イースペリアでの交戦終結直後、ラキオスはサルドバルトに対して正式に抗議文書を送った。同盟国イースペリアに侵攻し、エーテル変換施設暴走を引き起こして同国を滅亡させたことの……真実はどうあれ、少なくとも対外的にはそうなっていることの責を問うものだ。これで両国は事実上の戦争状態に突入したことになった。
 ……それを聞いた時は開いた口が塞がらなかった。自分こそがあの大惨事を引き起こしておきながら……と。だけど、同時に納得もした。あのクズ人間ならそれ位平気でやるだろう。
 とにかく令が下された以上、俺達はサルドバルトと戦うしかない。
 進軍開始までの短い間、俺達スピリット隊はひたすら訓練を続けていた。サーギオス帝国の協力を得ていると目されるサルドバルドと戦うに足る、さらなる戦力を身に付けるために。










黄昏に望む――


/ 失望に嘆く 1st










「やあっ!」

 ヘリオンが俺に向けて居合を放つ。右方向から横薙ぎに、閃光のように迫る刃。それをオーラフォトンを纏った『求め』で正面から受け止めた。
 金属音と共に軽い衝撃。
 続けて、さらにギギギギンと連続した音が響く。一撃の金属音が鳴り止む前に次々と放たれた、ヘリオンの連撃によるものだ。超高速の連続抜刀。
 それら全てを受けて、思う。

「……驚いた」

 今までヘリオンは、初太刀の速度こそ並外れていたものの、経験不足によるものか斬り返しは巧くなかった。一つ一つの行動の隙がまだ大きかったから、連続で居合は放てず、連撃は苦手だった筈だ。その不足分を初太刀の鋭さと高速移動による攪乱でカバーしてたんだけど。

「今のやつ、凄いじゃないか!」
「ふぅ……! あ、ほ、ほんとですか?」
「ああ、今までと手数が段違いだ」

 確かに俺が知る剣技の最高峰――脳裏に焼きついているウルカの技と比べれば、威力も斬り返しの速さも全然足りない。けど、それでも少し前から比べれば飛躍的な進歩だ。
 イースペリアでのウルカとの一件以来、悩み事も解消されて集中力も上がってきたみたいだし。いい傾向だ。結局何の悩みだったかは知らないままだけど……ヘリオンが元気になって、ちゃんと生き残れるよう強くなってくれるなら俺はそれで充分嬉しい。

「あは、ありがとうございますっ! 実はファーレーンさんに教えて貰って……ってわわっ!?」

 満面の笑顔で寄ってくるヘリオンの頭を、気付いたら撫でていた。頑張ってるんだなって思ったら、褒めたくなってつい。
 うーん……ヘリオンの頭は位置といい撫で心地といい、ある意味魔性だな……性格と相俟って、無性に俺を撫でたくて仕方ない気分にしてくれる。

「あ、悪い。いきなりだったよな」
「い、いえ、その、気にしてませんから! というかむしろそのまま続けて……」

 ヘリオンはポーっとした表情になると、俺の手をそのまま受け入れた。
 しばらくわしゃわしゃと撫でる。
 わしゃわしゃ。わしゃわしゃ。わしゃわしゃ………

「……なにやってんの?」

 気付くと、近くに来ていたニムに変なモノを見るような目で見られてた。その隣のファーレーンも、どう言ったものだろうかというふうに苦笑気味な顔を向けてくる。……口元が隠れてるから目で判断するしかないけど。

「お、ニムにファーレーンもこれから訓練か」
「うん。お姉ちゃんと一緒に。ていうかユートはニムって言うな!」
「こ、こらニム。またユート様を呼び捨てにして!」

 いつも通りな二人に、思わず笑みを浮かべてしまう。同時に、ヘリオンから手を離していた。その時「……あ……」とか名残惜しそうな声が聞こえた気がしたが。

「……あ、そうだ。ファーレーンさん、何度も訓練に付き合って頂いてありがとうございました!」
「いえ、いいんですよ。『雲散霧消の太刀』、習得できましたか?」
「はいっ。段々形にはなってきました。えへへ、ユートさまにも褒めて頂けたんですよ」
「……ふぅん。お姉ちゃんに技を教えてもらったんだ?」

