ダイアル・オン
 に
欲望争奪奮戦記
〜やらねばいったい誰がやる〜



 こんな状況を経て、第1回雪那争奪戦は幕を開けた。
「よ、よし。じゃあくじを――」
 ズバババッ!
「――」
 一瞬にして全てのくじがなくなる。綾乃は唖然としながら残る一本を抜く。
「あー、それじゃあ、トーナメント表の通りに始めるぞ。まずは3番と6番」
「私です」
「アティだー」
 その後は血で血を洗う死闘が開始されたのはいうまでもない。雪華が魔法で催眠誘導しようとすれば瀬里奈と取っ組み合いになり、一回戦で瀬里奈に敗北した椿は本気でへこんで保健室の隅でいじけていた。綾乃は殺気を惜しむことなく表に出して睨みつける雪華の気迫に押され、負けようとしたわけではないのだがそのまま押し切られて1回も勝利できなかった。
「はああああっ!」
「ええええいっ!」
 気迫の篭ったジャンケンを行い、現在は2回戦。京子がアティに勝ち、瀬里奈が椿に勝って対戦中だ。雪華は綾乃に勝利したことによりシード権を得たため、決勝まで待つのみになっている。
 同時に出された両者の手はグー。再び仕切りなおし。両者が二ポイントずつ取っているため、これで勝負を決するのみ。しかし、あいこの状態で互いに譲らず、もう12回目である。
「はあ、はあ」
「ふう」
 1回ごとにこれだけ気合を入れているため、体力的にも随分と疲れてきている。息が上がってきている状態でも、放たれる気迫は衰えることを知らない。
(うーむ。ここまで本気になるとは思いもしなかったが)
 立案者である綾乃は殺気から逃れて机の椅子に座っている。煙草を吸って落ち着きたいのだが、場所が保健室であるため煙草は厳禁だ。懐に入れた手を止め、何事も無かったかのように視線を下から2人に戻す。瀬里奈と京子はまだ続けていた。
(まあ女の子だしな。忘れていたわけではないが、どうにも予想外だった)
 窓から見上げた空は、綺麗な夕焼けだった。これを見ていると色々な意味で心が表れていくようである。後ろで起こっている勝負の声が耳に入らなければ。
「っっっっっしゃああああああああああああああー!」
「くああああああああああっ……」
 片手を天井に突き上げて勝利の喜びを噛み締める瀬里奈。最終的に勝利は瀬里奈の手に収まった。京子は両手を床について崩れ落ち、勝利者である瀬里奈の前に膝を突く。そのまま瀬里奈は視線を雪華のほうに移動させる。恐ろしいまでの殺気を放つ雪華を前にして、瀬里奈は一歩も引くそぶりを見せない。それどころか、両腕を組んで雪華を挑発し始める。
「んふふ〜。雪華ちゃん、お兄様の唇を貰っちゃうよ〜」
「……させません!」
「兄妹でキスのほうが問題ありな気がするけどね」
「それでも今現在は認めません、兄さんとのき、きき、キスは私が代行して――」
「代行ってなんじゃそりゃ……」
 優勝に一番近い位置にいるにも関わらず、雪華の頭の中は軽いパニック状態になっている。キスはさせないことに反応するものの、話す言葉は落ち着きが見られない。
「恨みっこなし。いいね?」
「ま、負けません!」
 そのまま決勝戦へともつれこんだ。互いに溜めに溜めてから最初の一手を出そうとしている。ピリピリした空気は周りの雑音すら掻き消そうとするほどに感じられ、観客と化したアティと椿も手に汗を握ってことの成り行きを見守ることにする。ちなみに京子はそのまま椿と入れ替わって隅でいじけている。
(全く。本気になりすぎだ、2人とも――ん?)
