ダイアル・オン
 ろく
迷惑至極逃博者
〜直らぬ好みは誰がため〜



「……はっ!」
 雪那はようやく自我を取り戻して目を覚ました。きょろきょろと辺りを見回す。食堂ではあるが、徐々にヒトが退散し始めていた。時計を見ると、すでに昼休みは残り15分となっている。
「お、俺、昼食は!?」
 慌てて他の3人に確認を取った。全員食べ終わっていて、千鶴は職員室に戻ったが残る3人はそのまま団欒を続けている。
「ん? それ」
 すると瀬里奈が答える。雪那の目の前に置かれたどんぶりを人差し指でビシッ! と指した。その中身は――
「……! 空だぞ!? 何これ!?」
「起きない雪那が悪い」
「それは風間さんが食べました。残念ですね、雪那」
 状況が飲み込めない雪那は頭に疑問符を浮かべていたが、やがて結論に達する。話をまとめよう。昼食は一応用意してくれたらしい。しかし、自分が気を失っている間に風間さんが食べていったそうなのだ。なーんだ、そういうことか。わかったわかった、なら今日はもう昼飯は抜きなんだな。
「なにいいいいいいいいいっ!」
「アホね」
「救いようのない馬鹿です」
「駄目駄目」
 女性陣から容赦のない言葉を突きつけられた雪那は、一瞬頭の中が真っ白になるが、なんとか自我を持ち直して叫んだ。
「なんで風間さんが食べたんだ!?」
「通りかかったから」
「つーか一応俺の飯だろ!?」
「ほっとけば蕎麦が延びちゃうよ」
「でざあああとは!?」
「あなたの財布からお金を頂いて私が」
「のおおおおおおおっ!?」
 頭を抱えて悶絶した雪那は、そのまま倒れこむように突っ伏した。ここ最近はこうすることが特に多いように感じられる。
「起きない雪那も悪いよ。あれじゃあねえ」
「賭樺(とうか)も死にそうだったからそっち優先」
「ええ!?」
 どうやら自分より優先させたのは彼女のほうらしい。ともかく、今から注文して食べては絶対に間に合わない。それに食券分の金額(京子のデザート含む)はすでに払われている。これ以上お金を出す余裕がない。宮崎家は人数が人数のため、小遣いに対する制限が綾乃の計算によって著しく変動するのだ。雪那は趣味である絵画のための画材道具を買ったため、今月はこれ以上の余裕がない。今日はまさに贅沢できる唯一の日だった。
「俺の……俺の今月は終わった……」
「帰りに飴を買ってあげるから我慢なさい」
 京子の一言に止めを刺され、雪那は半泣きになりながら教室へと帰還した。次の授業が始まろうとする前に賭樺に話をしようかと思ったが、そんな気力すらなく机に3度突っ伏す。田中が背中をつついていたが無視した。と、思いきや。
「おい雪那。起きろよ」
「うるせえなあ」
 あまりにもしつこく田中が背中をつつくので、包帯まみれになった男の方向に体を捻ろうとした。だが、その瞬間に目の前に別の誰かが入り込む。
「……?」
「……」
 その人物は微動だにしなかった。雪那も少し驚いたが、目の前にいるのが誰か確認できると落ち着く。予想外といえば予想外。
「そ、相陰? 珍しいな、なんだ?」
「……」
 両目を閉じたまま、こくん、こくん、と首を動かして眠る少女が動きを見せる。懐のポケットに手を入れて、中に入っていたあるものを取り出した。そして、それを雪那のほうに向けて差し出してくる。差し出されたのは、小さいが甘そうな飴1つ。
「いいのか?」
 一応確認を取る。
「……」
 彼女は縦に首をかくん、かくんと動かして答えた。了承してくれた、ように見える。どうやら本当にくれるらしい。どういった風の吹き回しかは知らないが、雪那にとってこれは非常にありがたい。もしかしたらさらに腹が減る可能性はあるが、それでもその場しのぎができるのはありがたかった。
「ありがと。遠慮なくもらっておくよ」
「……」
 今度は小さな右手を軽く上げ、左右に2度振ってから彼女は席に戻った。どうやらばいばい、らしい。
(うーむ、意思疎通が難しい)
「雪那、お前、相陰と仲良かったっけ?」
「いや、そうでもないけど? なんにせよ、腹は減ってるからな。相陰には感謝っと」
 口の中に貰った飴玉を入れる。甘い。少しでも空腹を紛らわせるために、雪那はゆっくりと味わって飴玉を舐めることにした。

