ダイアル・オン いち 創世平和ゆらゆら伝記 〜ここから日常どんとこい〜 ――さん、――さん
声が聞こえる。暗い中で、右も左も上も下もわからなくても、声だけはハッキリと聞こえていた。全力で意識をそちらに向ける。 ――さん ああ、この声は。起きなくてはいけない。これ以上迷惑を掛けるわけには―― 「兄さん!」 「はっ!」 起きて周りを見渡した。再び自分の部屋には間違いない。ただし、起こしに来ているのは違う人物だったが。 「兄さん、目が覚めましたか?」 「お、おお。あれ? 俺一回起きたような気がするけど」 記憶を探ると少し前に一度起きたような記憶がある。しかしなぜか記憶が一旦ぶっつりと途切れてしまっている。 「……あの、すみません」 「? なにが」 「私が一緒に寝ていましたから。瀬里奈(せりな)さんが勘違いしてしまって、その」 「――。殴られた?」 「はい……。兄さんはそのまま気を失ってしまいまして。本当に、すみません」 頭を下げて謝る妹に声を掛ける。 「あー、まあ俺も悪かったからな。あ、それより学校遅れないようにしないと。今何時だ」 「……7時、50分、です」 「――」 雪華(ゆか)はすでに着替え終わっている。当然だろう、今から準備をしていては女の子は間に合うまい。それを聞いた雪那(せつな)は硬直した後、物凄い勢いで起き上がって部屋を出て行った。 「兄さん間に合うかしら」 雪華も続いて下へと降りることにした。 一階に降りると、すでに朝食は自分の分しか用意されていない。京子(きょうこ)が玄関に向かう途中である。 「雪那、おはようございます」 「あああああ! 時間無いから!」 「まったく、朝から騒がしいこと。瀬里奈は怒って先に行ってしまいましたよ」 「のおおおおおおっ!」 原因は自分である以上言い訳はできない。今日一日、瀬里奈の機嫌が悪いことを考えると頭が痛くなってくる。だがそれよりも遅刻のほうが問題だ。素早く歯磨きと洗顔を済ませ、朝食を怒涛の速さで胃の中に流し込む。それを全て終え、次は部屋に戻って着替え。服にしわがつくと後で雪華がうるさいのだが、この際絞られることを承知で無視することにする。 「兄さーん! 先に行ってますから、鍵お願いしまーす!」 「ああ!」 着替えを全て終えて、鞄を用意して下に降りる頃には時計が8時15分近い。急いで戸締りを確認して外に出る。と、 「お、今出てきたのか」 「あ、セツナー、おはよー」 「……おい」 外では既に自転車に跨っている女性が一人。その隣で自分の身長の半分あるか無いかの銀髪の少女が同じように自転車に跨っていた。良く見ると、二人ともデザインが同じお揃いのものらしい。 「何だそれは」 「見て分からんのか。自転車だ」 「自転車だよー。アヤノとお揃いなんだー。いいでしょ」 「いつ買った」 「昨日。これで遅刻とは無縁だな」 「仮にも保健室の教員だろ。遅刻そのものがまずおかしい」 「ふっ、ここで話している暇があるのか?」 言われて携帯電話を取り出し、時間を確認する。時刻は8時20分。HRは30分からである。 「じゃあお先に」 「お先にー」 余裕の表情で自転車を走らせていく2人。勿論、取り残された雪那には選択肢など一つしか残されていない。 「うううううおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」 部隊にいた頃よりも感じたことの無い焦りを抱えて、今まで体感したことの無いスピードで全力で走り出した。そのスピードは自転車で走っていた2人など相手にならないほどである。さすがは元・国連の特務部隊隊長。魔法でのブーストすら無しで街の中を駆け巡っていく。 「朝から元気だな」 「だねー」 それを見送りながら、綾乃(あやの)とアティは自転車で難なく通学していく。 「どおああっ!」 バタン! 「お、セーフ」 「すごいすごい。瀬里奈の予想よりも5分早いよ」 「ちっ、これで今日の賭けは負けか」 「ここのところ遅刻は5連続だったからな。記録更新に賭けたんだが」 「はっはっは。今日は大穴狙いで正解だったぜ。食券、一枚奢れよ」 「しょうがないか、雪那君だし」 「はあ、はあ」 口々に離しながらクラスメイトが迎えてくれる。完全に息を切らしながら、崩れ落ちるように雪那は席に着いた。隣に視線を移動すると、瀬里奈がなんともいえない表情でこちらを睨んでいる。 (……怒ってる) それだけを確認した雪那は、担任が来るまでに息を整えようと深呼吸を何度も繰り返した。現在の時刻は8時22分。わずか2分で家から学校まで走ってきたのである。いくらなんでも息切れして当然だ。 隣で瀬里奈がお怒りなのは物凄く気掛かりなのだが、それは後に持ち越すことにする。そうこうしているうちにチャイムが鳴り、教室に担任が入ってくる。 「おおお! 月代、お前がいるとは今日は雪でも降るのか!」 教室にどっと笑いが巻き起こる。 「あ、あはは、勘弁してください」 そんなこんなで、今日も騒がしい1日が始まるのだった。 |