ダイアル・オン
 ろく
迷惑至極逃博者
〜直らぬ好みは誰がため〜



 こうして雪那の周りはどんどんうるさく、面倒に、ややこしくなっていく。まさか千鶴姉が学校に来るなんて予想していなかった。予想できるか、こんなの。
「あらあら」
 たちまち生徒達に囲まれた美人教師(自称)は質問に答えながら笑顔を絶やさない。それに男女問わずに惹かれ、すぐに人気者になっているようだった。頭を抱えて呻き、なんの冗談かと言葉を詰まらせたのは勿論あの2人。
「……どこからどこまでが冗談かな」
「全部事実だろ……。瀬里奈、気持ちは分かるが目を逸らすな……」
「ごめん、今日は学校早退したいくらいなんだけど」
「奇遇だな。俺もだ」
 苦手なわけではない。昔を知られているだけでもない。この2人にとっては千鶴姉(ちづねえ)の存在は大きすぎるのだ。だって、子ども扱いされるに決まってる。弟や妹に接するのと同じ。授業が怖くてたまらない。つねに監視下に置かれたようなもの。
「どうしようか」
「相陰(そういん)の奴にどんな状況でも眠れるような秘訣を教わる」
「絶対無理」
 千鶴姉に何か聞かれたら、幽霊が憑いたというのも含めれば二十近くの言い逃れができる。が、その程度で抑えられたら苦労しない。すると、千鶴の周りに他を覗けば唯一加わっていないリズが話しかけてくる。
「一応さ、2人のことは話したけど。最初は名前聞いたら驚いてたよ? ちづは喜んでたけど、こっちは……」
「それを聞くか」
「――。見れば分かるね」
 2人で同じように机の上に伸びる。とりあえずはいつ、何を質問されてもいいように心を落ち着かせておくことこくらいしか、有効な対処法が見つからなかった。周りが何も言わずに、有意義な生活を送るための軌道に乗るまでは、まだまだ時間がかかりそうだった。
しかし瀬里奈はともかく、雪那はそれとは別に1つ確信したことがある。
(話しは聞いてたけどこれで信じれる、な。部隊解散、冗談でもなかったか)
 雪那は前回の『大戦』終了後に、部隊が解散する前に抜けている。そのため、瀬里奈に会うまではどうなっていたのか全く知らなかったのだ。瀬里奈と会って話しは聞けたものの、それでも完全に解体される前に瀬里奈とロイは抜け出したらしい。
(まあ、この分だと他の連中もどうにかしてるか。……気になるのはあいつだが)
 元々部隊になんでいるのか疑問ですらあった。それが無くなればどうするつもりなのだろうか。抜ける際に、あいつが自分に『あれ』を渡してからそれっきりである。波動を微弱ながら感知できることからすれば、とりあえずは死んではいない。
(どっかほっつきまわってんのかね。煙草ふかしながら1人旅。……結婚?)
 想像できない。雪那は想像するのをやめた。机に突っ伏していると、いつものごとくチャイムが鳴る。今日も今日とて騒がしい1日になりそうだった。