 チャイムが鳴り、本日の授業は全て終了する。HRが終わって掃除になろうとするが、その前に雪那は走り出して風間(かざま)賭樺(とうか)を捕まえた。元はといえば昼食をその場で遠慮もせずに食べてしまったこいつのせいである(気を失ったことは頭にない)。
「月代君、そのお」
「まあまあまあまあまあ。お昼はどうも」
「あ、あはは、ははは」
「うーん、追い詰められるとみんな似たような笑い方するねえ」
「で、でもね? 瀬里奈が許可くれたからね?」
「もうやった」
「う」
 瀬里奈にはすでに手を打った。1週間の間は何も言うことを聞かない、手伝わない、付き合わないと。本人はかなりへこんでいたが、雪那はそれくらいの条件で瀬里奈に飲ませた。次は賭樺の番である。
「風間さんはいいヒトだと思ってたのに」
「べ、別にい? そうでもないよお?」
「うんうん。金払え」
「ぐっ」
 面倒な前フリをとことん削除して、雪那は本命である食事のことについて切り出す。当然、賭樺は呻いて後ずさりする。そもそも最初からそんなお金があれば、雪那の昼食を横取りしてまで食べようとはしない。だが雪那本人はそんなことを知るよしもなく、また、知ったところですることには変わりはない。料金請求は当たり前といえば当たり前である。賭樺はどうしようか困っている。考えに考えた末、1つ提案を持ちかけてきた。
「あのさ」
「なんだ」
 賭樺はいきなり懐からあるものを取り出した。それを雪那に見せて、2人で記事を見る。
「これが?」
「どれが来ると思う?」
 見ていたのは競馬新聞。今回のレースでどれが来るのか聞いてきたのだ。そんなものは関係ないと言えばいいのに、これに答えなければ逃げられると判断した雪那は、真面目に考え始める。
「うーん、俺競馬なんてやらねえからな」
「そうだろうね。だからさ、完全に勘で選んでよ」
「ビギナーズラック?」
「そんな感じ」
 言われた雪那はまたもや視線を新聞に戻し、集中して見始めた。だが、そもそもルールも良くわかっていないのに、競馬新聞なんて見て項目が分かるはずもない。判断材料は名前のみという、なんとも信頼性に欠ける選び方となった。真剣に吟味していると、そこを通りかかった包帯まみれの男が顔を突っ込んでくる。
「おお、風間、またか? 今度はどれにするんだ」
「まだ迷っててね。月代君に判断してもらおうと思って」
「雪那、お前競馬やんの?」
「んなわけあるか阿呆」
 田中に突っ込んでおく。どうやら田中は知っているようだが、こいつに聞くのは1生物としてのプライドが許さなかったため、雪那は無視して吟味を続けた。
「それなら勘しかねえだろ。悩むな、ほれ」
「ん、じゃあこれだ。ホリカワテイオー」
「……またいいチョイスするね。それ、大穴なんだけど」
「うーん。でも信じたらどうだ? 風間、お前競馬にはあんまし金使わないんだろ?」
「田中に言われてもねえ。でも、月代君が決めたならいいか。じゃあそれで行くよ」
「そうか。外れても責任取らんぞ」
「大丈夫、聞いた私に責任あるんだから。気にしない」
 笑って賭樺はホリカワテイオーに印をつけた。これにするらしい。こんなやりとりが終わる。
「じゃあ、また明日」
「じゃあな。雪那、一緒に行こうぜ。帰りにちょっとCDみたい」
「ああ、わかったよ。風間さん、じゃあな」
「うん、じゃあねー」
 互いに挨拶して帰路につく。田中と一緒に商店街まで来た雪那は、そのままCDショップに入って試聴することにした。田中が目的のものを探し終わるまでの間である。日本の歌に興味があまりない雪那は、すぐに洋楽コーナーで聞き始める。
(やっぱ洋楽のほうがいいぜ)
 ノリノリで聞き続ける。英語が普通に理解できるため、洋楽は日本の歌より聴きやすい。本人曰く、日本のアーティストはうるさくてかっこつけすぎが多すぎらしい。シャープに歌って実力発揮ができないようじゃ駄目、との事。
 とんとん。
「お?」
「OK」
 田中が目的のCDを手に入れたらしく、試聴を辞めて外に出た。途中で包帯にぐるぐる巻きにされた田中を店員が警戒していたが、この際無視することにする。
「うーん、たまには金溜めてCD買うかな」
「いいんじゃね? さて、時間はどうだ? 雪那がまだあればゲーセンでも行こうかと思うが」
「んっと。ああもう時間だな。今度また」
「分かった。じゃあ……」
 ここでやっと雪那は思い出す。
「あー! 風間さーん!」
「い、いきなりどうした!?」
 通行人がいきなり何事かと視線を向ける。田中も驚いていた。そう、すっかり忘れていたのだ。一連のやり取りが終わって、田中が一緒に帰ろうと言い出して、それに承諾したために頭から賭樺のことがすっぽりと抜け落ちていたのだ。
「お、お前が誘ったりするから!」
「な、なんのことだ! 知らねえよ!」
「五月蝿い黙れー!」
 ゲシゲシゲシ!
 バキバキバキ!
「うぎゃああああっ!」
 田中はさらに怪我を増やすことになった。


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