ダイアル・オン さん 時動狂想曲第2章 〜そんな馬鹿な〜 放課後になり、リズの住んでいる場所まで案内してもらおうとした矢先。やはり朝、昼と同じようにクラスメイトたちがリズにたかる。瀬里奈はこれまた騒動が治まるまで待つしかないと傍観を決め込んだ。ちなみに雪那は体中包帯で巻かれた状態で教室に帰ってきた。かろうじて頭だけは額に包帯を巻く程度で済んではいる。最初は皆にどうしたと聞かれたが、そのたびに物凄い勢いで首を横に振るため、誰もが聞かないほうがいいのだろうと事情聴衆はやめている。いいクラスメイトたちである。 「うーん、うーん」 雪那は時折、傷が痛むのかこのように唸っている。京子が大丈夫かと聞くと、多分、と答えてまた机に突っ伏した。 「一応大丈夫みたいですけど」 「タイミングが悪かったからね……あそこを雪華に見られからその時点で手遅れだった」 恐らく、あの後どこか人目のつかない場所に連れ去られて色々されたのだろう。雪華は間違いなくSだ。 「ああ京子。帰りはリズの家に寄っていくから、別で」 「朝からリズさんにべったりですね。まだ話してくれないのですか?」 すると、瀬里奈は京子を教室の隅まで連れて行き、小声で耳に事情を話した。 「あのさ、彼女、裏での知り合いなんだ。面倒があるといけないから、経緯とかどこに住んでいるか把握しておこうと思って。いきなりだったからさ、こっちもまだ」 「……ああ、そうだったのですか。でしたら構いません。椿にはこちらから話しておきましょう。学校に面倒が及ばないようにしてくださいね」 「さんきゅ」 ウインクして京子に手を合わせて感謝のポーズ。京子も笑ってそれに返してくれる。裏の事情という言葉は便利なもので、少なからず話を聞いている京子には最も言い訳として効く言葉だ。京子自信も体験が無いわけではないので、それには素直に従うことにしている。 京子との話が終わる頃には、リズが皆から解放されて再び乱された髪の毛を整えていた。 「おや? もう終わりなの?」 「うー。引越し直後で、荷物整理があるって言って開放してもらった。もう、頭を撫でるのは勘弁して欲しいよ」 「好かれてる証拠じゃない。役得だとでも思えば?」 「それはわかってるけどね」 髪を整え終わり、瀬里奈のほうに向き直る。京子は先に椿のところに行ってしまった。あとは机に突っ伏してる雪那だけである。どうしようか考えた末、瀬里奈は雪那の背後から耳に向って小声で話しかける。 「――兄さん」 「おあああああああああああああっ!」 叫んだ雪那はそのまま瀬里奈に向って土下座して、物凄い勢いで謝りはじめた。 「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」 「ちょっ、雪那?」 「許してくださいお願いだから」 「い、いや、ね? あたし雪華じゃ」 「お願いだから縛ってあれはやめてえええええ」 「……」 「……」 瀬里奈もリズも、口が開いて塞がらない。何があったのかは不明だ。が、雪那にトラウマになるほどの何かをされたようだった。というか縛ってって。別な意味で興味も湧いてきたが、このままだと先に進まないため、リズが傍によって話しかける。 「冗談だから、落ち着いて」 「……へ? じょう、だん?」 「あー、御免。ここまで激しい反応するとは思ってなくて……」 何度か目を瞬きして、2人の顔を見合わせて確認する。すると、相手が雪華ではないことを確認した雪那は一気に力が抜け、地面に倒れこむようにして寝そべった。 「うああああ。なんだ、本人じゃないのか」 脱力した雪那は安堵の表情になる。大きく深呼吸して立ち上がった。 「はあ、これで安心できる」 「なにがですか、兄さん」 「――」 ゆっくりと首を横に曲げていく。ぎしぎしと音を立てそうな感じで。瀬里奈はやばいといった表情をしている。