ダイアル・オン ご 流動突発困惑日 〜可愛い彼女は鋭利的〜 昼休みもまともにクラスメイトやら他の好奇の視線やらから開放されず、、雪那は疲れた体に檄を飛ばして耐え抜いてやっと開放された。放課後、帰宅して食事の準備にかかるだけになった頃。雪那が教室を出ようとすると、央香に呼び止められる。 「雪那君」 「ぐあ。ここではまずいっての」 すぐさま央香の手を掴み、引っ張って教室から出る。その際にクラスから妙な奇声が上がったが無視することにした。そのまま上の階に上がり、現時刻では誰もいない音楽室の前まで連れてくる。ここはさらに廊下の突き当たりのため、奥の壁を背にして雪那は話を続けた。 「で、央香?」 「うん。一緒に帰ろうかと思ったんだけど……」 「……まあ返事をしない俺も悪いけどさ」 「そんなことないよ。時間が欲しいって言ってくれたから。ほら、駄目かもしれないから今のうちに一緒にいようと思って」 なんとも女の子らしい意見だ。断ろうとした意思がわずかながら揺らぐ。 「でも、やっぱり」 「うん?」 「自分から言いたいことは言っておこうと思うの」 央香が迫ってくる。どうにも雰囲気が怪しい。目が違う。いつか見たその目は、昨日の昼。 「お、央香?」 「雪那君、私ね、あなたが欲しい」 「はぐあ」 純粋に求められてしまい、雪那も頭がクラクラしてきた。断ろうとする度合、40パーセント低下。非常にまずい状態です、隊長。 「ね? 少しだけでも、駄目かな?」 「す、少しだけって」 キスくらいはいいかなー。 (……はっ! いかんいかん) そんな考えが頭によぎったが、ぶんぶんと首を横に振ってそれを払おうとする。すると、それを見越していたかのように央香は接近した。壁を背にしている雪那は逃げ場が無い。 「雪那君」 「あ、う」 戸惑う雪那。 「もう1回だけ、ちゃんと言うね? あなたの」 ゴクリ、と雪那は唾を飲み込む。 「血が欲しいの」 ……。 「えっ、と?」 「だから、あなたの血が欲しいの。いい?」 「……吸血鬼?」 「ううん、違う。あ、そっか。知らないんだよね」 何をだろうか。確かに、まだ央香のことを全て知らない。かといって、血が欲しいということにどう関係があるのか、雪那は全く見当がつかなかった。求めていたのが自分の血。その理由はすぐに明らかになる。 「恥ずかしいけど、あなたならいいかな」 顔を真っ赤にして、央香はスカートの裾を持ち上げた。そのままめくり上げたのだ。雪那は勿論驚くが。 「な、な、ななな」 雪那の目に止まったのは、スカートの下に存在した純白の下着などではない。そんなものすら吹き飛ばすある『物』がスカートの内側に存在している。ありえない。前に抱きつかれたときはそんな感触なんてなかった。 「ね? これでわかったでしょ?」 雪那は首を動かす余裕すらない。央香のスカートの裏には、これでもかと言わんばかりにびっっっっしりと大量のナイフが備え付けられていたのである。鉄の塊がそこにはあった。しかも、雪那が見る限りでは全て本物だ。手入れもされていて、あれならばすぐにでも切り刻める。央香がめくっていたスカートから手を離した。そして、どこからもなく1本の西洋剣を取り出した。それを持ちながら、さらに雪那に迫る。 「いい、でしょ?」 血が欲しい理由がはっきりした。 こいつ刃物マニアだ。 「い、い」 「嫌って言わないで? うふふ、これまだ新品なの。雪那君の血で染まれば、すっごく綺麗にドレスアップできるんだよ?」 (じょじょじょ冗談じゃない!) 央香は極度の刃物マニア。手に入れる刃物は使用済みであろうがなんであろうがコレクションしている。そして、まだ使用していないものは血で染めることによって「着飾る」らしい。雪那はその格好の相手として選ばれたわけだ。央香は雪那が好きである。最高の血を提供してくれる相手として、ではあるが。ちなみに彼女の部屋には所狭しと刃物が並んで飾られている。 「欲しいな、雪那君」 (欲しがるな!) 追い詰められた雪那。壁に背がついてもう逃げ場は無い。迫る央香は今すぐにでも昇天しそうな甘ったるい顔をしている。目がやばい。これからいけないことをするならば随分とそそる顔だ。手に剣さえ持っていなければ。 「うふふ、えい」 央香は無造作に剣を振り上げ、そして振り下ろした。 「おわっ!」 転がるようによけた雪那は、どうにか壁を背にする状況からは離脱する。 