ダイアル・オン
 に
欲望争奪奮戦記
〜やらねばいったい誰がやる〜



「うー……」
 呻きながら保健室へ入ってきたのは雪那だった。昼時前でしかも授業中だというのに、ここに来るのは珍しい。
「いらっしゃいませー」
 アティは保健室を何かの店と勘違いしているようだがこの際無視する。雪那はあまりにも頭が痛くなってきたので、授業は休んで保健室で寝ることにしたのだ。
「アティ」
「ん?」
「二日酔いに効く薬ってあるか」
「フツカヨイ? うーん、わかんないなー」
「……そうか。ならベッド、空いてるか」
「うん、空いてるよ。1番奥はアヤノだから、それ以外」
「さんきゅ」
 アティに片手を上げて感謝の意を示すと、雪那はすぐにベッドに向かう。一番奥は綾乃と聞いていたので反対側の廊下に1番近いベッドに寝ようとして、カーテンを開けた。
「暖めておいたぞ」
「……」
 そして雪那は痛い頭を抱えてさらに轟沈する。ベッドに綾乃が寝ているのだ。
「さ、遠慮なく来い」
 綾乃が寝たまま横で手をベッドにバフバフと叩き、寝ろとばかりに誘ってくる。眼を見れば一目瞭然だ。この女は本気で寝てもいいと言っている。だが雪那にはその余裕は無い。そのため、それを無視して、反対側にあるベッドに潜り込んで無言で寝てしまった。
「……ありゃ。雪那、本当に具合が悪いのか」
 綾乃の遊びに付き合わないでいるときは本当に機嫌が悪いか具合がよろしくないときだ。今回の場合は後者らしい。すぐに寝息を立てて雪那は寝てしまう。
「しょうがないか、さて」
 保健医も再び寝ることにする。こうして2人はろくにとっていなかった睡眠を貪り始めるのだった。
 数時間後。
「うーん」
「起きた」
「起きたね」
「起きましたか」
「起きたよ」
「起きたぞ」
「おきたー」
 雪那は思い瞼をゆっくりと開ける。なにやら色々な「起きた」が聞こえてきたような気もするが。
「ふう」
「溜め息?」
「呼吸でしょう」
「それはまあ」
「人生に疲れてる」
「まだこき使う予定だが」
「わかんない」
 思考回路が回転を始め、ようやく雪那は完全に眼を見開いた。そして周りの光景に唖然とする。
「――。なにやってんの、お前ら」
「ちなみに時間は何時だと思う」
 外を見ると夕焼けが綺麗だ。日が沈んでいるのであれば、すでに――日が沈んでいる!?
「ご、6時くらいだと嬉しいなー」
「残念です。それに30分追加してください」
「はぐあ」
 珍しく部活が早く終わったり今日は部活が休みなどが重なり、宮崎家の住人は全員保健室に集まっていた。しかも雪那が寝ているのをいいことに、寝ている間中全員で観察していたのである。起こすのも悪いと思い、とりあえずは6時までは保留にして全員が保健室にいたわけだ。
「兄さん、随分と気持ちよさそうに寝ていましたけど」
「いやらしい夢でも見てたんでしょ」
「あはは、私出てたかな?」
「しゅつえんりょー取る」
「アティ、どこでそんなの覚えた……」
 日に日に変な所で知識が増えていく(綾乃のせいだ)アティに対して頭を抱えながら、雪那はとりあえずベッドから降りようとする。と、そこで綾乃に止められた。
「ところで頭のほうはどうだ。薬を飲ませたから少しは痛みが引いているとは思うが」
「え? ああ、そういえば」
 頭痛はほとんど止んでいた。久しぶりにまともに睡眠をとったこともあってか、頭の中がサッパリしたようである。気分も悪くはなく、保健室で寝た甲斐はあったようだ。
「ありがと、綾乃」
 素直に感謝の意を述べたつもりだった。だが綾乃は何故か笑いを必死に堪えているようで、雪那のほうを見ては引きつっている。
「すまん。状況がよく読めないのだが」
「くくっ、なあ雪那。お前寝る前に薬を飲んだのか」
「は?」
 その言葉に頭の中が逆回転を始める。ここに来た時はどうだったか。確か、アティを見つけて薬が無いか聞いて。それで無いこと言われ、とりあえず寝ることにして。綾乃のいたずらにも付き合う気にもなれず、そのまま反対側のベッドに倒れこむようにして睡眠を――
「あ。飲んでないぞ。ん?」
 だが綾乃は薬を飲ませたと言っている。それそのものがハッタリだということだろうか。
「嘘?」
「いや、ほんとだ。いやしかし、まさか……ククッ」
 笑いを堪えきれなくなったのか、綾乃はそのまま笑い出す。するとそれを合図に他の住民達も三者三様の反応を見せる。大半はこちらを睨んで怒っているようだが、残念だが雪那には身の覚えがない。さらに状況が掴めなくなって、雪那は頭に「?」マークを浮かべるばかり。
「状況説明が欲しい」
「ああ、そうだな。どこから話すか」
 睡眠中に何があったか、ゆっくりと綾乃は話し始めた。


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