ダイアル・オン
 に
欲望争奪奮戦記
〜やらねばいったい誰がやる〜



 時刻は遡って昼休み。一応クラスメイトとして容体を見に最初にやってきたのは、瀬里奈と京子だった。綾乃はすでに起きていて、保健室でアティと一緒に昼食を食べている真っ最中。
「こんにちは」
「綾乃さん、あいつどう?」
 挨拶をしながら同じテーブルに着く。ついでに食べようと思っていたため、同じように弁当を開けて2人も昼食をとることにした。
「最近は結構無理させていたからな。ぐっすり寝ている。寝顔でも見るか?」
「結構です」
 やんわりと、しかし確実にキッパリと京子が断って、各々が弁当を食べていった。話題は勿論、無理させすぎて奥で寝ているあの男に移る。
「綾乃さん、無理させすぎですよー」
「知らんな。酒に強いのが運のつきだ。まあ、倒れなかったのは褒めてやるが」
「ふふっ、綾乃さんったら。雪那でなければ無理なのはわかっているでしょうに」
「まあな」
 にやりと笑いながら、綾乃はご飯を口に運んだ。口々にけなしたり褒めたりしているものの、それも相手が雪那だからである。信用できる「家族」として認められているからこそ、ここまで遠慮せずに話せているとも言えた。
「雪那、起こします?」
「いや。さすがにそれは可哀想だからな、放課後までは寝せておくさ。他の教員には私から話を通しておこう。頭痛がするのは事実だからな、風邪ということにでもしておけばいい」
「了解。あとは雪華ちゃんと椿か」
「雪華は放課後にでも様子を見に来るだろ。椿はどうせなんとも思ってはいまい」
「そうですね。椿はある意味、最も雪那に信頼を置いてますから。この程度では問題ないと思っているのでしょう」
 先の事件で、椿は雪那に完全に信頼を置いている。と同時にあいつなら大丈夫と思っているのが最も強いのが椿でもある。心配する必要すらないとでも思っているのだろう。
「じゃあ放課後は雪華と綾乃さんに任せてもいいですね」
「構わんよ。……待て」
 途端、綾乃の眼がギラリと光り輝く。瀬里奈はそれを見て頭の片隅に「あちゃあ」という単語を浮かばせた。綾乃と住人として最も付き合いの長いのが瀬里奈と雪華。そのため、綾乃がなにか悪巧みをしているときにどんな表情をするのか一目でわかってしまうのだ。これは確実に巻き込まれると、本能がどこかで訴えかけてくる。
「瀬里奈」
「はいっ!?」
 不意に話しかけられた瀬里奈は、びっくりして背筋を伸ばして硬直してしまう。
「放課後になったら椿と雪華をここに連れて来い。まあ、部活があるなら早めに切り上げてくればいい。雪那が起きる前に少し遊びをするとしよう」
(まずいなあ。来たよ)
 確信犯である。だがここで逆らうと家で綾乃が手回しをしてなにかと酷い目にあうのは体験済みのため、素直に従うしか選択肢は無い。
「了解いいい」
「そんな顔をするな。今回は雪那を相手に遊ぶだけだ。そんなデメリットがあるわけじゃない。むしろメリットのほうが大きいきかも知れんぞ?」
「?」
 その言葉に首を傾げながらも、結局は放課後まで内容を聞かせてもらえない二人であった。
 時間が進んで放課後。運よく部活が無いだの早めに終わったなどが重なり、住人全員が保健室に集合していた。現在の時刻は5時前である。
「何をするのですか」
 綾乃以外全員が持つ疑問を京子が代弁する。綾乃は先程から保健室の棚をごそごそと漁っていて、何をするつもりなのかまだ話してはくれないのだ。
「んー、と。おお、あった」
 綾乃は何かの瓶を取り出して、全員が集まっているテーブルの上にトン、とそれを置く。中身は透明な液体だ。瓶の大きさは親指と人差し指で挟めるくらいの大きさでそれほど大きくはない。
「非合法の回復薬」
「意味が分かりません」
「まあこの間、暇だから調合してほったらかしにしておいた薬だ。成分上頭痛を和らげる効果がある……はずだ。これを雪那に飲ませれば二日酔いも解消できる……はず」
「随分と自信がない言い方するね、綾乃さん」
「自分の体で実験する馬鹿がどこにいる」
『……』
 だったらまず作るなよと他の全員が心の中でつっこんだ。こればかりは嫌でも同意できる意見である。綾乃はそれを知ってか知らずか、無視して話を続ける。
「で、だな。どうせ使うなら面白く使ったほうがいいだろう。雪那が寝ている今がチャンス」
「は?」
 綾乃は一呼吸置いてから、本日のメインイベントを口にする。
「寝ている雪那に口移し」
『……』
 一瞬、時が全て凍りついた。再び動き出したその時は、各自が一斉に
『えええええええええええええええええええええええええええええ!』
 と声を上げてしまった。
「ば、馬鹿! 雪那が起きたら意味が無いだろうが!」
 慌てて綾乃が全員に釘を刺す。すると焦りに焦っていた全員が嘘のように静まりかえった。まあここで黙る理由も、本来無いといえば無いのだが。
「ふう、それでだ。これから口移しをする奴を決めるために勝負をしようと思う」
「しょ、勝負!?」
「ふふ、唇を奪うのは1人だけというわけだな。方法は時間がかからないようにジャンケンでいこう。3回勝負、先に3ポイント先取した奴が勝ち。くじは作っておいたからな、これでトーナメント方式だ」
 すでに用意してあった紙を見せびらかす。割り箸を割って作られたくじもあり、準備は万端だ。番号が振られたくじを缶の中にいれ、ガラガラとかき混ぜる。綾乃自信が手で覆っているため、これでどれが何番かわからない。
「どうだ。やるだろ?」
 叫び声を上げてからは各自が頭の中で思考を巡らせていた。それこそ、テストの時ですらここまで頭は使わねえよと言わんばかりに。そのまま黙っていて、誰も話そうとはしない。
「あ、あのー? 皆、聞いてるか?」
 困り果てた綾乃はくじを持ったまま固まってしまう。


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