ダイアル・オン
 に
欲望争奪奮戦記
〜やらねばいったい誰がやる〜



 街がどれだけ「生きている」かはそこに住んでいる人々の生活をみれば一目瞭然だ。その点で言えば、この街は充分に栄えて賑やかで、そして「生き生き」としている街だった。その街を高台から見下ろす一人の少女がいる。常人ではありえない身体能力をもって、ありえない場所に立っていた。
「いい街……」
 風になびいた青い髪の毛は美しく、それを押さえている小さな手はきめ細かい美しい肌をしている。顔立ちは幼いものの、何故かその姿は「幼い」だけでは言い現せないような外見をしていた。
「……来たのはいいけど」
 優しく微笑んでいた顔が、一瞬でどうすればいいかわからない表情へと変わった。
「場所知らないのよねー」
 そう呟いてから、少女は再び走る風の感触に身を任せることにした。
「おかーさん、あのおねーちゃん変なのー」
「シッ、みちゃいけません」

 眠い。本日はこの睡魔との格闘戦になることは明らかだった。ここ最近、雪那はろくに寝ていない。学校から帰宅して食事を作る。必要であれば買い出しに行く。食事が終了すれば食器を洗い、それが終わればアティと遊ぶ。それが終わってアティが寝付けば、今度は綾乃の酒の相手を朝まで延々とさせられるのだ。それで睡眠をとれるのが朝の5時。睡眠時間は長くても2時間と少ししかとれない。学校で授業中に寝ることも考えてもちろん実行に移したが、普段から教員に目を付けられているため、注意されて起きることのほうが圧倒的に多い。
 現在2年C組は数学の授業の真っ最中である。雪那はろくな勉強などしたことがない(部隊にいたころは最低限の知識は身につけたが)ため、数学の授業は意味不明の記号が次々に数字と並んでいる程度にしか見えないのだ。これほど眠い授業は他にはない。
(しかも頭まで痛えし)
 綾乃の前には基本的に道徳や法律なんてものは存在していないも同然である。酒に付き合えば当然、相手が学生であろうとも未成年であろうとも関係ない。飲まされる。雪那は酒に強いほうではあるものの、ここ数日にわたって飲み続けたせいでさすがに頭が痛んできている。
(あー、後で保健室に薬でも……)
 保健室に二日酔いに効く薬があるかどうかは不明だ。しかし、あの綾乃のことだからそんな物が置いてあっても不思議ではない。
 ちなみに綾乃は――
「ZZZZZZZZ……」
 保健室のベッドで堂々と寝ている。二日酔いのときはいつもの光景なので、学生は勿論他の教師ですら何も言わない。昼休みまではこのまま起きないのは暗黙の了解となっている。その間はアティが保健室で応対している。薬剤に関する知識はさすがにないものの、傷の手当に関してはしっかりとできるため問題は無い。いざとなれば綾乃を起こせばいいだけの話だ。
「ZZZZZZZZ……」
 雪那のことはいざ知らず、綾乃は今日も今日とて睡眠を貪り続ける。そして雪那は、いつものように苦悩の日々を満喫(間違いではない)しているのだった。
 授業も半分を過ぎ、残る時間は少なくなってきた。雪那は大きな欠伸を抑えながら、黒板に書かれている文字を見るのが辛くなってきたので視線を外に移動させる。雪那の席は窓側の1番後ろから2番目。暇なときは外を見て気分転換をするに限る。外の光景はいつもと代わり映えしないものの、澄み切った青空と暖かい日差しに映し出された街は、見ていて悪い気分になるものではない。と。
「……?」
 ふと、見ていた光景に違和感が混じる。何度か瞬きをして、再度おかしいところは無いか確認する。すると、やはり違和感は確実なものとなった。
(あ?)
 見覚えのある人物が、大きなビルの上に立って街を見ているのだ。その人物はしばらくすると跳躍し、大きく空を飛んでまた別の建物の上へと移動する。その姿は小さな妖精のようでもあった。
視力が伊達ではない(10・0)雪那は、さらにそれを確認するために眼に魔力を込めようとする。魔法を持ってして身体能力を増加させる方法があるのだが、応用すれば視界を広めてさらに詳しく物を見ることができるからだ。
「雪那」
 今から確認しようとした時、隣の席にいる瀬里奈から小さな声で話しかけられる。
「今いいとこなんだよ」
「ちょっ、それどころじゃないって」
「なんだよ」
 せかしてこちらを呼ぶ瀬里奈の方に顔を向ける。と、
「月代。黒板の前に出て問題を解け」
 目の前にいたのは数学教師だった。
「あは、あははは」
「外を見ているほうが楽しいのか。だがそれを認めるようでは学校の意味が無いなあ、月代」
「は、はい、ソウデスネ」
「どうだ。問題を解いてみないか」
 さっと黒板に目を通す。すぐに理解できた。
「絶対無理です」
「チャレンジする前からそこまで堂々と言い切られると、私も教員としての自信がなくなるな……」
「はい、いや無理」
「そうか。なら月代には問題が解けるように自宅でも学習してきてもらう必要があるな」
 雪那の額に汗が浮かんでくる。数学教師はそのまま雪那に容赦の無い言葉を浴びせた。
「テキストの48Pから50P、明日までに全て解いて来い! 明日は黒板でお前の解答を元に授業をするからな!」
 苦難は休むことを許してくれない。


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