ダイアル・オン
 ろく
迷惑至極逃博者
〜直らぬ好みは誰がため〜



 何事も引きずりすぎるのは良くない。1回分昼飯を奢った。男としてあまりねちねちと粘るのは良くない。割り切る。それが翌日に雪那が出した結論。すっぱりと割り切る……には少々難しいものがあるが、とりあえずはしつこく言うのは無しにしておこう、と心に決めた。実は家に帰ってからもいじけていたら、アティにまで頭を撫でられて慰められたので、さすがにやるせなくなって諦めただけである。
「はよ」
「おはよー」
 クラスメイトに挨拶して席へと向かう。すると、すでにそこには先客がいた。風間賭樺である。
「月代君、おはよう」
「どうした?」
「んふふ、はい、昨日の昼食代」
「へ?」
 手を差し出した賭樺の手の下に、これまた雪那が差し出す。賭樺が握っていた手を離すと、中からお札が1枚出てきた。
「多いぞ?」
「昨日あの後ね、当たったの! 大儲けしたからサービス」
「競馬、か?」
「ううん。あんな大穴外れに決まってるじゃない。結果見るまでもないし。また別」
 首を傾げて考える。賭樺本人の生活を知っているわけではないので、あの後彼女が何をしていたのか謎だ。が、所持金を増やすことには成功したらしい。しかもお札1枚で返してくるとはこれまた大した余裕ぶり。
(競馬じゃない? バイト、じゃないよなあ)
 本人が当たったというからには、なにかしら賭け事をした可能性がある。
「……あんまりよくない金な気がする」
「なに言ってんのよ。勝利者に配当分くるからギャンブルなんじゃない。お遊びで賭けるようなことしてないんだけど?」
「――。待て」
「?」
 賭樺の話しはなにかおかしい。遊びじゃない。本人はいたって普通に話している。最近気付いたが、どうやら自分は相手をあまり知らない内に踏む込みすぎているのではないか。そこで雪那は、話を聞いていくことにした。
「都内にそんな場所あったか」
「非合法だけどね」
 頭が痛くなってくる。いつもと同じように、顔に手を当てて呻いた。
「中はどうなんだ」
「本場と同じでね、すごいんだよ! スロットにルーレットもあるし、ほとんど一通り揃ってるかな。昨日はスロットマシーンで大当たりしてね、がっぽがぽよ、もうウハウハ」
「すごいな」
「あ、そうだ、興味あるなら連れて行こうか? 専用のパス必要だけど、私が一緒に行って紹介すればパス発行許可おりるだろうし。常連だから」
 賭樺は財布から真っ黒なカードを取り出して見せてくれた。よく見ると、なにも特徴がないように見えるが、そこには随分と高い技術が投入されている。色々な任務を請け負ってきた雪那は、都会の中にこの技術が存在していることが驚きだった。
(指紋と音声チェックのためのパスか? それに解析されないようにマイクロチップでセキュリティまでついてやがる。ったく、これだから裏の奴らは)
「? 月代君、これ、そんなに珍しいの?」
「あ、うん、まあな。これがパスだとしたら、それらしいとは思うし、真っ黒ってさ、ほら普通は」
「そっか。お得意様専用カードってね。あながち間違いじゃないよ」
 ふふ、と笑いながら話す賭樺。気になる。彼女が普段どんな場所にいるのかとても気になる。こんな技術が導入されている場所もそうだが、風間賭樺の私生活がとても気になった。そこで、雪那は1つ頼んでみることにする。
「今日の夜。いい?」
「ぬふふ、OK」
 悪巧みをするかのように顔を近づけて、雪那と賭樺はふふふと笑った。

 さらに時間は経過して夜9時。雪那はできるだけ目立たないような格好と賭樺に指定され、黒い服を着て指定された場所に来ていた。場所そのものはなんてことない。コンビニのまん前だ。約束の時間丁度に来たが、まだ賭樺は来ていなかった。
(うーむ)
 どうしようもないのでそのまま待つ。すると、遅れること10分。賭樺が、これまた目立たないような黒い服でこちらにやってくる。
「ごめんごめん、服選ぶのに手間取っちゃって」
「そうか。ところでさ、服はこんな感じでいいのか?」
「バッチリ。さ、行くよ」