 綾乃も見守っていたのだが、その時、視界に妙なものが入り込む。保健室の窓の下に、小さな人物が姿を現したのだ。さすがにアティよりは低くは無いが、その外見からして高校生にはどうやっても見えない。服装も当然、学校の制服ではなかった。気になってそれを見ていると、窓の外の人物もこちらに気付き、開けてくれないかとサインを出してきた。
(――)
 事態を混乱させることを頭に思い描いた綾乃は、そのまま窓を開けて少女と話をすることにする。あまり良い空気ではなかったため、気分転換も兼ねて窓を開けることにしたのだ。
「はあい」
 開けると真下にいた少女は笑顔で手を振ってきた。青い瞳に青い髪の毛。肌は決め細やかで美しく、放たれる雰囲気はただの少女で終わらせてはくれない。
「何か用か? ここは学校だぞ」
「まあまあ。そんな邪険に扱わないでよ。似たような波動を感知したからね、もしやと思って来て見たの。そしたら大当たり」
「大当たり?」
 首を傾げる綾乃を前に、青い少女はそのまま話を続ける。
「ベッドで寝てる男、捜してたのよー。いやー、見つかってよかった。これで仕事優先にできる」
「雪那に用か」
「うん。でも寝てるみたいだからまた今度でいいや。ここの生徒でしょ?」
「ああ。ここに来れば呼んでやっても構わないが」
「お姉さん話が分かるね。じゃあ今度来たらまたここによるよ」
 話していやみが感じられない人物である。笑っている笑顔は魅力的で、自然とこちらも肩に力を込めずに話すことができた。初対面だというのに、随分と不思議な人物である。
「ところでさ、後ろの2人は何であんなにピリピリしているの?」
 窓から覗き込んで瀬里奈と雪華を見る。一目でわかるほどに気合が篭っていた。互いに1ポイントずつの状態で膠着しており、あいこでどちらも譲らない。
「まあ少しゲームをな。優勝者は雪那に口移しで薬を飲ませる、というのだが」
「薬? 具合悪いんだ」
「二日酔いだよ、飲みすぎ。ほれ、これだ」
 透明な液体薬の入った瓶を少女に見せる。すると、少女は物珍しそうな顔でその瓶を覗き込んだ。興味津々のようだ。
「これ」
「まあ非合法で私が調合した薬だが。効果は多分大丈夫だろう。実験も兼ねて雪那に飲ませるのだが」
 少女に説明をしていると、綾乃はそこでまた頭の中を回転させた。妙案、もとい悪案を思いついたのである。目がギラリと光る。目の前の少女はイレギュラーだ。だが、雪那のことは知っている。これを利用しない手は無い。少女の耳元に顔を近づけ、そのままこうして欲しいと吹き込んだ。言われた少女の反応は――
「……ニヤリ」
 こちらもこちらで性格があまりよろしいとは言えないようだ。すぐに同意して、そのまま作戦を遂行することにした。少女は窓から保健室の中に入り込み、2人がこちらを見ていないことを確認すると。
「んっ」
 口の中に瓶の薬を全て流し込んでしまった。その光景を見てしまった椿とアティは、あまりにも予想外な光景に口を利けなくなり、口をあんぐりと開けて固まってしまう。少女はそのまま雪那の寝ているベッドに移動していく。呆然としていた2人はまさかと思ったが、そのまさかは現実のものとなった。少女は躊躇うことなく――
「ああああああああああああーっ!」
 椿が残る声を絞り出して叫んだ。勝負をしていた2人も、隅でいじけていた京子も何事かと椿のほうに視線を向ける。震えながら椿が向けた指先の更に先。
「なああああああああああっ!」
「にいいいいいいいいいいっ!」
 意味の分からない声の合わせ方で瀬里奈と雪華が声を上げる。
「んっ……むっ、んっ……」
 少女は目を閉じてそのままキスをしている。雪那の口にどくどくと薬を流し込んだ。
