ダイアル・オン
 さん
時動狂想曲第2章
〜そんな馬鹿な〜



 チャイムが鳴り響き、教室にいた生徒達は一時学校の中で授業から開放される。今からお待ちかねの昼食タイムである。必要なヒトは終了と同時に購買へと戦争のために走り出す。食堂に向かうものは他のクラスのヒトを誘ってゆっくりと。だが、2年C組はそうはならなかった。転校生であるリズに全員が殺到したからである。
「リズちゃん、お昼一緒に!」
「食堂まだだろ? 案内も兼ねて――」
「男子は却下、下がってな!」
「なんだとこの!」
「リズちゃーん!」
「うわあああ」
 朝と同様にたちまち囲まれて、リズがどにいるのか見えなくなってしまった。このままだと放課後も同じ調子になるのではと思い、雪那のほうから切り出すことにする。
「皆、少しいいか? リズと話したいことがあるから、昼は譲ってほしいんだが」
 そしてこの発言はまたもやクラスメイトの格好の餌となった。
「譲って欲しい!?」
「やっぱり月代君が……」
「朝のは照れ隠しだったのか」
「雪那、貴様」
「だから誤解すんなってーの……」
 雪那は頭を押さえて呻く。話を聞いてくれないクラスメイトにどうすればいいか迷っていると、意外にも助け舟を出したのは京子だ。
「少々よろしいですか? 今回は転校初日もありますから、慣れてもらうためにも知り合いと一緒に学校内を回ったほうがいいと思うのですが。あまり押しすぎても、リズさんが疲れるだけでしょう?」
「はあ、京子、助かる」
 京子の言葉にクラスメイトたちは全員考え込み、結果、それもそうだということで落ち着いた。全員がリズを1回撫でた後、昼食を取るために移動することにする。
「いえ。雪那、瀬里奈もそうですけど、後で事情は話して頂けるのでしょう?」
「埋め合わせはするよ。さて、じゃあ行こうか。リズ、弁当とかあるの?」
「……うー」
 リズはこちらの話を聞かずに髪を整えている。全員から頭を撫でられたため、髪の毛がぐしゃぐしゃになってしまったのだ。不機嫌になりかねない彼女を見て、雪那と瀬里奈はもう一度話しかけることにする。
「リズ」
「んあ? ああ、どうしたの?」
「昼食、一緒でもいいか」
「うん。弁当は持ってきてる。どこで食べるの?」
「そうね、屋上にしようか。ベンチで並んで食べれば話しやすいし」
「食堂は?」
 頭によぎった光景はいうまでもない。
「食堂はな、中は広いけど結局席がほとんど埋まってしまうんだ。確保するなら急がないと間に合わない。また今度にしよう」
「そう。なら屋上ね。ほれ、雪那、案内案内」
 リズがせかし、雪那と瀬里奈は3人で屋上に向かう。できればここでなんで転校してきたかを全て聞いておきたいところだ。
 階段をひたすら上り、鉄の扉をゆっくりと開く。ぎぎ、と音を立てて開いた先からは、眩しいほどの光が差し込み、澄み渡った青空を写す屋上が目に飛び込んできた。この学校の屋上は比較的広いほうであり、バスケットコートも存在している。座ってくつろげるように長めのベンチも数多く置かれており、昼休みの間、放課後問わずくつろぎの場だ。
「うわあ、結構広いじゃん。見下ろせる光景も悪くないし、いい場所だね」
「でしょ? この学校で自慢できる場所の1つよ」
「とりあえず飯にするか。あそこで座って食べようぜ」
 ベンチに3人が座る。リズを雪那と瀬里奈で挟む形で座ったのだが――
「……」
「……」
「ん? どうかした?」
 リズは背が小さい。体格も小柄だ。この情景を見たら同級生には絶対に見えない。むしろ。
『妹……』
「なっ、失礼ね」
「いや、それは」
「あんまり大声で叫ぶなよ……面倒になるぞ」
「ぶー」
 ふてくされるリズ。だがなんだかんだ言いながら弁当を各自が開き、食事を採ることにした。3人とも弁当を食べているのだが、途中まで食べてふと、雪那が疑問を持つ。
「お前さ」
 弁当を食べていたリズの手が止まる。
「なに?」
「料理できねえだろ」
 思い出した。リズは料理が大の不得意で、一緒に組んでいた頃に食べさせられた料理は食材が可哀想になるほどの撃滅料理だったのである。酷い時は食べたその日に雪那は腹を痛め、そのまま病院でしばら入院生活を送ったほどだ。特にスープ系統は殺人級で、匂い、色ともになんとも無いが飲んだ瞬間に失神しそうになるほどの破壊力を秘めている。にもかかわらず、リズが現在食べている弁当の中身はなんと美しいことか。綺麗に詰められたご飯に色のいい卵焼き、唐揚げもおいそうであり、見ているこちらも少し貰いたくなってくる。だからこそ雪那はリズの弁当が不思議に見えているのだ。
「――。やべ、思い出したら食欲なくなってきた……」
「言ってくれるじゃないの」
 微妙に引きつった笑顔でリズは答える。話しについていけないのは瀬里奈で、疑問を素直にぶつけることにした。
「リズ、あんた料理駄目なんだ?」
「え? う、うん。本を買って来てちゃんと見てつくるんだけどさ、完成するとこの世のものとは思えない激物になるの。自分で味見してるときは大丈夫なんだけど、完成すると何故かね……。自分で失神しそうになったことなんて数知れずよー」
「いや、それは自慢しなくても」
 冷静に突っ込む瀬里奈。そこまで聞いて改めて弁当の中身を見る。確かに、中身は出来がよく、今現在聞いた話のような弁当には見えなかった。瀬里奈はそのまま箸を伸ばし、卵焼きを1つ拝借する。
「もらうね」
「あっ」
