ダイアル・オン
 さん
時動狂想曲第2章
〜そんな馬鹿な〜



 叫んだ状態で2人は固まってしまった。京子は「あらまあ」という表情をしている程度だが、事情を全て知っている雪那と瀬里奈はそれどころではない。前代未聞である。
「なんだ、もしかして2人と知り合いか?」
「はい。2人とも知り合いです。仲がいいですから」
「ほう、そうか。なら澤井、お前の後ろに席は決定だ。いいか?」
「――」
 口が利けないものの、そのまま顔を上下にカクカクと動かす瀬里奈。これによって、雪那と瀬里奈に最も近い位置にリズは居座ることになった。
「なら席は用意するから、少し待ってくれ。これで終了だー」
 担任の声を合図にHRは終了する。すると、人形のように可愛いリズに、女子が一斉に群がる。揉みくちゃにされながら、リズはクラスメイトからの激しい歓迎を受けることになった。
「きゃー! 可愛いー!」
「ね、ね、リズちゃんはどこの国の子!?」
「ねえ、私にも触らせてよー!」
「うわあああ」
 リズはたちまち囲まれてしまい、後ろからではどこにいるのかわからない状況になる。その隙に2人は作戦会議に入った。京子がこちらに目で合図を送ってくるが、後でとサインを出して会議を始める。
「どうする?」
「やばいなあ。予想してなかった」
「でも不可能じゃないのよねー。盲点というか、なんというか」
「年齢が基準値を満たしているのが大問題だよな。できない芸当じゃない」
「手続きはどうしたんだろ」
「それは本人しか知らないだろ。一応面倒にならないように釘は刺しておかないとな」
「それ以外は普通の知り合い、友人として対応するしかないようね」
 対応方法はそれしかない。事情を知っている自分達が彼女をどうにか押さえておくしかなさそうである。性格を熟知している雪那は、特にからかわれることが多くなるだろうし、事情を知る瀬里奈も万が一が無いようにしなければならない。当の本人が1番口が軽そうなことが問題ではあるが、こちらが気をつけなければ元も子もないのだ。
「よし」
「雪華ちゃんはどうする? 保険をかける意味でも話した方がいいと思うけど」
 思い描いた妹は鋭い目付きでこちらを睨む。
「……ま、まあ後にしよう。今言うと俺が殺されそうだ」
「はあ。そうね」
 瀬里奈が呆れながらも返事をすると、担任がリズの机を運んできた。場所は先程の宣告通り、瀬里奈の後ろの席である。
「澤井。転校したてでリズも不安だろうから、仲良く頼むぞ」
「はい。それは大丈夫ですよ」
「そうか。月代も、な。親御さんの事情でこっちに来ているらしいから。表面上はともかく無理している場面も出てくるかもしれん。2人とも、頼むぞ」
「――、あ、はい。任せて、ください」
 つい口から出たセリフがこれである。担任は安心した表情でその場を去っていった。再び、2人は顔を見合わせる。
「親御」
「さん、だと?」
「聞いてもいい? いる」
「わけない。あからさまな嘘だ」
 揉みくちゃにされていたリズが、ようやく自分の席に着席した。そして、「初めての」日本の学校での感触を確かめているようだ。何かを企んでいるようないやな表情を向けて、2人の会話に割り込んでくる。
「はあい」
「はあい、じゃねえよ」
「まさかいきなり転校してくるとはね。雪那から『全部』聞いてるから、びっくりした」
「そうでしょそうでしょ。驚かせるためにわざわざ住む場所探してまで来たんだから。驚いてくれないと頑張った甲斐が無いよ」
「変なところに努力しすぎなんだよ、リズ」
 ぼやく雪那を横目に、リズは随分と嬉しそうにニコニコしていた。当然、転校生であった瀬里奈や雪那と知り合いとなれば他のクラスメイト達は黙っていない。一気に3人は囲まれ、事情徴収を受けることになる。
「月代君も知り合いなの!?」
「瀬里奈、この子の事教えてよー」
「雪那、昼食を奢るから情報交換してくれ」
「月代、友に情報を送らないわけじゃあるまい」
