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じゅう/未開拓領域
〜漢の戦い〜
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人間が状況を把握するために最も必要なのは情報である。その意味で月代雪那に与えられた情報量は限りなく多い。

ただ、本人にそれを処理するための基礎情報が存在していなかった事が致命的欠点となっているが。

「……俺、何やってるんだろうな」

 自分の衣装を見て彼は呻く。無理もない、まさか特殊部隊を除隊して、波乱万丈の旅からようやく普通の学生生活を歩み始めた矢先、誰が女性用のドレスを着る羽目になると想像出来ようか。

 人生において汚点とまではいかなくとも間違いなく屈辱的ではある。

 ――最大の問題点は、自分自身が満更でもないというその事実一点のみ。

「フフ、分かってるじゃないか。雪那君、やはり君はこっち側への素質がある」


 隣で同じように女装した銀髪の少年がわざとらしく髪を掻き上げた。美しく形を崩したその髪の毛といい、柔らかな笑顔といい、間違いなく校内で女子を釘付けにする要素の一つだろうが、今現在だけは自分と同じ、女性を演出するための武器の一つに他ならない。

(そういやこの衣装……。アティが日曜の朝に見ているアニメの女の子が着ていたような)


 どうにか引き出した記憶は何の役にも立たない情報。現状打開に効果がない事を認識した雪那は本日何度目か分からない呻き声を上げ、天井広く、見渡す限り人が群雄割拠しているイベントを冷ややかな目で見続ける。

 立っているだけでいいの言葉通り、雪那と銀髪の彼がただ突っ立っているだけで恐ろしいほどの人数が押し寄せ、売る予定だった品物はすぐに完売してしまった。

その後に頼まれた写真撮影も全て終了したが、とりあえずは時間一杯まで返してはもらえないとのこと。

「才能の発掘は本人が意図しないからこそ意味があるって昔、知人が言ってたよ」

「素晴らしい言葉だね。なら今回は僕が雪那君の一面を引き出せたと思えれば、これほど嬉しい事はないよ」

「悪気がないのは分かっているが……。普通はいきなりやらんのだろう?」

「乗ってしまうとは僕も予想外だったけど。衣装を渡されたその日に断ってもよかったんだよ?」

 妹を行動不能に追いやった兄は押し黙る。そうだ、着さえしなければよかったのだ。何故着てしまったのか。何故来てしまったのか。

「目撃されない場所ならちょっとは……ってなあ。もう一度ぐらいってのもあったかも」

「それが返答かい? だとしたらいつでも僕は歓迎さ。雪那君なら充分似合う衣装を存分に用意しておこう」

(ぐっ。こりゃアティには見せられねえな)

己が排除できる要素を認識できていたにも関わらず、こういった事態になったのであればその責任は――

「すいませーん、写真いいですかー?」

「はーい!」

 条件反射。

(――駄目だ俺)

 責任は自分以外ありえない。


 月代雪那はポーズ決めつつ、本日決行するまでに至る過程を全て脳内でリプレイし始めていた――

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