ダイアル・オン
 いち 
創世平和ゆらゆら伝記
〜ここから日常どんとこい〜



 月代(つきしろ)雪那(せつな)、17歳。京都の白樺(しらかば)高校2年生。若いながらに裏の世界で多くのことを経験し、現在は普通の高校生として毎日を過ごす少年。均整の取れた外見に男女問わず引き付けて止まない笑顔。さらには転校のタイミングや住んでいる家のこと、学問の成績が極端なために学校の話題を全てさらっていった問題児である。2年C組にて平和に学校生活を満喫中……のはずである。
 キーンコーンカーンコーン……
 授業終了のチャイムとともに、購買に用がある学生は脱兎の如く走り出す。購買での戦争はどこでも同じように繰り広げられるものだ。雪那は家から弁当を持ってきているため、その心配は無い。と、朝の一件が気になるために瀬里奈を誘って食事にしようとしたが――
「せり」
「賭樺(とうか)、あたし弁当だけど屋上で一緒しない?」
「うん、いいよー」
「……」
 終了。これでどう足掻いても帰宅までは話を聞いてくれない。弁解の機会が次々と失われている。授業中も何度か話をふったがその度に無視され、このままでは帰宅してからもろくな展開にならないのは目に見えている。どうしようかと頭を抱えて1人で悶えていると、ふいに肩を叩かれた。
「?」
「雪那、まさか瀬里奈と話していないのですか」
 顔を覗きこんできたのは京子だ。どうやら朝の一件を心配していたらしいが、ここまで瀬里奈が避けるとは思わなかったのだろう。
「あー、今回は」
「……まあロリコンとシスコンが融合したようなものですか」
「ぐっ!」
 言われても反論できない。他人が状況を見ればそう取られても仕方が無いのだ。アティとは訳が違う。容赦ない一言で突き崩したこのクラスメイト。いつものことではあるのだが心にグサリ、である。
 久我(くが)京子(きょうこ)、17歳。雪那、瀬里奈と同じクラスにして同じ家に住む少女である。元々は京都内のとある神社の娘として暮らしていたが、いろいろあって家出して、現在は雪那たちと一緒の家で暮らしている。誰に対しても丁寧な言葉を崩さない人物だが、遠慮しない相手には本当に遠慮が無い。男とは無縁の環境で育ったため、親しく話せるのは雪那くらいだ。故に、容赦なし。
「……朝の一件は私としても痛いですからね。雪華ももういい歳でしょうに。一緒に寝ますか、雪那」
「うっ」
「事情を知っていても、ここはあなたから断るべきでしょう? 全く、アティならまだしも1つ下の妹と平気で一緒に寝ますか」
「ぐっ」
「今回は私は手を貸しませんよ。雪華には少し話してきますけど、瀬里奈はあなたがどうにかしてください。機嫌が悪いままだと綾乃さんにも釘を刺されますよ」
「……はい、すいません」
「よろしい。では、私はこれで」
 優雅な振る舞いで教室を後にする京子。取り残された雪那はとりあず弁当を手に持つ。行き先は1つしかない。というかこの状況で瀬里奈のところにも京子のところにも雪華のところにも行けない以上、クラスメイトを誘う以外にはここしかない。
 校内を歩いて着いた先。扉の前に張り紙がしてある。内容はこうだ。

入室者が月代雪那の場合、飲み物1人分持参。尚、これを守らない場合は今朝の事件が校内全てに伝わる。買って来い。

「……」
 固まってしまう。すでに先手を打たれてしまったのだ。誰だ。京子? 瀬里奈? 雪華はありえない。となると――
「あ、雪那」
 声の方向に首を動かす。すると短い髪をした女の子が笑っている。活発そうな外見にたがわず明るい性格のこの少女。
「お前か、椿(つばき)」
「あはは、面白いかなーと思って。諦めて飲み物買って来なよー」
 そう言いながら廊下を全力で走り抜けていってしまった。後には呆然として残された雪那のみ。保健室でも休めないというのだろうか。だが、ここで綾乃に言い訳しておかないと家ではますます不利な立場に立たされてしまう。となると。
「チクショー!」
 自動販売機のある食堂まで、雪那は本日二度目の全力ダッシュを行うことになった。
 草薙(くさなぎ)椿(つばき)、16歳。クラスは別だが雪那と同じ2年生。前に起こった殺人事件の際に色々とあり(色々。本当に色々)、その事件後は帰る家を失くし、そこを綾乃が引き取るような形で現在に至る。勿論同じ家に住む同居人である。明るい性格はムードメーカーとして定着し、活発そうな外見にたがわず行動力のある女の子だ。
 がらっ。
 保健室のドアを開けて中に入る。するとそれを待っていたのか、まだ弁当を開けずに2人は座っていた。テーブルの上には弁当が用意してある。
「遅い」
「セツナ、ジュースは?」
「はあ、はあ、これだ」
 待ちくたびれた様子の2人に飲み物を渡す。労いの言葉もなく、そのまま缶ジュースを飲み始めた。
「早く座れ。弁当をわざわざ開けてないんだぞ」
「……」
 目の前で偉そうに睨んでくる保健室の主。教員のはずであるが口から出る言葉は容赦なくヒトを突き刺す。
 宮崎(みやざき)綾乃(あやの)、28歳。外見はどうみても30近いとは思えない美人であり、男女問わず学生から支持を受ける白樺高校最凶の保健医。極度のめんどくさがり屋であり、本当に重症の生徒以外は相手にすらしないで追い出す保健室の主である。ちなみにとある条件を提示すると無条件で授業をさぼらせてくれ、本気の相談にはしっかりと乗るため、生徒からの信頼は厚い。
「ねえ、セツナも早く食べよ」
 そう言って微笑んでくる小さな少女。
 アティ。彼女の名前である。年齢は見た目は10歳にも満たない小さな少女であり、なんとなくという理由で宮崎ファミリーから「7歳。」と指定されて7歳となる。雪那が旅の途中で路銀を稼ぐために受けた依頼での「回収物」であった少女である。だがそれが気に入らなかった雪那は彼女をそのまま依頼破棄して連れ出し、外の世界についての知識を教えて現在へと至る。元々住民権もなにも無い少女のため、綾乃が自分の娘と偽って日中は保健室に在住している。生徒からの人気は高い(特に女子)ため、しかも最凶たる綾乃が根回ししたため、問題なく学校に溶け込んでいる。
「なんか理不尽な感じもするが」
「そういうな。ほれ、弁当食え」
「お前が作ったわけじゃないだろうが」
 文句をいいながらも弁当箱を開けた。すると、雪那の弁当箱の中は予想だにしない中身となっていた。
「――」
「ああ、そういえば今日の食事当番は瀬里奈だったか」
「うわー、すごいね。黄色ばっかり」
 瀬里奈が食事当番。ならこの展開はありえなくはない。だがこれはイジメに近い。弁当箱の中身は白いご飯も何も無い。ただ、そこには黄色い卵焼きが大量に並んでいるだけである。これでもかというくらいにびっしりに。卵焼きのみの弁当。腹など膨れるはずも無い。かといって、
「今から購買は絶望的だな。パンは残っていまい」
 綾乃が無情なまでの死刑宣告を告げた。昼休みが半分以上経過した現在では、購買にパンは残っていない。残されたのは黄色い弁当のみ。
「あ、あのさ」
「食え。わけてやらん。いつぞやの報復としては丁度いい」
「あ、アティ」
「だめー。これアティのだもん」
 がっくし、とうなだれる雪那。大量の卵焼きを泣く泣く食べていき、本日の昼食は終了となった。


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