ダイアル・オン
 いち 
創世平和ゆらゆら伝記
〜ここから日常どんとこい〜



 チャイムが鳴り響き、本日の学校での授業は終わりを告げた。部活のあるものは各自移動し、用のないものは帰路へと着く。雪那は部活に所属していないため、現在は帰宅部。理由は簡単だ。この男が何処かの運動部に所属すればその部は間違いなく全国制覇である。よって、事情を知る瀬里奈と雪華に止められている。が、その2人は運動部所属。
(……理不尽じゃねえか?)
 そう思ったこともある。だが雪那には帰宅部にならなければならない理由がもう一つあった。
「月代、帰りにどっかよらねえか?」
「悪ぃ、今日もパスだ。休日ならどうにかなるけどよ」
「そっか。しょうがねえからな、また今度にするぜ」
「応(おう)。付き合うときはとことん付き合うからよ、勘弁してくれ」
「ああ。綾乃先生に文句言われないように頑張れよー」
「あはは……」
 クラスメイトの誘いを断ってまでやらなければならないこと。
「さて」
 鞄を持ち、本日の夕飯のメニューを考える。雪那は一家の食事担当なのだ。部活で帰りの遅い面々や綾乃、アティの食事を全て一人で受け持っている。そのため部活に所属していては時間が絶対的に足りない。帰宅部になる真の理由はこれだった。しかも雪那以外の家族は全員女性。健康と栄養面とスタイルに(かなり)気を使わなくてはならないので、追い詰められた状況で無い限りは手を抜くことは許されない。場合によっては全員から袋叩きにあうこともあるのだ。
(冷蔵庫の中と相談か。スーパーに行く時間はっと)
 主夫(しゅふ)、まさしくそのもの。タイムサービスの中に若い高校生が混じる。最初は慣れなかったものの、コツを掴んだ雪那は最早常連客である。スーパーの担当者にも顔が割れているくらいだ。玄関の靴箱で靴を履き替え、日が傾いた学校の敷地内をゆっくりと歩く。前に過ごした戦闘の日々よりも雪那は充実した時間を過ごしていた。これこそが自分が守ろうとしてきた日常なのだと強く実感しているためだ。だから、今は家族として暮らしている住人とも仲良くやっていける。
(あ)
 はずだ。
(瀬里奈のこと忘れてた。うーん)
 瀬里奈が隣の席にも関わらず、怒りが収まったかどうか確認するのを忘れていたのだ。どうしようかと考えた末、本格的に部活が始まる前に話しにいくことにする。雪那は足をグラウンドへと向けた。
 グラウンドまで来ると、陸上部の面々が準備運動をしている。瀬里奈は陸上部での長距離走選手だ。部隊にいた頃の身体能力を余すところなく発揮し、転校してきてから期待のエースとされている。雪那は一番近くにいた女子生徒に声を掛ける。
「ちょっと失礼」
「はい、あ、えっ!?」
 女の子は雪那の顔を見て驚いている。
「あっ、月代先輩!?」
「ああ。すまないけど、瀬里奈を呼んでもらえないかな。すぐに済むから」
「は、はい! ちょっと待っててください!」
 女の子は随分と緊張した面持ちで走って行ってしまう。雪那は首を傾げていたが、この男はどういうことか理解していない。雪那は顔の均整が取れていて、少々きつめの目をしているが世の中の区分で行けば間違いなく美形に分類される。そのため、学校内でも(特に下級生)人気が高いのだ。さらには雪華が転校してきてから一年のアイドル的存在になり、その後に転校してきた兄として話が広がったものだから人気は物凄く高い。下級生の女の子が緊張するのも無理はない話しである。
 しばらくすると、ふてくされた表情の瀬里奈が向こう側から歩いてくるのが見えた。まだ距離があるとはいえ、睨んでいる目は鋭く、雪那は内心串刺しにされるような心境で落ち着かなかった。
「よ、よう」
「用件は」
「あー、あのさー」
「時間ないけど」
「あー、とりあえず場所移動、いいか? ここだと目立って」
「……」
 無言で瀬里奈は別の場所へと移動を開始する。とりあえずは場所を変えてくれるらしい。他の部員達の好奇の目に晒されながら、雪那は瀬里奈の後を追った。
