ダイアル・オン
 いち 
創世平和ゆらゆら伝記
〜ここから日常どんとこい〜



  夕食は特に何も無く終わる。全員が揃って全員で食べて食べ終わったら雪那が全員分の食器を洗って。毎回何かしらのトラブルがある宮崎家ではかなり珍しい。
「たまにはこういう日もあるんだな」
「兄さん、その言い方はこの家が変な家のように聞こえます」
「そう言ったつもりだが」
「……」
 食後は雪那と雪華は居間でソファーに座りながらテレビを見ている。なんかのバラエティ番組なのだろう、しきりにテレビの中では笑いが巻き起こっていたが、二人には何が面白いのかいまいち理解できない。「笑い」のジャンルにまともに触れたことのない二人は笑いのツボが基本的にずれているらしい。
「兄さんも大変ですね」
「お前が手伝ってくれれば話は別だが」
「嫌です」
 キッパリと断られる。2人で同じタイミングで食後のお茶をすすった。雪那はもちろん、瀬里奈に雪華は家や住民権はあったものではない。説明すると長いので省くが、ようは綾乃にバックアップしてもらって学校生活が送れている。そのため住む家も、もちろん綾乃の家なのだ。現在の住人は、

 一家の主
 ・宮崎綾乃

 食事担当及び掃除及びパシリ担当
 ・月代雪那

 掃除と洗濯はローテーション
 ・澤井瀬里奈
 ・月代雪華
 ・久我京子(たまに和食担当)
 ・草薙椿

 お遊び担当
 ・アティ

となっている。一軒家に7人という人数で住み込み、さらには雪那以外は全員女子という軽いハーレム状態ですごしているのだが、現実はそれほど甘くはない。はっきり言って男手が1人しかいないためにありとあらゆる方面でパシリ状態。毎日食事担当。買い物につき合わされ、家の破損箇所の修理、綾乃のわがままに付き合いアティと遊び、雪華に説教を喰らい、覗けば瀬里奈にボコボコにされる。普通の男子ならば1日もしないうちに根を上げてしまうだろう。雪那でなければ勤まらない役職でもあった。
「雪華」
「はい」
 2人同時に茶を飲み終わってコップをテーブルに置く。
「とりあえず一緒に寝るのは禁止」
「……はい」
 そこでとても残念そうな顔をする雪華。それでも雪那は断らなければならない。というか今日の一件でリスクが高すぎることが判明した。これはまずい。
「まあ違う場所で挽回。な?」
「そうですね。なら、週末は買い物に付き合ってください」
「今のところは予定が無いからな、いいぜ」
「はい」
 今度はにっこりと笑って笑顔で答える雪華。我が妹も随分と可愛くなったものだ。そうこうしていると、2階から元気良くバタバタと走ってくる音が聞こえた。
「おふろー♪」
「アティ、そんなに急がないでよー」
 アティと椿である。前の一件から随分と中がよくなったらしく、大概はアティは雪華か椿と一緒にいる。
「ゆっくりしてこい」
「あ、雪那。綾乃さんが呼んでたよ」
「? なにかしたか」
「さあ? まあ行ってみればわかるでしょ。じゃあねー」
「応」
 慌しく走り抜けていくアティ。それを追って椿も脱衣所へと向かった。2人がいなくなるのを確認してから、雪那はソファーから立ち上がる。
「じゃあ俺は綾乃のところに行くから」
「はい。……脱衣所を覗いたら駄目ですよ」
「しねーよ!」
 思いっきり否定のサインを出しておく。そのまま雪華を居間に残し、雪那は綾乃の部屋へと喪買った。
 2階に上がり、通路の一番奥にある部屋に向かう。
(呼び出し、ねえ。どうせろくなことじゃないんだろうが)
 部屋の前に着いた。各部屋には誰の部屋なのか一目でわかるようにプレートが下げられている。綾乃の部屋はというと、他の住人達とは一味違ったプレートだ。扉の半分はあろうかという巨大な木彫りのプレート。それに白色で直筆の文字でこう書かれているのだ。

 死にたい奴は入れ

 毎回思うのだが、住人に対してもこの態度はいかがなものだろう。思考回路が常人とはどこかずれているのだろうか。こうやって考えている時間も綾乃にとっては下らないのだろうな、と思い、雪那は扉をノックした。
 コンコン。
「誰だ」
「俺だ」
「入れ」
 まるでどこぞの軍隊でのやり取りである。頭のどこかが痛くなるのを感じながら、雪那は部屋の中へと足を進めた。そして雪那の予想を裏切る光景が眼前に広がる。
「ぎゃああああああああああっ!」
 途端に口から出た叫び声はこれである。男たる雪那がこの声とは随分と情けないものだが、これはこれでしょうがない。何事かと風呂に入っている2人以外が綾乃の部屋まで走ってくる。
「ちょ、どうしたの!?」
「夜中に叫ばないでくださいよ、雪那」
「兄さん?」
 入り口から下半身だけ出した雪那が、そのままずるり、ずるりと綾乃の部屋に引きずり込まれていくのが見えた。
「……」
「……」
「……」
 残る3人はその光景を見て硬直する。雪那は同年代の男共とは一線を駕した身体能力を有している。その雪那が引きずられていくなどただ事ではない。綾乃の部屋は扉を閉めることもなく開きっぱなしで、中からは淡い光が漏れている。3人がどうしようかと悩んでいる、もとい硬直していると。
 シュル……カチャ
 何かが伸びてきて、ドアノブを掴んだ。そのまま。
 バタン……
 静かに扉が閉じてあたりに静寂が訪れる。部屋の中からは特に物音は聞こえない。3人はゆっくりと顔を見合わせ、冷や汗をかいたまま同じタイミングで頷いた。
「これは……」
「関わらないほうが……」
「いいですね……」
 もう一度綾乃の部屋を見る。静かすぎて中で何が起こっているのか伺えたものではない。中に文字通り引きずり込まれた雪那を生贄として、自分達はもうこれ以上関わらないほうがよさそうだ。3人はもう一度互いに顔を見合わせてから頷きあい、各自の部屋へと戻っていった。

 ――その夜。
 真夜中に綾乃の部屋から、
 ぎぃやああああああ……
 とか、
 もにゃああああああ……
 とか、
 きぱあああああああ……
 とか、
 ゆるしてえええええ……
 とか、
 もう無理です。
 とか聞こえてきたが、宮崎家の面々は全て無視することに決めた。ちなみにアティは怖いからと雪華と一緒に寝ている。そして、引きずり込まれた雪那は、そのまま自分の部屋に戻ることは無かった……
続……く?


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