ダイアル・オン
 よん
両断珈琲苦味風味
〜こんな弟子に誰がした〜



 約束の場所はすぐに見つかった。なるほど、ここまで開けた場所に滝があり、そして目の前には川も流れている。街からかなり近い位置にあるとはよく言ったもので、山側の神社から歩いて30分もしないうちにつくことができた。ヒトは誰一人いない。神社の許可が無ければ入れない場所らしく、真夜中に訪ねたというのに師匠の名前を出したらすぐに通してくれた。
(いい場所だ)
 空気が澄んでいて、滝の流れる音のみが辺りに響き渡る。修行するならもってこいの場所だが、それを抜きにしてもここで座禅を組みたいほどだった。滝の規模はそれほど大きくはないため、耳障りになるほど大きな音はしない。岩ばかりの砂利道。開けたこの場所以外は全て森に囲まれている。中央付近に1人佇み、雪那は目を閉じてしばらく流れに身を任せることにした。
「……」
 どれくらい時間がたったかはわからない。だが、どうやら遅刻してきたのは自分だけではないらしい。今までは感じもしなかったが、気配を消そうとしてここの空間に入り込んだものが1人いる。いうまでもなく、覚えがある「気」。それでも雪那は目を開けず、その気配がこちらに接近してくるまで待った。
「来たわね」
 師匠の一声をもってして、ようやく雪那は目を開ける。
「ええ。逃げようかと思いましたけど」
「してもいいんだけどね、本当は。日中の約束、あんなのはおまけに過ぎないし」
「でしょうね。あんな曇った表情されたら、いやでも嘘ってわかります」
「……やっぱ弟子か。ちゃんと見てる。わたしは、あんたの何年かを見てこれなかったのに」
「……その話はやめましょう。暗くなるのは好きじゃないでしょ? お互いに、ね」
「そう、か。ほんと、いい表情で笑うこと」
「教えてくれたヒトがいます。笑うことは、心に栄養を与えるのと同意義だと。そして1歩踏み出すために必要だと」
「そう。いいヒトね」
「ええ。俺が惚れた女ですから、当然です」
「そう」
 これだけ話して、相手側も落ち着いたのか、表情が緩くなってきた。いい傾向だ。沈んだまま話を続けるよりはよっぽどいい。
「それで、師匠。何の用件で?」
「あなたに全てを託しに」
「託す?」
 裟璃奈は、手に持っていたジェラルミンケースを置いた。中を開けて、そこから3本の刀を取り出す。すると、その刀は光を放ち始めた。3本の刀はそれぞれ青、赤、黄色の光を放ち、互いが交わって強い光を放つ。雪那はあまりの眩しさに目を細めてしまう。強かった光が徐々に弱まり、それはある形を成して裟璃奈の手に収まる。
「え」
 雪那がそう思うのも無理はない。3本の刀はそれぞれ鞘の中央を基点としてくっついており、内側から順に青、赤、黄の順で三位一体となっていた。形としては*マークのようなものだ。奇妙過ぎる。いくらなんでも、あれでは扱いにくい。裟璃奈はその刀を左腰に下げようとした。すると、刀はバチン、と音を立てて空中に固着する。裟璃奈が動くと、それにあわせて移動する。
「驚いたでしょう。この刀はわたしが打った刀の中でもさらに異質極まる4つのうち3本。色から順に、『蒼群(そうぐん)』・『紅嵐(こうらんらん)』・『黄灯(おうとう)』というの。そして『霧消(むしょう)』」
「え?」
 自分の刀である霧消の名前が出たことに驚くが、裟璃奈はそれも打った本人として当然知っているため、1回だけ頷いて話を続けた。
「対策。1本を雪那に預ければすぐには起動しない。そして『霧消』という名はあくまで封じ名なの。その刀のは本名(ほんめい)がある。今は聖宝具として起動しているけど、本来の力を戻せば鞘の色は緑に変わる」
「師匠、何の話しなのかさっぱりなんですけど」
 裟璃奈は雪那の意見を押し止めた。