 賭樺に先導されて街を歩く。どうということはない。この時間であれば当然、まだ何処もかしこも明かりはついているし、街が眠るにはまだまだ早すぎる時間だ。酔いつぶれて寝てるものもあれば、今から飲みにいこうとしているものもいる。食事を終えたものは帰路につき、遊んでいるのもちらほら。そんな街中を歩いていくと、賭樺はとある酒場の前で足を止めた。
「『酒場 夢想』?」
「そ、ここからだからね。入るよ」
 賭樺に続いて中へと入る。中は綺麗にライトアップされていて、雰囲気は大分よい。奥のカウンターには年代物のワインもいくつか置かれており、ざっと見た感じではかなりよい場所だ。ここならばたまに来てみようかと雪那が思うほどである。賭樺はそのまま奥に歩いていく。と、グラスを磨いていたマスターに話しかけた。
「マスター」
「賭樺ちゃんか。昨日に続いて今日もかい?」
「そ。今日は友達も一緒」
「ほう? 大丈夫かい?」
 マスターはこちらを見回してくる。しかし、その視線には嫌味がなく、あくまで確認するだけといった感じだ。それ以上はそちらが覚悟を決めろ、とでもいいたそうな目だった。
「話を聞いてきたから、興味があってな。まあ、今日はまず最初の見学ってことで」
 雪那は少しオーバーに肩をすくめてリアクションしてみせる。すると、その態度が気に入ったのか、マスターは人懐っこい笑みでにやりと笑った。
「OK。なら賭樺ちゃんの言うとおりにしてくれ。最初は何かと手続きがあるがな、わざわざ裏で経営してるからそうにもなる。ああ、あとあまり反論しないことだ。死んでも責任取れんぞ」
「了解」
「よし、じゃあ行くよ」
 賭樺はさらに奥へと歩いていく。
「?」
「奥にある倉庫だ。そこまで行けばわかるさ」
「ああ、サンキュ」
 雪那も続いていく。奥の倉庫は光が差し込む場所がなく、賭樺が部屋の電気をつけて中を照らし出した。狭い倉庫だ。
「えっと」
 その倉庫の中を賭樺はさらにさらに歩いていき、一番奥にある棚の3段目、その棚にある左から2つ目の酒瓶を右に3回、左に4回。
 ゴゴゴゴゴ……
(少し古いが、これならばれにくいか)
 なかなかいい手段だと思い、雪那は移動した棚の更に奥を見る。裸電球にのみ照らされた階段を2人で歩いておりていき、到達した場所。大きな扉が1つ。その前には受付人と思われる大柄の男が2人いた。
「おっす」
「賭樺ちゃん、また来たのか」
「昨日は大勝だったからな。今日も狙うかい」
「んふふ、まあね。でね、今日は友達連れてきたの。見学、したいらしいけど」
「ん?」
 男がこちらに視線を移す。
「こいつかい」
「ギャンブルに興味ありで?」
(あわせたほうが無難か)
 雪那は頭の中ですぐに言葉を選び出す。こういう状況は慣れたものだ。
「風間が本場みたいにできるっていうから興味でてね。これでもこつこつ金溜めててさ、夢はラスベガス」
「ふーむ……」
 男は考えるしぐさを取る。体格に似合わず2人は気さくなようだ。
「見学、ねえ。それでも一応パス発行はしなきゃ駄目になるぞ。やっぱ手続きしたほうがいいと思う」
「え、やっぱりそうなんだ」
「ああ、賭樺ちゃんの友達でもさすがになあ。にいちゃん、パス発行してしまうけどいいか? それなりに金も必要だが」
(……うまくはいかないか)
「いくらだ」
「話が早いね。50万」
(ちっ。足元見てやがるな)
「ちょ、私はそんなに高くなかったよ?」
「少し前に警察に勘付かれそうになってな。それ以来、簡単に発行できなくなった」
 雪那はまたもや考え込む。ここで背を向ければ疑われてもしょうがない。最悪、賭樺が疑われても文句が言えなくなる。となれば、最も単純かつ成功率が高い方法を選ぶことにした。
「1番偉い取り締まってるヒト、今現在時間取れるか?」
「い!? 月代君、なにを!?」
「頼むくらいはいいだろ。それに、別方法でなにかあれば」
「……にいちゃん、いいのか」
「何を今更」
「よし」
 こうして、雪那と賭樺は入り口からでも入れる奥へと進んでいく。到着した部屋は、まさにボスの部屋といった感じがピッタリだ。そこの来客用のソファーに座っている人物。お約束のごとく白いスーツに太めの体系、ハゲ。雪那と賭樺は向かい合うようにテーブルを挟んで座らされる。