「あん、よけちゃ駄目」 「よけるって!」 雪那はもう嫌な予感どころか確実にまずいことを実感して、そのまま逃げ出した。当然、央香は走りながら追ってくる。 「待ってええええ!」 「嫌だあああああ!」 足の速さで行けば雪那に央香が適うはずはなかったが、央香はそこでとんでもない行動に出る。 ヒュッ! 「!?」 雪那は嫌な風の音を聞いたため、体を捻って軸をずらした。すると、雪那の体があった場所にナイフが飛んでくる。 「うそお!?」 「いやん、かわさないでよう!」 投擲されたナイフは確実に腹を狙っていた。央香はスカートについていたナイフを投げ始めたのである。先程まで手にしていた西洋剣はどこへやら、両手の指の間にナイフを挟み、雪那に当てようと容赦なく投げつけてきた。 ヒュッ、ヒュッ、ヒュヒュヒュヒュ! 「うおあああ!」 背を向けたままですべてかわせるわけが無い。雪那はニュータイプではないため、大量に投げられれば当然、足止めされることになる。魔法を使うわけにもいかないため、どうしても走る速度は落ちた。央香はその隙にどんどん距離を詰めてくる。 「ストップ!」 「雪那君が止まってよー!」 互いに意見が一致しないまま、ほぼ無人となった廊下を駆け抜けていく。恐ろしいのは央香で、狙った場所はあまりにも的確すぎている。足止めのためにタイミングをずらしたり、わざと足元に集中させたりと戦法に隙が無い。 (あいつ本当に高校生か!?) 的確すぎて雪那は背筋が凍るような感覚に襲われた。なんとか階段まで辿り着き、そのまま降りようとしたが、下から誰かが上ってくる足音が聞こえた。 (巻き込む!?) まずいと判断し、雪那は階段を上る選択肢を選ぶ。この上は屋上しかないにもかかわらず、だ。央香はさらに間合いをつめ、階段を上る雪那を足止めしようと壁に反射させてまでナイフを投げつけてきた。雪那も、普通では考えられない軟体動物のように体を曲げて全て回避していく。 「雪那くーーーん!」 「呼ぶなあああっ!」 バタン! 屋上の扉を開けて、雪那は外へと飛び出した。央香が駆け上がってくる前に対処法を考えようとしたが、残念ながらその時間はない。 「雪那君」 「い、嫌だぞ。生贄になら御免だ!」 「どうして? 私、こんなにあなたが必要だって」 「言うなよ!」 必要とされている意味が違う。血が欲しいから斬られてくれ、なんてどこの高校生が言うものか。追い詰められた雪那は徐々に手すりがあるほうへと追い詰められる。ここの学校の手すりは少々高めに作られているため、普通に飛び降りようとしても結構なジャンプ力が必要だ。雪那にとってそれは造作も無いことだが、隙を見せれば背中にナイフが刺さる。どうしようか迷っていると、央香のほうが迫ってくるのを止めた。どうしたのか雪那が様子を伺うと。 「……ナイフじゃ駄目なの?」 「は?」 央香はそのまま考え込んだ。そしてとんでもないことを言い出す。 「あ、おい央香」 「うん、そうね。雪那君にナイフ程度なんて、私のほうが失礼だった」 「いや、なにを」 「やっぱり最高の血には最高の物で応えないと」 「さい、こう?」 央香はどこからもなく『それ』を取り出す。雪那は開いた口が塞がらない。どこに仕込んでいたのかわからないサイズの巨大な鋼鉄の塊は、夕日にその刃を反射させてギラリと光り輝いた。それを央香は天高く掲げ、高らかに宣言する。 「私の最高のコレクション、まだ新品のまま血がついてないチェーンソー『ギルガメス』よ。これなら雪那君も満足してくれるよね?」 勢いよく央香はエンジンを始動させる。まだ何一つ切り刻んでいないチェーンソーは、ぐおおおん、と雄雄しい雄叫びを夕焼けに響かせた。 ギュイイイイン! 「むむむむむ無理無理!」 「怖がらないで。腕1本だけだから……♪ すぐに救急車呼べばくっつくよ♪」 「んなわけねー!」 逃げ場をなくして雪那がガタガタ震えていると、後ろのほうに人影が見える。雪那はそれに目をつけた。誰かが来てくれればさすがに央香も止まるだろうと思って。そして、扉を開けて現れたのは―― 「あれ?」 田中だった。 (ばばばばば馬鹿! お呼びじゃねえよ!) 役に立たない人物の登場に、雪那は覚悟を決めた。魔法を使ってでも央香を止めようと。 「?」 しかし、央香も誰かが来たのが気になったのだろう、そのまま後ろを振り向いた。 (チャンス!) その一瞬の隙を突いて雪那は手すりを越えてジャンプする。