 ヘリオンの言葉を聞いたニムが、なんだか面白くなさそうな顔をした。神剣の形と能力が違いすぎて、ニムではファーレーンの技を使いようがないからか?
 そんなニムの表情の変化に気付かないヘリオンは笑顔で応える。

「ええ、そうなんですよ」
「……へえ、じゃあやってみて。丁度防御魔法の練習するとこだったし、ニムが受けてあげる」
「へ、あ、あの、ニム? わわ、引っ張らないで下さいっ。やります、やりますから!」

 ニムはヘリオンの腕を取って、強引にずるずると引いていった。ドナドナ。
 訓練所の空いている場所まで行くと、二人は十歩くらいの距離を取って向かい合った。
 ニムが石突を地面に突き立てて、『曙光』を防御の形に構える。盾の形状を成したシールドハイロゥが輝き、高密度の風を操って大気の防御壁を織り成した。

「じゃ、いいよ」
「わかりました。いきます!」

 無理矢理させられてる感があったヘリオンも、実際に剣を抜く段になると真剣な表情に変わった。
 腰を深く落として前傾姿勢になり、右手を『失望』の柄に添え……気合と共に、力強く地面を蹴った。
 一つ瞬きをする間にヘリオンは十歩の距離を瞬時に詰め、抜刀。一撃目が防御に阻まれるなり即座に納刀し、鍔鳴りが収まらない内に二撃目を放った。続いて三撃、四撃、五、六……
 居合いの姿勢を保ったまま、俺が辛うじて目で追える速度でもって幾度も斬りつけていく。多分、剣を振るう腕はついていけないと思う。そんな情けない自信はある。
 最初は涼しい顔をしていたニムも、攻撃を受けるにつれて段々余裕が無くなってきていた。もう必死だ。

「横から改めて見ると少し粗が目立つけど……でもやっぱり速いな」
「ええ。私が教えた時より、さらに速く正確になってます。最後に見たのはほんの五日前なんですけど……」

 二人の攻防を並んで見学する形になったファーレーンが、感心した風に言った。
 そういえば、さっきファーレーンに教えてもらったって言ってたっけ。

「サンキュ、ファーレーン」
「サン……? ああ、ハイペリアの言葉でしたね。いえ、わたしは仲間として当然の……? ?? どうしてユート様がお礼を仰るんですか?」
「え?」

 そういえば……どうしてだ?
 ……いや、ヘリオンの事は、確かに心配だ。強くなればそれだけ生き残る確率も高くなるし、それが俺は嬉しい。
 だからそれを手伝ってくれたファーレーンに礼を言うのは当然…………あれ? どうして俺は、それが当然だって、思った? いや、だけど仲間……それだけ? あれ?

「あ、い、いや、最近までヘリオン調子悪そうだった……から?」
「ああ、そうでしたね」

 考えが妙な方向にいきかけて、戸惑う。それ以上考えるのをやめて、咄嗟に思いついたそれっぽい理由を言った。最後が疑問形になってしまったが、ファーレーンは気にした様子もない。普通に納得顔を返してきた。

「でも、最初は本当に驚きました。同属のスピリットですから、教えを請われるのは分かるんですけど……その時に言われたのが、今度『漆黒の翼』に遭った時にはユートさまをお助けできるように、でしたから」
「そんなことを?」
「ええ、自信無さげではありましたが、はっきりと」

 そうか……。
 あの時ウルカに認められちゃったもんなぁ、ヘリオン。本人は偶然だ誤解だって言って青ざめてたたけど、実際ウルカの攻撃を割って入って止めたし。それに、あいつを上回る速度を持ってるのは事実だしな。
 今度ウルカに出会っても死なない為に、ってあたりも訓練に気合入れてる理由として大きいんじゃないかと思う。