「お約束だな」
「ふふ、いきなり1言目がそれとはいい度胸じゃねえか」
 お決まりのごとく煙草を吸いながらボスは答える。
「さすがに学生に50万は無理か」
「それでお願いにきたんだがな」
「私からも」
「ふふ、賭樺ちゃんがお願いするならまあ、警察の線はないだろうよ。だが小僧、やっぱルールはルールだ。こっちも簡単には曲げられねえな」
 予想通り。次は――
「なら、部外者でも参加できて稼げる方法はないのか?」
「へ? 月代君、さっきからなに考えてるの?」
「……ふむ。そこで稼いで即時発行するつもりか」
 その言葉にボスはしばし考え込む。
「よし。なら1つだけ条件を満たせるものがある」
 周りにいたガードマンが少しざわつき始めた。
「なあに、簡単な話しでな、地下に闘技場がある。そこに出ればいい。そのためのパスなら俺がどうにかしておこう」
「ぼ、ボス、いいんですか?」
「ぬふふ、普通ならこうはしねえが賭樺ちゃんの頼みだからな。まあいいだろう」
 賭け事なら魔法で調節しようかと思ったが、闘技場とはこれは都合がいい。余程ではない限り、雪那が負けることなどありえない。
「了解した。ルールとかは?」
 実は内心1番焦ってるのが賭樺ではあるが。
「武器ありだ。死ぬか戦闘不能と確認できた時点で負け。掛け金の配当は、自分に賭けられた分ではなく、相手側に賭けられた分が倍率として1000から加算されていく。小僧、お前は完全に想定外の奴だから、うまく行けば2、3回で50万までいくぜ」
「いいねえ。それに乗ることにするよ」
「うわ、月代君本気だ」
 いい機会である。体を全力で動かす場所が確保できるのは雪那にとってもありがたい。実戦であれば、勘は鈍らなくて済む。賭樺は呆れ返った表情をしていた。
「風間、俺に賭けてもいいぜ? 倍で帰ってくるから」
「……あのー。月代君、マジ?」
「マジ」
 考えていたがどうやら賭樺も覚悟を決めたらしく、乗ることにした。
「くく、小僧、せいぜい死なないように気をつけ――」
 バゴオオオンッ!
 目の前のテーブルが雪那の拳によって真っ二つに割れた。その場にいた全員が口を開けて固まってしまう。
「勝ちゃあいいんだろ?」
「う、ああ、そう、だ」
 かくして、雪那は闘技場に参加することとなった。
 その後の展開は語るまでもない。たった1回目の参戦、1夜にして闘技場にいた全ての戦士を病院送りにして雪那は、完全に闘技場の覇者になった。敵う相手などいるはずもない。闘技場の経営が困難になったことに対して、ボスの部下やら周りの連中やらが怒って襲ってきたが、その全員の体の骨をバキバキ折り、雪那は有無を言わさずに黙らせた。入手した資金は1億5000万。誰も反論はしない。反論すれば下手すれば死ぬ。周りが黙ってから雪那は50万払い、余裕でパスをゲットとして、カジノフロアーへと上がってきた。
「おお! すげえ!」
 煌びやかに光るネオン。活気に溢れるフロアー。疲れた人物は奥にあるカウンターで、酒を飲みながら一休みしている。
「本格的! 本場にも負けないんじゃないか?」
「……ごめん、さっきまで無敵だったヒトに言われても、全然そうは思わないや」
 賭樺は勿論、ボスですら黙ってしまったのだから当然である。賭樺自身、まさか雪那がここまですごいとは思いもしなかったのだ。ボスから特別に許可が下り、資金を預けるための雪那専用倉庫ができたほどだ。雪那自信は楽しめればいいと言ったため、気分を害さないようにと、ボスは最大限の待遇を考えてくれた。
「ボスもいい奴だしな」
「いやあれは黙らせた、が正しいと思うけど」
「まあまあ、資金は俺と風間で好きに使おうぜ。いいだろ?」
「え!? 私も使っていいの!?」
「当然。ここに連れてきてくれた風間のお陰だからな。さてどれから行く?」
「じゃあさ、ルーレットで!」
 こうして、まだまだ長い夜は更けていった――


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