〜漢の戦い〜 2/8 事の発端とはいつであっても不意に訪れる。 雪那にとってもそれは例外ではなく、何てことない、普通の朝を迎えたその日にスイッチは入っていたのかもしれない。 珍しく朝に余裕を持って、綾乃を置き去りにしてまで登校したのが運の尽きだった。 学生としては非常に健全で素晴らしい事この上ない行動なのだが、雪那にとっては反作用となって悪運を呼び寄せる。 「おはよう、雪那君」 「あ? あ、ああ、おはよう。えーっと」 不意にかけられた声の相手を視界に入れても名前が出てこない。雪那の目の前にいる男子生徒は同じクラスの―― そう、雅川龍(みやびがわたつ)。だが雪那は名前を思い出せずに慌てふためく。相変わらず自分が覚えようとした事以外には疎い。 「フフ、名前を覚えてもらえてないのは光栄だね」 「は? 普通逆だろ」 銀の髪の毛、爽やかに着こなしたワイシャツ。伸びる体は特徴はないが線が細く、目つきの優しさと口の小ささからして俗に分類すれば、美形。 「そんな事はないさ。うろ覚えで適当に覚えてもらうよりちゃんと自己紹介したほうが相手には名前を覚えてもらえるからね」 「そういった考え方もあるか。まあいい、すまん、で、名前は?」 「雅川龍、だよ。気軽に龍って呼び捨てにしてくれ、雪那君」 一々髪を掻き上げて格好を付ける彼に昔を少し思い出したりしたがそこは封印。しかもこの手の人物は極端に顔が駄目か極端に美形か分かれる。これで美形の場合、その仕草が似合うのがまた何とも言えない。 「そうか、改めておはよう、龍」 「うん、おはよう。今日は早いんだね。皆の賭け事はそもそも無しかな?」 「まだやってんのか……俺に被害無いからいいけどよ」 「フフ、僕もたまに参加して稼がせてもらってるよ。とは言え、君は大半において息を切らして間に合うからレートは増え難いけどね」 実際そうなのだから仕方ない。全力で走ればさすがは人外、大半において間に合うのだから。それはともかく、雪那は気になって仕方が無い事がある。 先ほどから龍の足元にボロボロと転がり落ちていく紙、紙、紙。拾わなくてもいいのだろうか。 「なあ龍、それ」 指示された方向を見るまでも無く、龍は全て拾い上げてから靴を履き替える。日本の外が常識だった雪那にとってはまだ理解し難いのだろう。 興味津々で自分の靴箱を開けてみるがそんなものは何一つ存在していない。 「雪那君にはあってもよさそうだけど……噂の彼女達がついてるから下手な真似は誰も起こしたがらないかもね」 「噂の彼女……か」 「ハーレムキングには届かないかな」 「奴隷の方が意気投合できると言い切れるさ」 「フフ、遠慮しなくてもいいのに。悪くはないんだろう?」 「そりゃあな。男共に囲まれるよか倍マシだ」 ちょっとしたトラブルは眼福。ただし、直後に飛んでくる黄金の右はいかに彼であろうと回避を間逃れないので生傷は絶えない。 というか絶対こいつ以外無理です、うん。 「それで、それ一体何なんだ」 「うん? ああ、いつも靴箱にはラブレターが入ってるんだ。上級生から下級生まで、いつであってもね。多すぎて困ったものだよ」 (田中が聞いたら泣き出しそうだな) 実際目にする度にげんなりしている本人を知らずとも的は射ている。そういったやり取りに経験が無い雪那にとては興味が尽きないのだが、内容がどういった物であるか知っている以上、野暮な真似は出来ない。 それにしてもここまで量が多いと処理はどうしているのか気になる所だ。まさか全員に逐一会って返答するわけにもいくまい。そんなことをしていたら日が暮れる。 「それ、返答どうするんだ」 美形お決まりの髪を掬い上げる動作と共に、一言。 「全てお断りしている」 「……は?」 「全員に会って確認する暇なんてさすがにないから。会うように頼まれてる手紙も全て返事を書いて渡してお終い。それくらいで丁度いいのさ」 選定とは数と同時に本人に余裕がなければ行なえないものである。判断基準は置いてもこれでは返答している暇がないのも納得と言えば納得だ。 と、なると。気になるのは――仮にどういった人物であれば了解するのか。 自分は鈍いくせに他人の色恋沙汰には首を突っ込みたがるのは古今東西変わらない。それが例え、世界基準であっても、だ。 「それならお前さんはどういったタイプがいいわけ?」 靴を履き替え、龍と並んで歩き出す。朝早くであれば登校時間も相まっていつもは目にしない忙しく時間が過ぎる校内に新鮮な空気を感じながら。 「そうだね……。雪那君は――って質問に質問で返すのは」 「よくないな。さて、口を割る気があるなら言ってもらおうか」 目を伏せて口を曲げながら質問をする。相対的に相性がよい人物同士だと互いに直感したのだろう。龍も軽く自虐的に笑いながらも口を開く。 Copyright 2005-2009(C) 場決 & 成立 空 & k5 All rights Reserved. |