「あ、あわ、あわわわわわ」
「な、な、ななななななな」
 驚愕のあまりに空気は一変し、綾乃以外は全員震えながらその光景を見ている。
「んむっ、んっ……」
 雪那は苦しそうな顔をしながらも薬を全て飲み干した。が、まだ起きるわけでもなく、鼻で呼吸しながら睡眠を続ける。口をつけた少女は薬を流しても話すことは無く、そのままキスをし続けた。
「んう、むっ、んんっ、はむっ」
「あわわわわ」
「ん、んふう、んっ、む、んんんっ」
「はわわわわ」
「ん、ちゅ、ぴちゃ」
「!」
 さらに舌まで中に入れてキスを続ける。誰か止めればいいのだが、こんな状況を見せ付けられて誰もが動くことはできなくなっていた。
「んっ、む、ちゅっ、はあんむっ」
 
 そのまま呆然として見続けること数分後。少女はようやく口を雪那から離し、うっとりとした表情で唇を人差し指で拭った。起きない雪那は神経が図太いわけではなく、少女が密かに催眠を促す魔法をかけていたためである。強力な睡眠薬と同様の効果があるため、簡単には起きはしない。唇を離した瞬間に、その魔法を解いた。
「ふう……」
「――」
 各自が茫然自失で様子を伺っている。雪華に至っては舌を入れたのを確認した瞬間に気を失ってしまい、現在はうなされながら保健室のソファーに寝そべっていた。
(久しぶりにこんな濃厚なキスしたかも。はあ……)
 少女は振り向いて住人達の表情を伺う。さすがに瀬里奈が口を開いて応戦した。
「な、何やってんのよ……」
 すると少女は悪びれた素振りすら見せず、
「ごちそうさま♪」
 と、唇に人差し指を当てて微笑んだ。

 ぶちん。

 瀬里奈は頭の中で何かが完全に「きれて」しまったのを自覚する。そのまま一瞬で少女の懐に入り込み、鳩尾に向ってアッパーを繰り出す。加減をしていない一撃のため、京子や椿には捕らえられるスピードではない。勿論、目の前にいる少女も対応しきれるはずなどないのだが。
 がしっ!
「!?」
「もう、そんなに暴力的にならなくてもいいじゃない」
 笑顔で瀬里奈の拳を受け止める。瀬里奈はきれていたため、本気で殺すことも構わずに全力で拳を放った。それを、この少女は笑いながら、しかも片手で受け止めたのである。いきなり完全に拳を止められてしまい、瀬里奈は驚いて静かに拳を引いてしまった。
「……え?」
「あ、もしかして恋人とかだった? それならさすがにまずいか。うーん、でもそうには見えなかったけど」
「嘘、じゃない?」
 手を2、3度握っては開き、自分の感覚がおかしくないことを確認する。部隊からも抜け出し、確かにここ最近は戦闘行動をろくに行っていないため、実力は最盛期よりは落ちているだろう。だが、それでも常人では話しにならないくらいの実力は有しているはずだ。
「いい拳だけど、まだ甘いかな。普通に見ればかなり高いレベルだけど、私からすればまだまだ」
「!」
 その言葉に反応して、瀬里奈は再び少女に拳を突き出した。ただし、今度は一撃ではなくそのまま乱撃だ。何発もの拳を繰り出し、保健室の中を縦横無尽に駆け回る。天井や横の壁すら利用して拳を放ち続けた。が。
「おほほほほほ」
 ばばばばばばばっ!
「くっ!」
 瀬里奈の攻撃は全て少女の片手で弾かれてしまう。手加減など微塵にもせず、瀬里奈は本気だ。それにもかかわらず、少女は余裕で全てを捌いていってしまう。目の前で繰り広げられる光景がとてつもないもので、目で全てを追うことのできない京子や椿は唖然とするばかり。
 がしいっ!
 再び瀬里奈の拳を手でしっかりとキャッチする。すると、瀬里奈は足で追撃を仕掛ける。が、
 ばしいっ!
