ダイアル・オン
 ご
流動突発困惑日
〜可愛い彼女は鋭利的〜



夜が明けて翌日。朝となり、雪那は――。
「……」
「お、はよう、ございます、兄さん」
「あちゃあ。雪那、どうしたの?」
 一階に降りてきた雪那を見て、雪華と椿が第一声でこれである。雪那は結局、悩みに悩んで一睡もできなかった。寝ようとすれば体の感触やら昨日の昼のことやらを思い出してしまい、目が覚めて寝れなかったのである。その後も思考を巡らせることに集中しすぎて、次の日には明らかな疲れの色が見て取れた。
「……寝れなかった」
「だけじゃなさそう。どうする? 栄養ドリンクでも飲む?」
「……頼む」
 大きな欠伸をしながら食事を採ることにした。どうやらまたしても自分が最後らしく、雪華と椿は適当に時間を潰していただけのようだ。他の面々がいないところからすると、既に登校しているらしい。雪華の隣に座って焼いた食パンをかじっていると、椿が栄養ドリンクを渡してくれる。それを飲み物代わりにして一気飲みした。
「兄さん、それはなんか体に悪い気がしますけど」
「そうね。雪那、無理しないほうがいいよ」
「……応。もし駄目なら保健室に行くからさ」
「そうしてください。瀬里奈さんや京子さんも心配しますから」
 言われることは最もであるが、それよりもまずきついことがある。教室に出向く。つまり、どうしようと央香と顔を合わせなくてはならないのだ。学校を休む以外に回避方法が無い。寝れなかった原因であるヒトと次の日に顔を合わせる。これほど心臓に悪いことは無い。最悪、自分が倒れてしまわないだろうかと心配になってきた。だが、時間は待ってくれず、準備しなくては遅刻してしまう。
「……着替えてくる」
「はい。兄さん、戸締りはお願いしますね」
「応」
 きついと思いながらも体に鞭を打ち、雪那は登校準備をした。全ての窓に鍵がかかっているのを確認して、玄関を出て鍵を掛ける。
(覚悟決めるしかない)
 どうなっても知らんと、雪那は投げやりな覚悟を決めて学校に向かった。
 生徒玄関で靴を履き替え、廊下を歩く。2年生の教室は2階にある。そのフロアまで移動して、あとは教室に向かうのみだったのだが。
「?」
 どうにも視線が突き刺さる。教室までは大した距離ではないのだが、行く先々にいるヒトが何かと雪那のほうを見てくるのだ。どんな視線かと言えば好奇の視線。明らかにひそひそと声が聞こえる。噂されているのは明確だったが、雪那自信に心当たりは無い。そのため、自分に投げかけられている視線にどうリアクションしていいかも分からず、視線に晒されながら雪那は教室に向かった。教室に到着してドアを開ける。
 がらっ。
「!?」
 一瞬にして全ての視線がこちらに突き刺さった。全員が全員、好奇心丸出しの視線で雪那を見つめている。事情を知らない雪那には、はっきり言って怖い。
「お、おはよう」
 することがなくまず挨拶する。誰も反応してはくれない。こちらをじっと見つめるばかり。
(怖えええ)
 答えられずに見つめられるだけというのは、かなり怖い。しかも全員が興味津々でこちらを見ているのだ。雪那は動物園の動物達と、今だけならば気があって話ができそうだった。
「おはよう」
 すると、その中から1人だけ挨拶を返してくれた人物がいる。央香だ。こちらを見てにっこりと笑いながら。
「あ、央香、おはよう」
「うん」
 実際に会っても、それほど倒れそうになるなどの状況にはならなかった。それより問題はクラスメイトの視線である。こちらのインパクトがあまりにも強すぎて、寝れなかったことはうやむやになてしまっていた。唯一、普通のまま接したのが央香のため、逆に助かったと思ってしまったのだ。が、この央香に対する挨拶は完全な失敗だった。
 がたっ。
 クラスメイトが何名か立ち上がる。
「え」
 そしてそのまま雪那に向って突進してきた。
「おおおおお」
 端まで追い詰められる頃には他のクラスメイトもたかりにたかり、雪那に対して一斉に問いただしてきた。
「月代君、央香と付き合ってるってホント!?」
「さっき名前で呼んでたよね! ホントなんだ!」
「雪那、お前彼女できたのか!」
「羨ましいぜ畜生!」
「うわー! 昨日の話って本当だったんだー!」
「月代君ラブラブー!」
「ちょっ、待て! 何なんだおい!」
 誰も雪那の話を聞いてはくれない。返事をどうしようか迷っているが、それでもクラスメイトの質問攻めは収まることを知らない。その間に聞こえてくる内容を整理してみることにした。
(俺と央香が付き合ってる? そんな話、どこから……。昼の件は誰も知らないはずだが。仮にリズが何か勘づいたとしても、あいつは確信がないことを言いふらして回る奴じゃない……と思う)
 となると何が原因だろうか。話しの内容を思い出し、また質問されていることをまとめていく。
(昨日の、話……?)
 引っかかったポイントはここである。昨日。昼以外で自分が央香と一緒にいた時間。
(見られ、たのか)
 それしかあるまい。成程、腕を組んで歩いているところや、買い物しているところを目撃されたならばこの質問にも納得がいく。次の日になって全員が質問してきたことから見ても間違いないだろう。制服姿で買い物までして、腕に央香が掴まった状態で歩く。
(央香が言っていた『新婚さん』、そう見られていても当然か……)
 自体の原因が分かればあとは、
(言い訳しかねえ)
 だが、ここでもう1つの問題が発生した。雪那はまだ央香に返事をしていない。その状態で絶対に違う、なんてここで言ったら、へたすれば央香が泣きかねない。断るなら2人っきりのほうがまだいいのだ。かといってここで肯定してしまえばそれで先は見える。まずいことに、たかるクラスメイトの隙間から見えた瀬里奈は鬼の形相でこちらを睨んでいた。
(ぐあ。やべえ)
 事態は最悪の方向に動いていた。昨日央香に断らなかったことが完全に裏目に出たのだ。断った後ではないために、央香を傷つけまいと頭から否定することができず、断ろうとしているために肯定することができない。
「ねえ、それくらいにしてあげて」
 この状況を動かしたのは他ならぬ央香だった。その一言に全員がピタリ、と動きを止める。雪那ですらどうなるのかと成り行きを見ている。
「噂。『まだ』だから。一緒に帰っただけだよ。勘違いして噂が大きくなっただけ。ほら、あんまり雪那君のこと困らせないの」
 それに対して他の奴らが央香に2、3質問するが、それについても央香は深くは言わずに軽く受け流した。そうこうしている内に教員がきてHRとなったので、この話ははっきりしないうちに終了することになる。
(ありがと)
 心の中で央香に感謝しながら雪那は席に着く。と、隣にいる瀬里奈が睨んできた。
「あー」
「ふん」
「うっ」
 どうしようもない状況。雪那は抱え物が増えたまま本日1日を過ごすことになる。


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