「……ただ、少し気になっている点もあるんです」
「なんだ?」
「ユート様はご存知ですよね。あの娘の、初太刀の速さ」
「ああ」

 勿論、よく知ってる。何度も驚かされたし、助けられたこともある。

「居合の太刀は基本的に一太刀のみで、私達の全ての型の基本技ではありますが――それだけにあの娘の最大の持ち味である速度を充分に活かせる技なんです。それを、連続技の精度にこだわるあまり……」
「殺してしまうんじゃないかってことか」

 俺の言葉に、ファーレーンは頷く。
 ……確かにウルカの猛攻に対する為には一発だけじゃない、連続した剣が必要だと思う。
 他にも、ウルカの連撃の強さに触発された、というのもあるんだろう。
 だけど……ファーレーンの言葉も、一理ある。

「やあああああっ!」

 どうしたものかと思った俺の視線の先では、ヘリオンがニムの防御壁を斬り崩していた。最後の一撃で防御壁を抜いたヘリオンはニムの脇を払い抜け、彼女が振り向く前に剣先をピタリと背筋につけた。
 ……ヘリオンがこれで確実に強くなってるのは事実なんだよな。

「……はぁ、わかった。ニムの負け」
「はいっ」

 嫌そうに言ったニムとは対照的なヘリオンの笑顔。
 それを見て、ファーレーンの懸念は杞憂だと……そうであればいいと、祈るように思った。


◆  ◆  ◆


 ――数日後、サルドバルトへの進軍が開始された。
 予想通りラースより先、国境沿いに敵の大戦力が待ち受けており、アキラィスを陥落させるのに三日を要してしまった。俺たちを国境で食い止める腹積もりだったんだろう。
 その先の拠点、バートバルトや首都サルドバルトでも、数はともかく強さは同等以上の戦力が待ち構えているものと思って警戒していたが……
 アキラィスからは予想よりもさらに敵数が少なく、何より敵の強さが予想してた程ではなかった。そこからたった五日でこうしてサルドバルトまで陥落。俺達の後から意気揚々と乗り込んできた人間のラキオス兵を残して、俺達はラキオスへと帰還した。
 その帰路の途中で、思う。

「結局、サーギオスは出てこなかったな……」

 俺達がサルドバルトを脅威と認識していたのは、大陸最強の軍事力を保有するサーギオスの協力を得ていると思っていたからこそだ。だけど蓋を開けてみればサーギオスのスピリットの姿は何処にもなく、居たのはサルドバルトの者だけ。
 サーギオスから多量のエーテルを譲り受けて強化されたサルドバルト兵は、確かに弱くはなかった。だが、予想してたほど強いとは感じなかった。サーギオス兵もいるだろうと考え、最低でもセリアやヒミカクラスの強さの敵を相手にする気で訓練を繰り返してたから、その反動は余計にだ。
 それに……もしかしたら、またあいつ、ウルカに遭うかもしれないという危機感もあった。
 今度あいつに会えば、目をつけられてしまっているヘリオンや俺は無事には済まないだろうと。
 だけど結局何も無く、こうして皆全員無事だ。
 俺も、ヘリオンも。
 正直、拍子抜けの感がないわけじゃない。
 でも、今はそれでいい。
 ラキオス王やサーギオスへの苦々しい思いも今は忘れて、皆の無事を喜ぼう。
 しっかりと、生き残れたことを。



 ……ただ。

「この者の妹を解放してはどうでしょうか?」
「…………え?」

 まさかそれ以上の喜びっていうか踊りだしたくなるほどの嬉しさを、ラキオスに戻り次第感じられるとは思ってもみなかったけど。

「っいやっっったああああぁぁっ!!」

 というか実際館に戻るなり大騒ぎした。
 佳織、佳織、佳織!
 佳織に、やっと会える――!!