「はい、残念」
 少女は両手で瀬里奈の片手と片足を掴んでしまった。瀬里奈は器用にもそのまま立っているが、目つきはきれたときとはまた別だ。視線でそのまま問いかける。何者だ、と。
「ちょっとだけ器用な女の子。そういうことにしておいてね」
 静かに掴んでいた瀬里奈の手と足を放す。瀬里奈もそれ以上は追撃を仕掛けようとせずに、黙って少女を見続けた。少女はそのまま窓際に向かい、外にひょい、と飛び出してしまう。こちらを振り返り、小さな手を振って、
「ばいばい。どうせまた会うことになるから、今日はここまでね」
 と言っていなくなってしまった。その後は全員何も言えずに雪那が起きるまで待つことになる。これが雪那が6時30分に起きるまでの事の?末だった。

 話を聞いた雪那は口を開けて呆然としている。
「雪那、あいつ誰?」
 瀬里奈が真剣にそう問いただしてくる。部隊に所属していた頃ですらあれほどの実力者は見ていない。間違いなく隊長クラスだ。へたをすれば、雪那と互角にやり合うかもしれないほどであると瀬里奈はふんでいた。そのため、他の住人が向ける好奇の視線とは違い、真面目に雪那に質問する。質問された雪那は、しばらく口を開けていたものの、なんとかそれに答えた。
「……あー、ここだとまずい」
「は?」
そのまま雪那は起き上がり、瀬里奈を保健室の隅に連れて行く。そして、耳に小声で話しかけた。
(裏の住人での知り合いなんだよ。家族の前で話せない)
(そういうこと。なら、後で話してくれる?)
(ああ、さすがにな。雪華はまだしもお前なら話は通る)
(わかった。じゃあ後で、ね)
 裏の話であれば簡単にはいかない。先程あれだけの戦闘をこなしておいて今更ではあるが、込み入った話であれば雪那の意見を無視するわけにもいかないだろう。それに話してくれるのであれば、待てばいいだけだ。
「2人とも、意見は」
 綾乃が切り出してくる。雪那と瀬里奈は何食わぬ顔で対応した。
「昔の知り合い。転校してくる前に知り合って。日本に来ているのは知らない」
「まあそういうこと。誤解が無いように話してくれたけど、聞いたのは同じことだよ」
「あの、瀬里奈。さっきの動きは――」
「んっと」
 次は瀬里奈がつまる番である。京子には部隊名を伏せて話しは通してあるし、大分削除して今までの事情を話しているため、戦闘での動きが予想を遥かに越えたもので疑問を持ったのだろう。
「うー」
「それも昔の話し。あんまり話したくないこともある。京子、全部1から10まで話さないと信じてはもらえないか……?」
 ここで助け舟を出したのは雪那だった。同じ過去を背負っている身として、瀬里奈を見捨てるようなマネはしない。京子は雪那の目をじっと見ていたが、やがて納得したように目を瀬里奈に向けた。
「……わかりました。そこまでしなくても信じているのは本当です。ただ、あまりにもすごかったものですから、つい。これについては聞かないほうがいいみたいですね」
「御免ね、京子。助かる」
「いえいえ。さて、では帰りましょうか」
 京子が促して、各自は帰宅することにする。少女が予想外の行動で勝負を無しにしてしまったため、こだわった事や喧嘩をするような事態にならなかったのは幸いか。雪那はここに来る前は世界中を周っていたので、知り合いと答えればそれ以上は聞く必要もない。
「まあ、今日は騒動を起こした原因として責任を取ろう。全員で外食でもいかないか」
 綾乃の予想外の言葉に、全員が目の色を変えて話しかける。
「アヤノ、ほんと!?」
「うは、外食なんて久しぶり」
「ふふ、いいですね」
「……食費の調整はどうせ俺だろう」
「わかっているな。明日からは少ない金額でうまいもの、期待しているぞ」
「了解。任せろ」
 雪那も意気投合してきたところで、保健室から出ようとする。と、不機嫌な雪華がそのまま雪那の傍によってきた。睨まれるように下から雪華は見上げてくる。
「事情の説明はそれだけですか」
「雪華ちゃんにはサービスでデザートまでつけましょー」
「兄いいいいいいいさあああああああん!」
 どごむ、という鈍い音と共に、雪華の拳が雪那にめり込んだ。気を失った雪那を、雪華が片手でずるずると引きずっていく。
「……ユカ、すごいね」
「……実は本気にさせたら1番まずいのは雪華じゃないのか」
 冷や汗が流れるのを感じながらも、残る全員は雪華に続いて学校を出ることにした。


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