 リズが何か言う前に瀬里奈は卵焼きを口に運んだ。そのまま何度か顎を動かし、味を確かめる。雪那はどのような結果が出るのか楽しみにして見ている。もしこれで瀬里奈がまずいと答えればそれはそれで面白い。
 ごくん。瀬里奈の白い喉を卵焼きが通過した。
「おいしいじゃない。味付けもしっかりしてるし、話とは随分違うけど?」
「えー、嘘だー」
 雪那はあからさまな反論を見せた。信じれるわけがない。体験した記憶はそれを許してはくれなかった。すると、先程から黙っていたリズが口を開く。
「いやだってさ、作ったの私じゃないし」
『――はい?』
 二人は見事なまでに重なったタイミングで言葉を発する。左右から「何言ってんだこいつ」という表情で見つめられたリズは、自分が責められているような気がして慌てて答えた。
「だ、だから。私が作ったんじゃないの。だって、こんなうまくできるわけ無いじゃん」
「一応自覚はあったのか」
「うるさいわね。やらなきゃうまくならないんだから、練習するのは当然でしょ」
「俺は生贄の気分が良くわかったよ」
「おい」
 雪那と睨みあって真正面から対峙するリズ。話がそれたことに気付き、瀬里奈が弁当のことに話を戻してくる。
「リズ、なら誰が作ったわけ?」
 リズも話がそれたことを思い出して、瀬里奈の方に向き直って答えた。
「同居人」
「は?」
「だから同居人。彼女に作ってもらったの。日本料理は得意らしいから」
「住んでいる場所にもう1人いるのか?」
「うん。年齢の関係でさすがに学校にはこれないけど。どの道今日は帰りに住んでいる場所に案内しようと思ってるから、その時に顔を合わせるよ」
「そ、そうか」
 後々紹介してくれるというならここで無理に聞きだす必要もないと、3人は食事を続けた。リズが作ったのではないということに雪那は心から納得し、食事に潔く専念することができた。3人とも食べ終わって、いよいよ本題である。リズが何で、どうやって転校してきたか。目的も無しに動くとは到底思えないから、それを事前に聞いておこうと思ったのだ。
「してリズよ。なんでまた学校に」
 弁当を片付けているリズは、さも当然のように話す。
「暇だから。それ以外の理由が要るの?」
「い、いやさあ。仕事とか、じゃないの?」
「全然。こんな面倒な手続きしてまで学校に潜入して、それで仕事ってつまらないよ。これは仕事でもなんでもなく、ただ単に暇だから通うことにしただけ。幸い、金銭的には困らないし」
「ま、まあな。裏で仕事してれば金のストックはそれなりにあるだろうし」
「それと同居人の問題。そろそろいい年だけど相手が欲しいとか言ってね。しばらくはここに住むっていうから、便乗させてもらったの。ここなら、ついでに雪那に会えるし」
 どうやら転校してきた目的は本当に暇だから、らしい。リズの性格を知っている雪那としては、この話し方からするに本人は嘘をついていないことが伺えた。原因の1つに自分が前に出した手紙が関係しているのも明らかだったが。
「やっぱり手紙も、か?」
「うん。だって雪那があんなに楽しそうだって。なら、日本の学校はどんなものだろうかって興味が湧いてきてね。いかなきゃ損でしょ、面白いなら」
「ふーん。リズ、雪那とはかなり仲がいいんだ」
「ん。短い間だけど一緒に住んでいたしね。また会えるならそれに越したことはないと思ったし」
「ふーん」
「え、な、なに?」
 瀬里奈はしらけるような感じで雪那に視線を送る。
(……怒ってる?)
 最近はどうも鈍い雪那だったが、さすがにこれには気付いた。何かまでは分からないが、瀬里奈はお怒りのようである。が、原因がわからないためにその視線を受け止めておくことしかできず、冷や汗をかきながら話を続けることにした。
「あー、で? 手続きはどうしたんだ?」
 瀬里奈は目を逸らした雪那をまだ睨んでいたが、それでも話は続いていく。
「ここの学校に新しく赴任することになった教師と知り合いでね。もう少しでここに来るから、ついでに根回しして手続きしてもらった。騙すにはコツを掴めば簡単とか言ってたよ」
「コツっておい……」
 別の意味で冷や汗が流れる雪那。今度は教師達にばれずに大丈夫だろうか、という点である。だがリズはそれをあまり気にしていないようで、学校生活を満喫する気満々のようだ。これでリズが転校してきた経緯はだいたい理解できた。あとは周りの連中にばれないようにすることであるが、今日のクラスメイトの反応を見る限りでは問題はなさそうだ。何かあれば二人でフォローしたり、転校したてだからとでも言えばいい。雪那と瀬里奈は肩の荷が下りた気がして、ベンチに深く腰を掛けなおした。
「ふう。まあ、一応は問題なさそうだな」
「そうね。全く、一時はどうなるかと」
「あはは、でも面白いでしょ? 大丈夫、問題ないよ。楽しむときは目一杯。ね?」
 リズも同じように、深くベンチに腰を掛ける。3人で同じように真上を見上げた。そろそろ昼休みも終わりに近いが、できればここでずっとこうしていたい気分だった。天気もよく、今日は空には雲1つ無い。日差しも暑すぎず、このまま寝てしまいたいくらいのいい天気だった。のだが。
「に・い・さ・ん?」
 上を見上げていた雪那の目の前に、アップで雪華の顔が現れる。
「おあああっ!」
 たまらず驚いて、雪那はベンチから飛び跳ねるように立ち上がった。
「ゆ、雪華か。驚かすな、よ……?」
 なにやら様子がおかしい。笑顔で雪華は立っている。それはもう、これ以上にはありえないほどの笑顔で。ただ、気のせいだろうか。