リズはどうしたらいいかわからず、観客になることに決め込んだようだ。雪那がゆっくりと首を動かして見ると、そこには間違いなく妹の姿があった。 「監視の意味できました。どうせそこの女の部屋まで行くんでしょう」 外れていない。さすがは我が妹である。 「じゃあいきましょうか」 雪華はそのまま雪那と腕を組んで歩き出す。兄妹でなければ恋人同士に見えるだろう。だが、当の本人達はそのような心境ではなく、監視するものとされるものの立場である。うなくはいかないものだ。瀬里奈とリズも、こればかりはしょうがないと生徒玄関へ向かった。 玄関で靴を変え、外に出て四人で歩く。雪華がくっついたままで歩いているため、雪那は歩きにくいことこの上ない。睨まれつつも歩いていく。宮崎家とは逆の方向に進み、商店街を抜けた先。 「ねえ。ふと思ったんだけど」 「なに?」 「こうも簡単に一軒家が京都内にぽんぽん建つのは不思議」 「これ、前にいた家族が引っ越したから安値で手に入れたって言ってたけど。そっちも一軒家なの?」 「そ。まあ、こっちは綾乃さんがすでに購入済みだったわけで」 「転がり込んだようなものね」 「うん。まあいいか」 見上げた一軒家は中々の大きさだ。小さいながらに庭があるのは宮崎家に似ている。玄関のドアを開け、リズが中に入った。遠慮せずにはいるよう言われたので、残る3人も中に入る。 「玄関は綺麗だね。すぐに掃除したの?」 「一通りは。運んだ荷物を出す作業は自分の分は終えたよ。あとは同居人の分かな。あっちは先に掃除と家事やってたからまだ終わってないみたい。足りない分の買出しとかも行ってたしね」 「……そのお方とは話が合いそうです」 「雪華、そろそろ」 「駄目です」 ひっついたままの雪華をどうにかしてはがそうとするが、やはり雪華ははがれてくれなかった。しかもまたもや睨まれ、昼休みでの出来事を思い出してしまい、雪那は本気で泣きたくなってくる。このままその同居人にこの姿を見られたら、誤解を招かずにはいられないだろう。今からでも遅くはないだろうと言い訳を考えておくことにした。もっとも、この言い訳なんてものは結局効果をなさないのであるが。 「じゃあ居間にいこうか。そこでなんか飲みながら話しでもしよ」 リズに続いて居間に移動する。敷かれた白いカーペットは汚れが目立ちそうではあるが、現在は特にそのようなことは無いようだ。ソファーに座らされて、リズが何か飲み物を持ってくるというので待つことにする。台所からはなにか話し声が聞こえてくる。どうやら同居人はすでにいるようだった。座ったままでも離れようとしない雪華に雪那が困り果てていると、リズがこちらにやってくる。同居人も一緒だ。 「おじゃましてます」 「はい、いらっしゃい。……あれ?」 同居人は雪那のほうを見て固まった、雪那も同じように見つめて固まっている。雪華はその反応を見て、すぐに雪那に掴みかかろうとした。が、雪那はあまりにも唖然としすぎてて反応そのものがない。さすがに雪華も不思議に思い、改めて同居人を見る。 黒髪。流れるように美しい髪で、触れば滑らかに滑りそうなほどに美しい髪の毛だった。腰の辺りまで伸びている髪の毛を、首のうなじの辺りで結っている。目付きは優しく、口元に至るまで歪みは見受けられない。歳はそこそこだろうか。だが取りすぎ、という風にも見えなかった。間違いなく美人に分類される人物だ。だが、それよりも雪華が目をつけたのは立ち振る舞いである。普通にしているようで全く隙が無い。今すぐに殺そうとして奇襲をしかけても、絶対に成功しないだろうと思わせるほどの振る舞いである。ここまで優れた武の達人を見たことが無かった。警戒を解かないまま雪華が黙っていると、ようやく口を開いたのは雪那である。 「し、師匠(ししょう)おおおおーーーーー!?」 『えええええええええええええええええええええええええええーーーーーー!?』 |