「気持ちはわかるけど待って。順を追えば、これから話さなければ次が話しにならないから」
「はあ」
「さて、では本来の姿に戻ってもらうかな、『緑碧(りょくへき)』よ」
 その言葉に反応して、雪那が腰にかけていた霧消の色が光を放って変わる。眩しいまでの光の後に、鞘が緑色へと変貌した刀が存在している。これが緑碧だろう。裟璃奈がすっ、と手招きを1回すると、それに反応して緑碧が腰元から飛び立った。そして、そのまま3つの刀と光を放って交わる。すると、最終的には*マークに更に横1本が重なった形となった。異様すぎる。あれでは刀を抜くことすら精一杯になる。
「雪那、今これを使い物にならんと思ったでしょ」
「あ、はい」
「正直でよろしい。試す?」
「はい、って俺武器がないんですけど」
 雪那は手ぶらだ。今しがた刀は持っていかれたばかりだ。対処法に困っていると、どこからもなく声が響く。
(主(あるじ)よ。聞こえるか?)
「ナインブレイカー、か?」
「ほほ。対応の早い聖宝具だね。名はナインブレイカーでいいのかな?」
「し、師匠!? 聞こえてるんですか!?」
(この場所はそのためにあるようなものだからな。主の師匠か。)
 ナインブレイカーはどこからともなく話しかけてくる。裟璃奈はそれを知っていたかのように話しだした。
「どう? 契約とは関係なく解き放たれた気分は」
(あまりよくはない。主の中は居心地が良かったのだがな。突然これとは。)
「そう言わない。刀に融合していたから仕方ないでしょ。さて、雪那」
「は、はい!?」
 状況についていけない雪那は慌てるだけで何がなんだか理解できない。ナインブレイカーも説明する気はない様で、そのまま続けていく。
(主よ、もう1度汝の魂と契約したい。よろしいだろうか。)
「説明してくれないのか?」
(簡単な話しだ。今まではあの刀を媒介として我は形を成していた。が、そうではなく、主の魂そのものを媒介として今度は契約を結ぶ。そうすれば、今度は刀などがなくとも主自身の意思で我をこの世に召喚できるのだ。刀はその形を模したものを用意しよう。いいか?)
 話しは突拍子もなかったが、内容は大体理解できる。契約すれば、霧消を握らずともナインブレイカーを扱えるのだ。契約による損はない、と。
(主、先に言っておくが、刀はあくまで模してつくる。故に同じように扱えるかどうかはそちら次第)
 まあこういうことである。刀は少し握りが違うだけで扱う者の手応えが大幅に違う。そこを補うのは自分自身の実力というわけだ。
「……了解した。契約する」
「おお。意外と迷わずに決めたな」
「迷えば斬られる。師匠、そのつもりでしょう?」
 返事をせずに口元を曲げて見せた。
(では契約する。主、またよろしく頼むぞ。)
「ああ」
 体の中で何かが蠢いたことだけは確認できる。雪那は、的確な霧消のイメージを頭に思い描いて召喚した。すると、寸分たがわぬ刀が雪那の手に握られる。戦闘準備はすでに整った。雪那が構えていると、裟璃奈は構えをとらずに言葉を投げかける。
「雪那。構えは取らなくてもいい。ドライヴしなさい」
「……は?」
「今から見せるものは捌ききれるものじゃない。わたしはこれから真・無明閃月流を託す」
「『真』?」
「そう。この四本を扱う上で必須となる。前は時期尚早すぎたから教えなかったけど、今度は大丈夫だと私自身が踏んだから。それを」
「見せるのですか」
「ん」
「ですがドライヴしてまでとなると」
「安心して。結界を張っているから、外に波動は漏れない。というか、最初からお前に裏奥義を伝授するつもりだから。ドライヴでなければ防ぎきれるものではないの。ほれ、とっととせんか」
 話しは突拍子もないのはもうお約束で、どうやら裟璃奈はここで託さなければならない訳があると見えた。雪那は渋々ながらも了解し、眼に力を込めて全てを解放した。