 ――怒っているように見える。

「兄さん?」
「は、はいっ!」
 素直に返事をして、なぜか背筋を伸ばして雪華の声に応えた。リズと瀬里奈は楽しそうに会話をしている。
(もう見捨てるかよ!? 早すぎるだろ!)
 しかし、そんな声は2人には届いてくれない。雪華も二人のことは眼中に無いらしく、雪那に向って1歩、また1歩と接近してきた。
「せっかく兄さんに昨日は態度が悪かったと謝ろうとしたのに、なんで原因の女とこんなに仲良くお昼を一緒にして……」
 なにやらぶつぶつ雪華は呟いていたが、雪那のところにまではその声は聞こえなかった。けどなにか呟いていたのは聞こえたのだ。だから、雪那は。
「え? 何か言った?」

 ぷつん。

(あ。まずい)
 妹がどうなったかを本能的に雪那は察知した。もうこうなったら覚悟を決めるしかない。雪華は今度は笑顔ではなく、冷徹なまでの表情で雪那の前までやってきた。はっきり言って怖い。
「兄さん、次の授業は受けなくてもよろしいですね」
「――」
 宣告を跳ね除けることなど、彼女の前では許されないのだ――
 ズルズル。
「……いいの?」
「雪華はね、本気になると1番怖いの……」
 首根っこを掴まれて引きずられていく雪那を見ながら、2人はそんな会話をしている。雪那はこの後、帰りのHRまで姿を現すことは無かった。


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