ダイアル・オン
 に
欲望争奪奮戦記
〜やらねばいったい誰がやる〜



(キス! これこそまさに神が与えたチャンス!)
 瀬里奈は頭の中が痛くなるほど考え尽くしていた。なにせ優勝の暁には雪那の唇である。
(これは……純粋な勝負。そう、純粋な勝負だから。勝って優勝商品が雪那なだけ。そう、だから無理矢理でもなんでもない)
 心を奪われた相手(現在進行形)の唇ゲットのチャンスである。ここは付き合いが一番長い自分が奪うのが妥当であると勝手に思いこんでしまっている。瀬里奈の中での雪那ランクは、
  テュッティ(神)<自分<雪華<京子<綾乃<椿<アティ<×100ロイ(下僕)
 である。アティは年齢差からいって論外。椿は恋愛感情とは別の意味での信頼を雪那に置いているから低め。綾乃はダークホースだが立案者である以上面白半分のはず。京子は学校でのいる時間が長いし、他の男には興味を示さない京子が唯一平気で話せる相手だから。そして最大の壁は雪華である。兄以上の気持ちを隠していると言い切れる。女の勘だ。さすがに最終的に兄とくっつきたいとまでは言わないだろうが、それでも現在は理想の男性として譲らないであろう。その上に自分がいる。最も付き合いが長い自分は、間違いなくこの位置に君臨しているはずなのだ。ここで負けることは今までの時間が意味が無かったということになりかねない(妄想です)。
(あたしは、勝つ。絶対。あたしが勝たねば誰がやる……!)
 そう決心すると、心の中にいるテュッティが笑顔で微笑んでくれてた。
『あなたなら雪那を任せれるから――(妄想)』
 そう言ってくれて励ましてくれている(妄想)。かつての親友であり、雪那の恋人が太鼓判を押して応援してくれているのだ(妄想)。ここで雪那との関係を一歩進める。ここからウハウハで甘あああああい学校生活を送る第一歩とする。これを期に毎朝おはようのキスとか手作り弁当で昼は一緒とか関係が進めば夜はベッドでねっとりとした甘い一時を……
「うふ、うふふふ、うふふふふふふふふふふふ」
「せ、瀬里奈、お前ちょっと怖いぞ……」
 自然と口元がにやける。さすがの綾乃もこれには後ずさりせずにはいれなかった。

(雪那とキス、ですか)
 京子は真剣に考えていた。綾乃の考えはいつも突発的である。今回も遊び心あってのことだろうが、事情が違うのは綾乃ではなくこちら側、つまり学生サイドだ。この年齢の少女達は何も考えずに同年代の男子とキスできるほど簡単にはできていない。京子も例外ではなく、雪那とキスするとなると真剣に考えなければならなかった。結論。
(……してみたい、ですね)
 こうなった。他の男子ならまだしも、相手は雪那である。宮崎家でも頻繁に顔を合わせ、勿論クラスも同じためにほぼ四六時中顔を合わせている男子。初めてまともに深く接した男子であり、プライベートに至るまで一緒の雪那には好意を抱いていないわけがない。ただ、京子は家が厳しかったことといわゆる「お嬢様」として育てられたため、恋人関係になった相手が1人もいない。その感情もどのようなものか、自分自身で掴みきれていないところがあるのだ。恋愛とはいかなるものかを確かめるためにも、ここで雪那とキスすることは重要な役割を果たす。
(父様以外で親しい初めての男……いやね、初めての男って響きがいやらしい)
 頭の中ではそんなことを考えながらも、京子は雪那の笑顔が頭から離れない状態になる。あの笑顔を見ると安心できる自分がいるのも確かなのだ。ならば、次はヒトとしてではなく、男としてどうか、である。
(魅力は……まあ奴隷体質。女の言うことは基本的に断りませんね。ですが彼の場合はいやいや言いながらも最後は笑ってくれるところに魅力を感じます。一緒にいても飽きない、というのも魅力の1つですか。あとは結構無理が利く)
 最後の1つはまあ色々な意味で無理が利く、である。体力的にもなんにせよ。
(瀬里奈と雪華ちゃんは間違いなく本気で来るでしょう)
 次はライバルの分析に入る。この2人は要注意だ。負けたらしばらくの間は冗談ではなく、本当に口を利いてくれそうに無い。それだけ向こうも本気なのだろうが。
(綾乃さんはお遊び。アティちゃんは恋愛感情ありではない)
 この2人はどちらかといえば自分達の反応を見て楽しむだろう。そのため、勝負そのものにはあまりこだわり過ぎないはずだ。そして残るは親友にして、最大の相手となるであろう、
(椿、ですね。恐らく瀬里奈と雪華ちゃんはマークから外すでしょうが、私はそうは思いません)
 大の親友同士である京子と椿は、宮崎一家の中でも一緒にいる時間が特に多い。そのため、互いに腹を割って話すことなどいくらでもあるのだ。京子は前に椿が雪那をどう思っているのか聴いたことがある。
(親友でも手加減をしませんよ、椿)
 笑顔で微笑む親友を頭の中から駆逐する。女は本気になればなんだってできるのだ。親友の影を蹴散らすくらい、できないことではない。そして変わりに思い描くのは、雪那の顔。
(もし、ここから発展したら――。私、恋愛経験がありませんから。彼にリードしてもらって)
 抱きしめてもらったり、キスしてもらったり。手を繋いで登下校。休日は1日中一緒に――
「ふふ、ふふふ、ふふふふふふふふふふふ」
「きょ、京子、お前キャラ違うぞ……」
 口元をニヤリと曲げて不気味に笑う京子。綾乃はこの計画が失敗したのではないかと心の片隅で後悔し始めていた。