 そして予想するまでもなく現実は鐘を鳴らして事態を告げた。昼。昼だ。お昼。昼食。いえーい。今日は豪華に食堂で昼食だ。久しぶりに綾乃が奮発してもいいってよ。瀬里奈と京子と椿と4人で食べに行く。椿が席を確保してくれるので、難関は注文のみ。何にしようかな。きつねうどん。月見蕎麦。たまにはカレーライスもいいか。定食セットは挑戦したことないなあ。小遣い削ってデザートも注文しようか。さーて、
「お昼、一緒にいいかしら?」
 ピシ。バリバリバリバリ。
 ひび割れた雪那を引きずって食堂までやって来る。1人増えた。言うまでもない。
「千鶴姉、食堂は、勿論初めてか」
「ええ。食券を買うのはどこかな?」
「ここです。何にします?」
「ラーメンなんていいですね。近頃全然食べてませんから」
 ぽちっとな。
「雪那、どうする?」
「――」
「月見蕎麦。決定」
 固まった雪那はそのまま引きずり、椿が確保しておいた席へと移動する。
「あれ? 1人多いって、ありゃ? 噂の美人教師さん?」
「はい、噂の美人教師さんです」
「じゃあ椅子追加します」
 あっさりと椿が受け入れて5人となる。注文しに突っ込んでいった瀬里奈を待つため、残る4人で話しながら待つことになった。当然、話題は千鶴のこと。
「先生は2人と知り合いのようで」
「昔に2人の姉のようなものだったの。まさかここで再開できるとは思わなかったけど」
「へー。瀬里奈は少し覚悟決めたみたいだけど、雪那はこれだもんね」
 隣で石化している雪那をつっつく。無論、何の反応もない。
「ふふふ、でも本当に嬉しいんですよ? もう会えないと思ってましたから」
「それは良かったですね。あ、瀬里奈が来ましたよ」
 食堂の置くからぼろぼろになった瀬里奈が五人分の料理を両手にうまく乗せて持ってくる。その技術は賞賛に値するものだったが、それよりも髪の毛やら制服やらが、乱れに乱れている格好がひどい。お陰でどちらかといえば慰めるほうが彼女のためになる気がするほどだった。
「お、お待ち」
「すごい。瀬里奈、あなたここに来た甲斐があったみたいね」
「千鶴姉、こんなこと褒められても……」
 疲れたまま瀬里奈はどさっ、と席に座った。各自が食べようと割り箸を取る。
「……。雪那、起こさなくていいの?」
「……。まあいいんじゃない?」
 その内起きるだろうと、全員無視して食事を始める。選んだメニューは瀬里奈がきつねうどん、京子が焼き魚定食、椿がオムライスで千鶴が醤油ラーメン。雪那は前述どおりに月見蕎麦だが、なにがそこまでショックだったのか、雪那は固まったまま動かない。
「あら。ラーメンおいしい」
「麺類はここ、自信あるみたい。きつねうどんも少し食べてみる?」
「じゃあ少し交換で」
「京子の定食、豪華なのかどうか微妙だね」
「定食はこんなものでしょう。椿のオムライスもおいしそうに見えてますよ?」
「じゃあちょっと交換」
 女子は楽しそうに食事をする。男1人、白一点たるこいつはまだ起きない。と、そこに1人の生徒が通りかかった。あからさまに辛そうな顔をしている。
「あー……、瀬里奈、京子」
「んにゃ?」
 顔を上げて確認。瀬里奈が切り出すより早かったのは、千鶴だった。
「えっと……風間(かざま)さん、よね? 辛そうだけど、どうしたの?」
「あ、千鶴(ちづ)先生」
 初日にして呼ばれやすい名前で呼ばれるのは、担任として親近感を持たれているという事。千鶴はクラスには難なく溶け込めているようだ。
「どうかしたの?」
 不安そうに千鶴は尋ねる。無理もない。今にも「餓死しそうです」オーラをビンビンに放っているのだ。飢えすぎた末に死にそうな小動物はこんな感じなのだろうか。
「えっと、お金が厳しくて。今日は食堂か購買にしようか迷ったんですけど、購買で争いに負けたので一応ここに来て。でもやっぱり――で迷ってます」
「また?」
「また」
 千鶴と椿はなにがまた、なのか分からなかったが、瀬里奈と京子は納得している。クラスメイトであれば知っている者が多いことだ。
「あれ? 月見蕎麦、誰の?」
 すると彼女は雪那が手をつけていない蕎麦に目をつけた。あまり時間が経つと蕎麦が延びてしまう。
「雪那の、だけど? 伸びちゃうかな、このままだと」
「(ゴクリ)」
 彼女は物欲しそうに月見蕎麦を見つめている。それは残る四人にも分かっている。そこで瀬里奈はどうしようか考えた。

 1・彼女に月見蕎麦を与える。
 2・雪那のだから駄目、と遠慮してもらう。

(なんで選択式なの……)
 ここでフラグを立てれば雪那の好感度がアップ!


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