| ホオジロときかんしゃ | |
|
雨あがりの すがすがしい朝でした。 クリばやしには いちめんにクリの花が咲いていて、
ミツバチが いそがしそうに とびまわっていました。 ゆうべの雨で ほこりと あせとを きれいに あらいながしてもらったので、 こかげの小さな花たちは 身も心もかるくなった気持ちで、のびのびと さわやかな空気を むねいっぱいに すいこんで、いかにもうれしそうに 目をかがやかせていました。 草かりがまと かごとを持って、マサル君は けさもこのクリばやしへ、 ウサギにやる草を刈りにきていました。 先月うまれたばかりの まっしろな子ウサギの かわいらしい目つきや口もとを 思いうかべながら、マサル君は ウサギのよろこびそうな やわらかい草をさがして 刈りあつめていたのです。 すると いっぴきのミツバチが マサル君の耳もとへ とんで来て ささやきました。 「マサルさん。 すみませんが ちょっとヒヨドリ山のふもとまで 来てください。 ホオジロ先生が待っているのです。」 マサル君は たずねました。 「ヒヨドリ山って どこのあるのだい。」 「とおくはありません。 わたしが ごあんないします。」 と言うと ミツバチは もう先に立って とびはじめました。 マサル君はだまって あとについて行きました。 とんで行くミツバチの 黒と黄色の しまのズボンが 朝日にてりはえて、目がさめるようにきれいでした。 ときどきミツバチのすがたを見うしなって、マサル君が キョロキョロあたりを 見まわしていると、ミツバチは ブーンと ことさらに大きな音をたてて やって来て、 「こちらですよ」 とさもおかしそうに言います。 やがてヒヨドリ山のふもとに つきました。ホオジロの先生は マサル君を見ると あわてて、ゆがんだネクタイを なおしながら、 「やあ マサルさん。 およびたてして すみません。 きょうは よいおてんきですね。」 と言いました。 「このへんは けしきのよいところだね。 ヒヨドリが たくさんいるのかい。」 とマサル君は たずねました。 「今は いないのです。 冬になると 北のくにから たくさんとんで来ます。 むかしはここで ヒヨドリ大臣を せんきょしたのでヒヨドリ山という名がついているのです。」 「ここには学校もあるの?」 「ええ、ホオジロ学校というのです。 きょうは にちようですから、あのとうり みんな木のうえで あそんでいます。」 ホオジロの先生が ゆびさすほうを見ると、ちかくのカシの木に ことりの生徒が 大ぜいあつまって、うたを うたっています。 ヒバリもいました。 メジロもいました。名はわかりませんが からだが黄いろくて 目の上に ほそい まっしろなすじのある きれいなとりもいました。 マサル君は このとりの声が きわだって うつくしいと思いました。 やはり ホオジロのかずが 一ばん おおいようでした。 「それで ぼくに何か用が あるのかい。」 とマサル君が ふりかえって たずねますと、ホオジロは 言いにくそうに しばらくモジモジしていましたが、 「じつは おねがいが あるのです。 あなたの持っている きかきかんしゃのもけいを 二三日 かしてくれませんか。」 と言って 二三ど ピョコピョコあたまをさげました。 マサル君は これはこまった と思いました。 東京のおじさんから おみやげにもらった あのでんききかんしゃの もけいは、マサル君の持ちもののうちで 一ばん だいじなものでした。 ほかのものならともかく、これだけは こまるな とマサル君は かんがえました。 マサル君が へんじをしないので ホオジロは しんぱいそうに 言いました。 「いけませんか。 ほんの二三日だけで いいのです。 けっして こわしたりなど しません。 かならず おやくそくの日には おかえしします。 じつは生徒に きかんしゃがどうしてうごくかを おしえたいのですが、ほんものの きかんしゃのそばには あぶなくて 生徒をつれて行くわけにはいきません。 こんないなかには もけいを 売っている店も ないのです。むりなおねがいだ とは思いますが、どうかききいれてください。」 それを聞くとマサル君も つい きのどくになって、 「それじゃあ かしてあげよう。 だいじにしておくれよ。 ぼくがここへ持ってこようか。」 と言いました。 「それには およびません。 つかいをやりますから、あしたの朝七時ごろ クリばやしの入口に咲いている ツツジの根もとに おいておいてくださいませんか。 あなたのうちには ネコ君がいるので ちかよれませんから。 ああ これで あんしんだ。」 というと ホオジロは りょう手を 妙にうごかしながら、きかんしゃのかたちを、宙にえがいて見て、うれしくてたまらない ようすです。 そして思い出したように、 「レールもわすれないで かしてくださいよ。 あのきかんしゃは きてきも なりますか。」 と言いました。 「あれは でんきで 走るのだからね。 きてきはならないよ。 それに車輪がひとつこわれかけているから、よく気をつけてね。 じゃあ あした持って来ておくよ。」 と言って マサル君は かえろうとしました。 ホオジロはまたピョコンとおじぎをして、 「おねがいします。 ではミツバチ君、マサルさんを おくって行ってくれたまえ。」 と言いました。 かえり道は行きがけよりも ずっとずっと遠いような気がしました。 マサル君はきかんしゃをかすことが、やはり心配でした。 ツツジの根もとにおくのはよいが、リスが来て いたずらをしないかとも思いました。 お母さんに知れたら しかられはしないかとも思いました。 それに かすやくそくは しっかりとして来たけれど かえしてもらう日を、はっきり きめて来なかったことにも 気がつきました。 日がさをさしたようなかっこうで タンポポの実が二つ三つ フワフワとミツバチのあとを追って とんで行くのを見ながら マサル君は この道がどこまでもどこまでも つづいていればよいのにと思いました。 (おわり) 昭和23年3月 |
|
掲示板はここをクリック
|
戻る |