ダイアル・オン
 よん
両断珈琲苦味風味
〜こんな弟子に誰がした〜



 3人が帰宅して、リズが居間に帰ってくる。と、裟璃奈はすでにいなくなっていた。
(あれ? 部屋かな? ご飯は今日は私が担当だからいいけど)
 追求せずに、リズは夕食の準備に取り掛かった。
「……」
 その頃。裟璃奈はリズの予想通り、自分の部屋にいた。部屋の中にはかつての家からいくらか持ってきたものが段ボール箱に詰めてあり、まだその全てを開けているわけではない。黙ったまま、裟璃奈は首に手を当てる。べたり、と、わずかながらに血が流れている感触が手から伝わってきた。それを自分の目の前に持ってくる。するとその予想は外れてはいなく、首から血が確実に流れていた。
「そう」
 何かを納得したかのように、裟璃奈はダンボール箱の群れの中を漁り始めた。首から流れた血はすでに止まっていたが、それは完全な引鉄(トリガー)となった。
(あの子、本当にわたしを越す所まで来ている。前は無理だったけど、現在の表情と実力を見ればわかる。今度こそは、託してもいい)
 多いな段ボール箱を1番奥から引き抜く。封をしていたガムテープを勢いよく破る。すると、中からさらに大きめのジェラルミンケースが姿を現した。
(何があったかなんて聞かない。けど、ほんと、いい表情で笑うようになったのね。事実を知らずにがむしゃらだった時とはもう違う)
 ジェラルミンケースを取り出し、ケースの留め金をパチン、パチンと一つずつ外していく。その数はかなり多く、留め金は6個もついていた。
(あるべき場所にあるからこそ世界は形を成して世界となる。ただ、あなたはそのバランスを崩してくる者と戦わなければならない時が来るかもしれない)
 ゆっくりとケースの蓋を開けた。中に入っていた物は、刀。3本の刀が、神々しいまでの輝きを放ってそこに存在していた。鞘の色は右から順に、青、赤、黄色。それ以外に紋様は記されておらず、一見すると変哲の無い普通の刀に見える。
(たった1人でも、できることがある。そのために力が必要だというのなら――)
 裟璃奈は、決心を固めてケースの蓋を再び閉じた。

 時刻、夜12時。師匠との約束の時間。だが雪那は、まだ宮崎家にいる。正直迷っているのだ。あの時、裟璃奈が一瞬表情を曇らせるのを雪那は見逃さなかった。そして、自分の一撃が確実に師匠に届いていたことも。何かを話すのだろう。これから、しかも人生に確実に影響を与える何か重大なことを。それゆえに、簡単に行くわけにはいかない。決心を固めようとしているともうこの時刻だ。見たことの無い表情の師匠は、それほどまでに雪那の決心を迷わせた。
(柄にもないような顔しやがって……)
 コンコン。
「……? はい?」
 部屋の扉をノックされる。この時間は、さすがにもう各自が自分の部屋にいる頃だ。誰かのところを尋ねるのは珍しい。返事を返すと、ドアを開けて中に入ってきたのは瀬里奈だった。
「どうした」
「呆れた。やっぱ行ってなかったんだ」
 やれやれといった表情で瀬里奈が呆れ返る。まるで自分がこうすることを最初から予測していたようだ。
「なんで分かった?」
「どれだけ一緒だった?」
 その言葉は返事として充分だった。四六時中顔を合わせてここでもまた。わからないほど鈍くは無かっただけの話しだ。
「帰り道からもう迷ってた。雪華ちゃんと話してるときも、どっかで考えてたでしょ」
「……大当たり」
 もう見抜かれていた。自分がそれほど分かりやすかったのかと思い、雪那は自嘲気味に笑ってみせる。瀬里奈はそれを見て、途端に真面目な表情へと変わった。そのまま雪那に話しかける。
「行きなよ」
「――」
「2度目は無いかもしれない。後悔するかもしれない。『しれない』から動かないなんてやめたほうがいい。そんなの、絶対後悔するに決まってる」
「後悔、か」
 雪那は自分の掌を見つめる。そして――力強く握った。
「そう、だ。そうだな」
「帰ってくるなら、あたしは鍵開けて1日中起きて待ってるよ」
「瀬里奈」
「あたしはさ、自分から足を踏み入れていく資格が無いから。でも、あんたが来るのを待つのはできるんだ。だから」
 俯いた瀬里奈は苦しそうだった。この言葉を口から出すこと自体が辛いのだろう。それを見た雪那は、瀬里奈に約束をする。
「約束する。戻るべき場所はここだって。俺もここの家の連中好きだからさ、明日、学校に行く前までにはひょっこり帰ってくるさ」
「うん」
 優しくするのは罪だろうか。優しくされるのは許されただろうか。過去から立ち直ったものの、それでも過去は未だに2人を縛り付けている。だから、互いに気の効いた言葉をかける勇気がなくて、それをまたかける資格がないと思っている。そんなことなんてないのに。それは誰も望んでいないのに。
 ――雪那は、夜の闇へと消えた。


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