(今日で男とは無縁の日々に終止符を……!)
 こちらは椿。いつもはそんなそぶりなど微塵にも見せないポーカーフェイスなのだが、今回ばかりはそんなことはない。険しい表情で考え込み、このキスにいかなる意味があるのかを噛み締めていた。
(相手が雪那なら好都合。願ったり叶ったり)
 椿は以前の事件依頼の宮崎家の住人であり、雪那や他の家族とは最も共にした時間が短い。しかし、彼女は雪那に1度命を、心を助けてもらっているのだ。その時から雪那は男としても認めているし、信頼もしているし、いざというときは誰よりも頼りになる人物だと知っていた。
(ふふ、京子や瀬里奈には悪いけど唇は貰うよ)
 ちなみに椿は生まれてこの方男性と付き合ったことが無い。周りから随分とからかわれてきたものである。そんなからかってきた連中(主にクラスメイトだが)に一泡吹かせるために、雪那は元々好きなヒトであるということもあり、格好の相手だった。雪那自信は知らないだろうが、彼の人気は学年を問わずにかなり高い。均整の取れた顔立ちから放たれる笑顔は男女問わずに心の奥底を射抜いて止まない(あくまで椿の見解です)のだ。椿も後に射抜かれた1人である。
(きょ、今日こそ!)
 焦る気持ちを抑えるように、何度も頭の中で繰り返してシュミレートしてみる。そして、自分が勝つ瞬間を的確にイメージするのだ。これは勝負事をする時に椿が事前に行う癖のようなものであり、全力を出し切るときには欠かさず行う儀式のようなものだった。
 そして、優勝する瞬間を思い描く。その後はキスして、そこから発展していって、校内の女子どもに自慢して、そいつらの目の前でキスしてやって。照れながらも彼に抱きついて「だ・い・す・き(はあと)」とか言っちゃったりして、ああもう!
「いやん! もう、そんなこと恥ずかしくてできないって! ぐふふふふふふふふふふふ……」
「……椿い」
 最後の笑い声はもはや脳内保管が効かなくなった範囲での出来事を想像した結果だろう。綾乃は泣く泣く椿を見守ることしかできなくなった。

(セツナとキス〜♪)
 別な意味で浮かれているのはアティである。海外を雪那と共に周ってきた彼女にとっては、挨拶代わりのキスなどいくらでもしてきた。だが最近は、特に日本に来てからは1度もそのようなことが無い。前までは平気な顔をして軽い口付けをしていたのに、宮崎家に住み込んでからは「周りにばれるとやばい」としてくれないのだ。親愛の証を求めているのは子供ゆえに無邪気だから。
(最近してくれないもんね。なら、こっちからしちゃうんだから)
 ニコニコしながらくじを引くのを待つアティ。
「♪」
「楽しそうだな、アティ……」
 綾乃はそんなアティを見て安らぎを得ずにはいられなかった。

(き、き、キキキキキキキキキキキス! 兄さんとキス!)
 一方、内心核爆発級の衝撃を受けていたのは雪華である。兄が絡むと尋常ではない対応を見せるのはお約束だ。一緒に寝ることはリクエストするくせにキスとなるとこの反応。心臓の動悸が治まらず、ばくばくと脈が波打ってアドレナリンが大量に分泌されてくる。
(きょ、兄妹でキス。すごい背徳を感じます……!)
 普通ではありえない禁忌にヒトは欲望を向けるものである。子供の頃であればまだしも、互いに成長してからのキスは心臓に悪いことこの上ない。頭の中は笑顔で爽やかに微笑む(少し修正が入ってます)雪那で埋め尽くされていた。と、同時にライバル達の顔も思い浮かぶ。
(椿さんは本気でこないでしょうけど)
 次は――
(瀬里奈さんと京子さん! この二人は絶対に本気できます)
 倒さねばなるまい。宮崎家の住人が雪那にキスすることを全否定するわけではないが、それでも今現在は譲れるものではない。瀬里奈と同じく、自分がやらなければならないという使命感にも似た感覚で雪華は燃えていた。
(絶対に倒します……! 兄さんの唇は私が……!)
 そしてその後の展開を思い描いて、雪華の頭の中は埋め尽くされる。
『兄さん、その……』
『雪華……』
『いけないこととはわかっているんです。でも、私』
『いいんだ、言わなくても』
『え?』
『その、俺も雪華が……』
『兄さん……嬉しい……』
『雪華……』
(そのまま兄さんの部屋であんなことやこんなこと)
 頭の中が徐々にピンク色へと変貌していく。禁忌に身を委ねようとしている雪華は思考回路がおかしくなってきている。
(兄さんと恋人兄さんと恋人兄さんと恋人兄さんと恋人)
 呪いをかけるようにぶつぶつ、ぶつぶつと頭の中で何度も呟く。そのまま目付きが段々と険しくなっていき、雪華は眉間にしわを寄せて本気モードへと突入する。所持している魔力が膨大なこともあり、周りには具現化したマナが徐々に光を纏って形を成してきた。その姿は雪華から光るオーラが湧き出しているようにも見える。込められた力が外側に解放され、右眼がわずかながらに紅く光り始める。目つきだけなら犬や猫くらいは射殺せそうであった。
「……」
「……」
 本気モードで黙り込んでしまった雪華を見て、もう綾乃は何も言えなくなってしまう。後悔し始めていた、が、完全に後悔しているのだ。今回ばかりは遊び心で行ったのは失敗だった、と。


next/back/top

Copyright 2005-2005(C)
場決 & 成立 空 & k5
All rights Reserved.