト気配はしているので、雪華はそのまま話しかける。
「今日も来ました」
 すると、
「あら、今日もですか。ここ最近は熱心ですね」
 いつもと同じ女性が質問に応答する。雪華だとわかると、優しい声で対応してくれた。このようなヒトを聖母のようだと表現するのだろう。
「はい。……そ、その」
「またお兄さんのことですよね?」
「は、い」
「お年頃だというのもわかりますけど、兄はまずいでしょうねえ」
 何度か聞いた話でシスターは全て理解している。ぐさりと突き刺さるような確信でもさらりと言ってのけた。そうでもしなければもう薬にすらならないと思っているのかもしれない。俯いた雪華は、改めてここに来る前の自分を思い出して顔を真っ赤にしてしまう。
「しかも話し聞けばそのお兄さん、相当でしょ? 理想のハードルが高すぎると、後で苦労しますよ?」
「え、ええ。それは理解しているつもりですけど」
「ふう。別にシスター暦が長いわけではないけど、あなたのようなパターンは初てね。恋愛相談がないわけではないけれど、親近相姦は始めてだからね」
「し、親近相姦ですか……」
 思いもよらない単語に少々焦る雪華。そこまで関係が進んでいるわけではないが、頭の中ではそこまで進んでしまっているのも事実だ。自分の奥底を突かれたため、言葉に詰まってしまう。どうも答えられないでいると、向こう側から切り出してきた。
「ねえ、あなた」
「は、はい」
「今日兄さんは暇なのかしら?」
「え、そう、ですけど?」
 なぜ兄の予定を聞かれるのか理解できない。なにを言うつもりだろうと雪華が構えていると。
「荒療治になるかどうかわからないけど、」
 シスターは一瞬だけ呼吸を置いて、次の一言を吐き出した。
「あなた、兄さんをストーキングしなさいっ!」
「えええええっ!?」
 いきなり予想外の行動を支持されて雪華はたじろいでしまう。ストーカーになれと!?
 たじろいでいる雪華にシスターは勢い良くたたみかける。
「す、ストーカーになるんですか!?」
「そう、ストーカーになるのよ! あなたは妄想に陥って都合がいい兄だけを見ていることで歯止めが利かなくなっている部分があるわ。それを払拭するために、まずは本当の日常生活での兄を見ることがいい薬になる! 想像してなかった部分を見れば、考え方が変わる可能性だってあるわ!」
「お、おおおお。そ、そうかもしれませんね」
 妙に納得してしまって、雪華も考えていく。自分が兄に対して妄想を抱いて、しかもそれが誇大表現になっているのは否定できない。当然、脳内の兄は拍車をかけて完璧であり、非の打ち所がないのだ。現実はこうは行くまい。治療方法としては、中々効果的なのかもしれない。
「どう? やる気はある?」
「――ハイ。やってみます」
「よっしゃ。じゃあ少し待っててね」
「え?」
 そう言ってシスターは一旦引っ込んでしまった。取り残された雪華は、ただ唖然として待つばかり。置き去りにされてしまってどうしようか悩んでいると、奥からシスターが戻ってくる。そして手前の話していた壁が、パカッと割れる。小さな穴が出来た。
「これ、受け取って」
「はい……」
 そこから差し出されたものを雪華は受け取る。受け取ったものをチェックすると――
「こ、これ、もしかして通信機ですか!?」
「そうよ。もう今日は暇でどうせ誰も来ないだろうから、これを使ってあなたと一日中その兄をストーキングさせてもらうわ。あなた1人の主観だけじゃまた妄想に陥る可能性があるから、それをつけなさい。映像は自動でこちらに送られてくるし、常にスピーカーはONだからいつでも会話できるから」
 渡されたのは丁度耳に収まってしまうほどの小型通信機。さらに怪しまれないように服の襟に超小型のマイクをつける。映像はマイクの付近に付けられた、これまた超小型のカメラ。
「教会のシスターがなんでこんな物をお持ちなんですか」
「趣味よ」
「――」
 全てをその一言で一蹴してしまったシスターに逆らえるはずも無く、雪華は全てのセッティングを完了させる。そのままテストということで、とりあえず外に出ることとなった。
 ガッ、ガガ……
 耳から電源が入ったであろう雑音が聞こえてくる。しばらく待っていると、右の耳にシスターの声が聞こえてきた。
「聞こえる?」
「はい、聞こえます」
「OKOK、こっちも良好よ。音は全部拾えてるし、映像も見えてる」
「――、あの、教会のシスターとしては」
「気にしないの。あれは業務用の態度と口調なんだから、それ以外のときはこんなもんよ」
「はあ」
「テスト終了。さて、本番よ。まずはその兄を探さないとね。心当たりは?」
 ここまできたらもうやるしかないので、雪華も腹をくくることにした。まずは雪那の行きそうな場所を思い浮かべ……
「……」
「? どうしたの?」
「あ、あの」
 そういえば。休日の予定は。
「休日は、その、家族ぐるみの予定以外では外で兄がどうしているか知りません」
「へ?」
 よくよく考えてみれば、こういうこと。雪華も雪那も結構な人気者のため、休日となればお誘いはそれなりに入る。どちらか予定ありでどちらか予定無しの場合も多々あり、家族ぐるみで出かけるとき以外のプライベートは知りえていないのが現状だった。今更だが、兄がいつも行く場所なんて知らない。また尾行なんてしたこともないから、確実に情報は不足していた。
「いきなり大きな壁にぶつかりました……」
「うーん、まあ外での行動まで知り尽くしているほどでも無いか。じゃあとりあえず街中を散策しましょ。店が多い通りから当たっていけば、うまくいけば見つかるかも」
「は、はい。じゃあ移動します」
 こうして、雪華の『妄想払拭作戦』はスタートした。


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