「リズちゃん、写真取らせてー」
「ね、リズちゃんは2人とどういう関係なの?」
 三者三様に言われる状態が続く。次の授業まで残り時間が少ないので雪那は一旦話を切ろうとしたが、リズはここで思いもよらなかった発言をする。リズは雪那のほうを向いた。笑った表情と青い瞳。
(げ)
 なんとなく、まずい予感がしたのだ。そしてそれは的中する。リズの身長は雪那の半分くらいしかない。にも関わらず、リスは素早く雪那の首に手を回して勢いよく抱きついた。抱きついたリズは、雪那の胸に顔をうずめて嬉しそうに甘える。
「ダーリン、会いたかったー♪」
「だ」
「ダ」
「だだだ」
『ダーーーーーリン!?』
 クラスメイト全員が一斉に口を揃えてその単語を口にする。瀬里奈は完全に硬直し、遠くから様子を伺っていた京子は驚きのあまり目が飛び出そうなほどの表情をしている。雪那は顔を真っ赤にしてすぐに反論した。
「ば、この、誰がダーリンだ!」
 リズがこの程度で収まると思ったら大間違いである。挑発するような表情を見せ、雪那に抱きついたまま話を続ける。
「やん、ダーリン、互いに契りを交わした仲じゃない♪」
「何が契りだこの野郎!」
 雪那は必死にリズを引き剥がそうとするが、恐ろしいまでの腕力で掴まれているため、引き剥がすことができない。
「あんなに甘くて熱いキスしてくれたのに……」
「してねー!」
 クラスメイトたちはひそひそと話し始める。
「あの時は嬉しかったな……ちゃんと舌まで入れてくれて、あ、恥ずかしい……」
「お前からかうのもいい加減にしろー!」
 うっとりした表情でリズは雪那の胸に顔をうずめる。雪那は引き続き引き剥がそうとするが、これまた剥がすことができない。顔を真っ赤にしているのは恥ずかしいからだと誰もがそう思いこみ始めていた。クラスメイトの声が耳に痛い。
「うわー、雪那君ってあんな趣味あったんだ」
「ダーリンは厳しいかな。でも海外だとわからないしね?」
「月代、お前という奴は……」
「畜生、羨ましすぎるぜこの野郎」
「全員で殴り倒しても反論させねえぞ」
「ちょっと待てお前等! 俺はリズとそんな関係になった覚えは無いぞ!」
「その状態で反論されてもねー」
「説得力に欠けるよ、月代君」
「なんでじゃああっ!」
 雪那が本気で困り果て、リズは楽しそうに抱きついている。と、そのリズの頭を誰かが、がしっと鷲掴みにした。
「へ?」
 リズすらが驚くほどの腕力を持って、リズを雪那から引き剥がす。そのままリズの体を上空に持ち上げてしまった。誰もが驚いてその光景を見ている。今日は朝から驚きの連続だ。
「んふふふふー」
 怒りの表情を見せながらも顔は笑顔。鬼と化した瀬里奈が、片手でリズを持ち上げていた。
「リ・ズ? おふざけはその程度にしましょ? 学校生活が満喫できなくなるよ?」
 さすがのリズもこれには冷や汗ものだ。やばいと思い、素直に瀬里奈に謝ることにする。
「あ、あはは、あはは。ごめーん。ふざけ過ぎたのは認めるから、下ろしてくれないかなあ?」
「んふふ。わかればいいのよー」
 ゆっくりとリズを床に下ろす。リズは掴まれた頭を撫でていたが、その間に瀬里奈が他の皆に説明をしてくれた。それによって誤解と分かったクラスメイトたちは、残念そうな顔をしたり、ネタになったなどと呟きながら各自が席に戻った。そんなやりとりが終わる頃には、最初の授業のチャイムが鳴り響いていた。
「はあ、リズ、勘弁してくれ」
 雪那が小声で話しかける。
「ちょっとふざけすぎたかな。ごめん」
 瀬里奈もリズに小声で話しかける。
「全く、ふざけすぎ」
「御免ね、えっと」
「澤井瀬里奈。名前呼び捨てでいいよ、リズ」
「そっか。じゃあよろしくね、瀬里奈」
 何とか事なきを終えて授業は開始される。ここから先、雪那はさらに苦労を重ねるのだと内心覚悟を決めていた。


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