ばっ、という音が聞こえた央香はすぐに振り向いたが、既に遅い。 「せ、雪那君!?」 さすがにここから飛び降りるとは思わなかったのだろう、慌てて央香は飛び降りた雪那を目で追う。だが雪那は鮮やかな身のこなしで地面に着地して、そのまま走って逃げ去った。 「……」 予想外の光景に今度は央香が口を開けたまま塞がらなくなる。それと同時に。 (やっぱり、雪那君最高……!) 確信してしまう。獲物としては最高です、雪那君。 「えっと、斬濱、だよな……?」 その余韻に浸っている央香に、あろうことか田中は水を差した。央香は笑いながらも確かな殺意を持って振り向く。 「田中君?」 勿論、央香が手に持っているチェーンソー『ギルガメス』は収まることを知らない。田中は逃げたい気持ちで一杯だったが、そんな事が許される相手にはとてもではないが見えない。 「えっと、ナイフが落ちてたから、なんだこれと思って、その、ついてきたら」 「ここに来た?」 「そ、そうそう! 邪魔したくてしたわけじゃないんだ! そこんとこ重要」 「ふーん」 央香は『ギルガメス』のエンジンをストップさせる。理由は簡単で、興がそがれたことと、田中相手ではあまりにも勿体ないからである。変わりに、スカートに仕込まれた大量のナイフを指の間全てに挟む。 「でも結果的に邪魔したよね?」 「え!? だ、駄目ですか!?」 「だーめ♪」 ナイフは容赦なく投げられた。 「ただいまああ!」 玄関を勢いよく開けて帰宅する。はあはあぜえぜえと息を切らしていたが、深呼吸を何度もして、徐々に落ち着いてくる。やった。逃げ切った。 「お帰りー」 瀬里奈が迎えに来てくれた。すると、ニヤニヤした表情で雪那に話し掛ける。 「うまく逃げれたみたいねー。どうだった? 央香のマニアぶり」 「あれやばいって! 死ぬかと思ったっ……て、あれ? 何で瀬里奈が知ってる?」 何も知らないはずの瀬里奈はニヤニヤしながら答える。 「いやいや、放課後前に央香のほうから直接聞きに来てね、そこでどういう事情か聞いたの。あの子が前から刃物マニアなのは知ってたからねー。どうよ、獲物(ターゲット)にされた感想は」 それを聞いて雪那は呆然としてしまい、そのまま玄関に倒れこんだ。 バタリ。 「うーん」 翌日。朝のHR前。席に座った雪那は唸っていた。倒れた衝撃で頭を打ってしまい、朝になっても痛みが完全に引かないのである。とりあえず気にしてもしょうがないと割り切り、改めて教室の中を見回した。途中で央香と視線がぶつかり、彼女がウインクしてくる。 ゾクッ。 背筋が凍りそうだ。教室に雪那が来た際、彼女は小声でこう耳打ちした。 『しばらくは無しだけど、気が向いたらまた、ね♪』 死にそうである。ちなみに田中はと言うと、後ろの席で全身包帯ぐるぐる巻き。顔も目以外は全て包帯で巻かれており、ミイラそのもの。あの後、央香に何をされたかは想像に難くない。合掌。 「ねー、2人とも」 「なに? リズ」 「どうかしたか」 不意に話しかけられ、雪那と瀬里奈はリズの話を聞く。 「あのさ、前に私が学校に来るときに根回ししたヒトいるって、覚えてる?」 「ええ。確か初めてそっち行ったときに話したよね」 「うん。でさ、そいつが今日からここの担任やるって。伝えておこうと思って」 「そうか。急だが、何にせよ覚えておくとしよう」 チャイムが鳴る。全員が席についていると、学年主任がなぜか教室にやってきた。教室がざわざわと騒ぎ始める。 「静かに」 その一言でなんとか騒ぎは収まる。そして、学年主任からの説明が始まった。 「ええと、このクラスの担任である水橋先生は昨日事故にあい、しばらくの間入院して休みになります。そこで、新しくここの担任になる先生がきましたので、これから紹介します」 (……は? いきなり入院だ? しかも翌日にすぐ変わりって) 雪那が疑問に思いながらも、その新しい担任は教室に姿を現した。綺麗で長い黒髪。腰の辺りまで伸びた髪は美しく、スタイルも抜群。あまりによすぎて、着ている服を普通のものでも美しく見せるほどだ。長い足。どこかで見たことがある顔。 (……あ?) 「今日からこのクラスの担任になる神楽(かぐら)千鶴(ちづる)です。皆さん、よろしくお願いしますね」 「HAHAHA」 「もうやだ……」 瀬里奈の笑い声は天高く響き、波乱万丈がまだ途中にすら差し掛かっていないことを理解した雪那は、本音をぶちまけて呻いた。 |