「封印(オーヴァー)、解除(ドライヴ)」

 キンッ……ゴゴゴゴ……
 周辺の大気が流動し、流れに乗ってマナが雪那と融合していく。一際大きい赤い光を雪那が放ち、それが治まったときには、雪那の姿は見事に変貌していた。両目は紅。髪の毛も紅。そして背中には、象徴となる2枚の紅の光の翼が生えていた。
「おお。完全に開放したの、すごいわね。見た目が天使みたいよ?」
「褒めてます?」
「一応」
 準備はできた。後は師匠が踏み込んでくるだけだが。
「もう障壁を張っておいたほうがいいよ。すぐにでも斬りかかるから」
「師匠、そんなに凄いんですか?」
「うん。見てもらったほうが早い。死ぬなよ?」
 裟璃奈はそのまま四本の刀を分解させる。片方の腰に2本ずつ「くっつけた」。
(……さっきまでの形はなんだったんだ?)
 さすがにあれでは使い物にならないことを知っていたのかどうか。両脇についた刀に裟璃奈は手をかざす。雪那も裟璃奈が手を抜かないことは百も承知なので、すぐに全力で衝撃に耐え切れるように準備をした。
「ではいくぞ」
「はい」
 両手を前に突き出して障壁を展開する雪那。すると、裟璃奈は一瞬でこちらの懐に滑り込んだ。相変わらず凄まじいスピードだ、と冷静に分析するが、そんな構えはすぐに取っていられなくなる。
 接近した裟璃奈は――
「火は灰(はい)に」
 抜刀された刃は障壁すら崩しそうなとてつもない一撃を放ち、さらに戻すように同じ方向を切られる。炎を纏った刃で切られ、障壁はぎしりと音を立てる。
「!?」
 雪那は焦って押し止めようとするが、それよりも師匠のほうが早い。
「水は藻屑(もくず)に」
 水を纏った2撃目。確実な2連撃を雪那は完全に威力を殺しきれず、そのまま後ずさりするように後退させられた。と、防いだはずの斬撃は軌跡を残しており、赤い線と青い線が障壁に残っている。
(一体なんなんだ!?)
「地は骸(むくろ)に」
 さらなる斬撃で雪那は完全にバランスを崩す。2撃目で膝がつきそうになるのをなんとか堪えた。が、裟璃奈はまだ追い討ちをやめない。障壁には黄色の線が残されている。
(ま、まだ!?)
 ドライヴしているのも関わらず、恐ろしいまでの威力で雪那は押される。
「風は塵(ちり)に」
 4回目の2連撃にしてついに雪那は肩膝をついた。斬撃の後は、緑色。各色の斬撃の後が、菱形となるように形を成す。裟璃奈は1歩だけ後退して、さらに構える。
(やばい……!)
 第6感が告げる。防げ。さもなければ死ぬ、と。
「汝、時の狭間に月を見よ」
「おおおああああああああっ!」
 全力で障壁を展開しなおした雪那に、裟璃奈は最後の一撃を放つ。

「輪廻天昇」

「――」
 最後に見た光景は――

「はあ、はあ、はあ」
 雪那は体を大の字にして地面で寝ている。すでにドライヴは解除していた。裏奥義は、雪那の障壁を打ち破って体に傷を刻みつけた。全身をズタズタにされた雪那は、呼吸を荒くして地面に寝転んでいる。裟璃奈は刃を鞘に収め、雪那の近くにある岩に座っている。
「どうよ。裏奥義にして真なる刃は」
「は、はあ、はあ」
「ふふ、口も利けないか。今のわたしじゃあこれが全力だけど、雪那が使えばさらに威力は上がる。マナを込めて放つ技だからね」
 かすかに聞こえる裟璃奈の声に耳を傾ける。まだ日が昇っていない。
「さて、ここから他の技を教えていくよ。夜明けまでには一通り見せるから、1回で覚えること。まあいつも通りね。さ、立った立った」
 無理矢理立たされた雪那はそのまま修行を開始する。
(悪ぃ、瀬里奈。夜明けになっても帰れそうにねえや)

「へっくし!」
 瀬里奈は居間のソファーに寝ていた。一応毛布は持ってきているが、寒いといえば寒い。しかしどうやら寒いだけが原因ではなさそうだ。
「うー、眠い」
 とりあえず起きていなければ、雪那がいつ帰ってくるか分からない。とりあえず、瀬里奈は淹れてきたコーヒーを一口飲んだ。
「う、苦い」
淹れたコーヒーはブラックだ。


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