ダイアル・オン
 よん
両断珈琲苦味風味
〜こんな弟子に誰がした〜



「ちょちょちょ、ちょっと!」
「に、兄さん! 本当ですか!?」
「え、嘘!?」
 その場にいた3人は口々に雪那に意見を求めた。雪那はまだ驚きが抜けていない様子だが、何とか口を開いて言葉を出す。
「いや、その、本当」
 すると師匠のほうも口を開く。こちらは最初は驚いていたが、現在は雪那より大分落ち着いているようだ。参考までに師匠が落ち着いたように見えるまでの時間は20秒である。
「あらあら。久しぶりに会ったのに叫ぶだけ? まずは言うことがあるでしょ、雪那」
 促された雪那は、まず言うべきことを頭の中で探し出す。
「あ、はい。お久しぶりです、師匠」
「ええ、久しぶり。随分大きくなったわねー。現在は17になったの?」
「ええ。今年で17になりました。師匠はもう――」
「何言わせる気かな? 首がなくなる覚悟があればいいけど?」
 一瞬だった。目の前にいたはずの師匠は雪那のすぐ後ろに回りこんでいて、雪那の首を掴みながら脅してきている。瀬里奈も雪華もリズも、目の前で何が起こったのかを目で追えなかった。気がついたらもういなかったのである。後ろから聞こえてきた話し声でようやく位置を確認したほどの素早い動きだった。
「あはは、冗談ですよお、師匠。相も変わらずお美しい」
「それはそれで気に障る褒め方ねえ、雪那?」
 師匠は雪那に顔を近づけて話しこむ。仲がいいのは明白だったが、当の雪那は何故か冷や汗が止まらない。師匠のほうは師匠のほうで、からかうような口調と言葉とは裏腹に、少し怒っているようにも見えた。
「師匠、お手柔らかにお願いできますか?」
「だーめ。せつなん、あんた家を出る前にわたしに何て言ったか、覚えてるよねえ?」
「あ、あはは、あはは」
「負けたらどうしよっかなー。ほれ、賭けるのは何にする?」
「そ、そうですねー。しばらくはあんまり俺に構わないでほしいなあー、とか」
「んふふー、いいわよー? ならわたしはね、逆にしばらくつきあってもらおうかなー?」
「そ、そうですねー。毎回思いますけど、師匠のほうが圧倒的に有利なんですけど」
「だから無理なお願いしてもいいって毎回言ってるじゃない。抱きたかったら抱いてもいいのよ?さて、楽しませてくれるんでしょ?」
「そ、そうですね。もう1回お願いします。お、お手柔らかに」
「もう1回言ったげる。だ・め」
 仲がいいのか悪いのか判断に困る師弟は、次の瞬間――消えた。
『!?』
 3人が目で追えないでいると、目より先に耳に状況が伝わってくる。音だ。何かを殴るような音が聞こえてくる。2人が戦闘行動を取っているのは明らかだったが、そのスピードそのものが桁違いに早かった。瀬里奈はようやく捉えて目で追う。リズと雪華はまだ周りをきょろきょろ見回しているだけだ。
(化け物……)
 視界に捉えた瀬里奈が最初に感じた感想はまさにそれである。部屋の中を縦横無尽に駆け回り、容赦の無い攻撃を雨のように繰り出して戦闘している。そのうち何発かは瀬里奈の動体視力をもってしても捉えきれていない。しかもその全てが急所を狙っていた。このまま一撃でも貰えば、間違いなく普通のヒトはあの世に昇天できるだろう。姿が見えずに音のみががしっ、ばきっと幾重にも重なって響き渡る。様子を見守っていると、ふと、師匠のほうがスピードを緩めた。
(チャンス)
 雪那はすぐさま間合いを詰めて正拳突きを繰り出す。瀬里奈にも辛うじて見えるほどのスピードだが、師匠はそれを待っていたかのように体の軸を半分だけ逸らしてかわした。
「ふっ!」
 そのまま雪那の腕を掴んで関節技を決めにかかる。が、黙っていなかったのは雪那だ。そのまま足を上に曲げ、師匠の腕に絡みつかせた。
「ちっ!」
 そのまま師匠の腕をあらぬ方向に折り曲げようとする。師匠も一旦手を外すために雪那に攻撃しようとした。しかし、雪那はさらに先を読んで言葉を吐く。
「こい」
「!」
 何も無い空間から一本の刀が現れる。すでに「握られた」抜き身の刀を、容赦なく師匠の頭に向って突き刺そうとした。
(決まる!?)
 瀬里奈が手に汗握って見守る。だが、今度はさらにとんでもない光景を目にするはめになる。
「は」
 軽く笑った師匠はそのまま――
 ガキイッ!
「!」
 なんと、顔のみを逸らして「歯」で刀を噛んで受け止めて見せた。余程強い力で止められたのだろう、雪那はそのまま師匠の顎の力であろうことか空中で体勢を崩される。まずいと思った雪那は、すぐに刀から手を離したが既に遅く、師匠は容赦の無い一撃を雪那の鳩尾に直撃させた。拳がめり込み、雪那の表情が苦悶の表情に変わる。
 バキッ!
 床にめり込んだ。
 バゴン!
 と、思ったら、あまりの威力に跳ね返り、そのまま雪那は天井に向って叩きつけられる。跳ね返った雪那がもう1度床にバウンド。この時点で、まず第1ラウンドは終わったようだ。


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