 場所は移って、お約束の体育館裏。現在は都合のいいことに誰もいない。
「で」
「一応、朝の言い訳を」
「不潔」
「ぐっ!」
 痛いところを刺されて雪那は呻く。まあそれもそうだ。16になったばかりの妹と一緒にベッドで寝ていれば、こう捉えられても仕方あるまい。
「あ、あれはだな」
「シスコン」
「はぐあ!」
 刺さるような視線と容赦の無い言葉は雪那の内面を徐々に削っていく。
「なにもやましいことは」
「変・態」
「――」
 反論の隙を与えてくれなかった。完全にノックアウトされた雪那は崩れ落ちて膝をつく。すると、さすがに可哀想だと思ったのか、瀬里奈が態度を変えて質問してきた。
「で? 一応訳ぐらいは聞くよ」
「あ、ああ、その、だな。昨晩は雪華が一緒に寝たいって言ってきて。一応断ったんだが」
「……だが?」
 刺さる視線に耐えながら何とか言葉を紡ぎだす。
「……そしたら、雪華が泣きそうになって、な。その、昔色々あって、一緒にいられなかったから。たまには甘えさせてくれって、押し切られた」
 この理由は本当である。仲良く育つことができなかった月代兄妹にとって、他人から見ればなんてことのない問題も深刻な問題になることがある。特に一緒にいられなかった時間は大きく、それを埋めるための期会など、ここにくるまではありえないことだったのだ。雪那が押し切られた最大の理由はそれだった。
「あのー、まあそういうわけで」
「一つ」
「ん」
「一つ聞くけど、変なことしてない?」
「……絶対。それは約束できる」
 それを区切りに視線を合わせた。瀬里奈の目を逸らすことなく見つめる。これは嘘ではないことを伝えるため、自然と雪那も目に力を入れた。
「……ふう」
 すると、瀬里奈のほうから目を逸らしてくる。
「本当みたい。はあ、あたしも意地はってたからねー。まあ現場を目撃したからだけど」
「う」
「まあこっちも悪かった。御免ね、雪那」
「ああ、こっちも、その、悪ぃ」
 互いに顔を見合わせて笑いあう。何だかんだ言っても二人は仲がいいのだ。最終的にはこうやって笑い合える関係になる。雪那も、瀬里奈も内心ほっとしている。
「じゃあ、あたし部活」
「応、頑張って。飯はうまいのを用意しとくから」
「あはは、楽しみにしてるねー」
 手を振りながら去ってく瀬里奈。それを体育館裏で見送った雪那は、どっと疲れが押し寄せてきて、非常口の階段がある場所に座り込んでしまった。そのまま汗を拭い、深く深呼吸する。
「ふーーー。どうなるかと思った」
「そうねー。面白かったよ?」
「そりゃ他人から見ればな」
「にしても雪華ちゃんには押し切られるのかー」
「ったくしょうがねえだろ」
「瀬里奈は機嫌がよくなりました、っと」
「ああ……」
 そこまで会話を進めてから気付く。隣に誰かが座っている。
「!?」
 慌ててその場から飛び退いた。隣には同じ体勢で椿が座っている。
「あは。今更何驚いてんのよ」
「お、お、お、お前、いつからここにいた!?」
「『雪華が一緒に寝てくれって』の辺りから」
「――!」
 雪那の顔が一気に赤くなった。まさか先程の会話を全て聞かれていたとは。焦る雪那をよそに椿はニコニコ笑いながら会話を続ける。
「瀬里奈は気付いてたよ。まあ雪那は背中向けてたからわからなかったかもしれないけど」
「ぶぶ、部活はどうした」
「今日休み。にしても、雪那も可愛いとこあるよね」
「な」
 指先に至るまで真っ赤に茹で上がる雪那。椿はからかうのを止めずにニコニコと笑っている。この表情のときは存分にからかわれる。雪那はそれを知っていたが、それを回避できるほど器用ではないのも確か。
「ささ、帰ろうか」
「い!?」
「一緒に帰るの。ほら、いこ」
「ううう」
 呻く雪那を引きずって、椿と2人で帰路につく。まだまだ1日は長く続きそうである。


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