ダイアル・オン
 ご
流動突発困惑日
〜可愛い彼女は鋭利的〜



ぼけーっ。
「……」
 ぼけーっ。
「……」
 ぼけーっ。
「……」
 雪那は授業中にも関わらずこの状態である。現在は化学室で実験の説明を受けている最中。席順の関係で、雪那、田中、瀬里奈、リズは同じ班。残る3人は無言で雪那を見つめ、そして無言で互いの顔を見合わせて確認する。同時に同じサインを出した。両手を前でクロスさせて、『知りません』のポーズ。原因不明。
「ねえ、あれどうしたの」
「さあ。心当たりないんだけど」
 瀬里奈とリズが小声で話すものの、両者共に原因を知らないためにどうにもならない。田中もそれは同じのため、雪那に話し掛けることもなく授業の内容を聞くのに集中していた。
「と、いう感じでやってもらうから。混ぜるのを間違えるなよ。よし、開始だ」
 教員からの支持を受けて、それぞれの班が行動を開始する。雪那は相変わらず呆けたままだ。
(あれ、本気だった、よな?)
 自問自答。だがそれでも明確に答えれるのは当然仕掛けてきた央香本人しかいない。迫られて結局、身を任せた自分もどうかと思ったが、頭から央香のことは離れなくなった。アドバンテージを掴むという点においては央香の行動は影響が大きかったと言える。
(あー、雰囲気に流されるのはまずいよなあ)
 反省点大有り。しかし、もう1度あんな風に迫られたら回避できるのかと聞かれればこう答えるだろう。無理です、と。
(央香は可愛いしなあ。あれで拒否する奴がどうかしてる)
 挙句にはこんな考え。雪那が呆けて外の世界を見ている間に、実験の準備は淡々と進められ、雪那の目の前には液体が入った試験管と空のビーカーが置かれていた。
「あれ? これ何?」
「馬鹿。どうせ聞いてないし見てなかったでしょ」
 瀬里奈の意見は正解のために雪那は唸って反論まではしない。とりあえず液体を混ぜればいいらしいことは、他の班を見ればわかった。雪那は何も考えずに少しムキになって試験管の中身をビーカーに入れて混ぜる。
「あ!」
「雪那、やべっ!」
「こんの馬鹿!」
「は?」
 混ぜたはずのビーカーの中身から妙な煙が昇ってきた。そのままなんともいえない嫌な臭いが化学室中に広がっていく。
「ごほっ、雪那」
「なに、やってんのよ」
「ごほっ、すまん」
「ごほっ、おい、止まんないぞ」
 事態が悪化しまくっていると、教員がよくわからないスプレーを使って煙が出るのを止める。異臭はやっと収まり、開けられた窓から雪那たちは大量の新鮮な空気を吸い込んだ。
「はあー」
「はあじゃない!」
 勿論次は怒られる時間である。
「さっきの話を聞いていなかったのか!? 順番を間違えるなと言っただろう! 混ぜたのは誰だ!」
 怒鳴る教員を前に、4人は顔を見合わせて、せーので指を刺した。
『田中です』
「月代です」
 結果。
「……」
「……え?」
 人差し指。刺したのは1対3。
「田中あああ。貴様は随分と度胸があるようだな」
「え、ちょっ、俺じゃないです! おい、せつ」
「どう考えても1対3でお前の嘘だろうが! 澤井がそんな嘘をつくわけないだろう!」
 瀬里奈の信頼は妙なところで有利に働いた。田中はそのまま説教タイムにもつれ込み、本日の実験授業はこれだけで終了となった。犠牲にされた田中は恨めしい目で見ていたものの、雪那は当然瀬里奈にリズも無視している。
(助かった。うん、持つべきものはいい友だな)
 雪那は再び外を見ながら央香のことに頭を巡らせた。
「ねえ」
 と。
「ん、瀬里奈?」
 多分、現在の雪那がおかしいことを彼女も分かっているのだろう。というかばればれだったが、それに気付いていないのは本人ばかり。
「どうしたの? 昼過ぎからおかしいよ」
 昼過ぎ。つまりは央香とああなった後な訳で。
(う……)
「雪那?」
 黙りこんでしまう雪那を見て、瀬里奈は心配そうに声を掛けてきた。当の本人は右手で顔を覆ってうーんと呻くばかり。知らないヒトからすれば。
「具合悪いの?」
 こう見えているわけで。その後も保健室に行かなくていいのか、とかなんか必要なら遠慮なく、など瀬里奈とリズは心配ばかりすることになった。雪那は悪いとは思っていたものの、原因を口にすれば瀬里奈が怒るのは目に見えていたし、そもそも話してしまうこと自体、央香に悪い気がしてならないのだ。悶々。
「少し、考え事をな」
 これが精一杯の雪那のいい訳。悶々としたまま放課後までこうすることになる。
 呆けに呆けたまま本日の学校ですることはもう無くなった。クラスメイトが続々と帰宅やら部活やら行き始めている中で、雪那も食事当番のために商店街に寄って帰宅することにする。鞄を持って席から立とうとすると、タイミングを向こうも見計らっていたのだろう、央香が話しかけてきた。
(やっぱ来たか)
 なんとなくではあるが、こんな予感がしていたのだ。
「ね、一緒に帰らない?」
 どう答えたものか。幸いにも宮崎家関係者はすでに教室にいない。相手も昼のことで話しがあると思われる。雪那も話がしたいとは思っていたが、ここで改めて聞けば相手は否定しないだろう。自分にその気が無いのであれば断ることも必要だ。けど、落ち着く時間が欲しい。
「あ、あのさ、今日はやっぱり」


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