「ユート、うるさい」

 ごめんなさい。


◆  ◆  ◆


 ――張り詰めた空気。
 怒号飛び交う戦場もかくやという緊張が、第二詰所に満ちていた。
 食卓等の家具が配置されており、居間として使用されている大部屋の中心。そこに数体のスピリット達が円陣を組むように集まり、互いに牽制するかのように視線を交わし合っていた。
 見つめ合うこと数秒。
 突き刺すような静寂を、ネリーが、彼女らしからぬ低く落ち着いた声で破った。

「――みんな、いい?」

 彼女の問いに、皆は一様に首肯して返す。それを受けたネリーもまた頷くと、静かに、しかし力を込めて右拳を振り上げた。

「じゃあ、いくよ!」

 他の者も同様に拳を振り上げ、もしくは正拳を放つかのように拳を自らの脇に引き付ける。
 そうして、彼女らは大きく息を吸い込み――

「せーの! じゃんけん!!」
『ぽんっ!!』
「ぽん〜」

 ……………………。

「ただいま。食料の買い出し行ってきたよ……ってあの娘たち何やってるの?」
「ああ、おかえりヒミカ。……はぁ、あれは、第一詰所に誰が行くか決めてるのよ。ほら、今日カオリ様が解放されるじゃない。皆で会いに行くって騒いでたけど、全員で一気に押しかけたら迷惑でしょうって叱ったのよ」
「で、なら誰か一人だけならいいだろうって?」
「そうよ。どの道後でご挨拶に伺うっていうのにね」
「ふぅん。経緯は分かったけど、結局アレは何?」
「ハイペリアの伝統的な籤引の一種らしいですよ。手を特定の形状にして出し合って、その結果で勝敗を決めるんですって」
「うん。オルファがユートから教わって、それをネリーが聞き出したって」
「ちょ、ちょっとニム! またユート様を呼び捨てにして!」
「う〜……」
「――手先の器用さ、動体視力、及び心理判断。戦闘に必要な要素の大半が凝縮された、非常に有効な訓練であると認識します」
「ナナルゥ、それ考えすぎ。アレ運がほとんどだから」
「でもなんでハリオンまでやってるの? ネリーにシアー、それとユート様関連だからヘリオンがやるのは当然として」
「『ユートさまの妹さんでしたら〜、お姉さんとしてご挨拶しませんと〜』とのことです」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………ナナルゥ、表情変えずに淡々とハリオンの真似しないで。ホントに怖いから」
「了解しました」

 そんな彼女達を尻目に、ヘリオン、ネリー、シアー、そしてハリオンの四名はじゃんけんを繰り返す。
 じゃんけんぽん、ぽん、ぽん、と。
 ……そうして数回のじゃんけんの結果、勝利はヘリオンがもぎ取った。
 途中から発声にも振り下ろす腕にも一番気合が漲っていた彼女の勝利は、ある意味当然といえるだろうか。

「や、やった! 勝ちました! これでわたしがユ、いえ、カオリさまのところに!」
「……ヘリオンすっごい嬉しそう。ていうかハリオンはなんで後出しで負けるんだよー」
「ある意味すごいと思うの」
「あら〜?」


◆  ◆  ◆


「……ユート様、お気持ちは分かりますが、少し落ち着いて下さいませ」

 今日何度目か分からない注意をエスペリアに受けてしまった。佳織とやっと会えると思うとどうしても落ち着けなくて、気付いたら玄関と居間の間をうろうろしてるからな…………注意回数、そろそろ二桁いったか?

「それではカオリ様がいらっしゃる頃には疲れて何も出来なくなってしまいますよ」
「そーだよパパ」
「いや、分かってはいるんだけど」

 どうしても抑えられないというか。

「ユート。ん」

 テーブルのところに座っていたアセリアが、自分の隣の椅子をポンポンと叩く。
 座れってことか。
 ……確かに立ってると落ち着けなさそうだ。素直に従うか。

「……そうだな」

 小さく息を吐くと、アセリアのところに足を向けた。エスペリアは微笑をもらして、「ではお茶を」と台所にパタパタ早足で歩いていく。
 なんか今の俺情けなさそうだよなぁ、とか思って椅子を引いた。
 そうして座ろうとした時、コンコン、と控え目なノックの音が玄関から。

「佳織っ!」

 それを聞くなり、俺は即座に反応。座るのをやめて玄関へ走り出した。掴んでいた椅子が床に倒れたんだろう大きな音が後ろから聞こえた。だが気にしない。
 玄関に辿り着き、壊しそうな勢いで扉を開けた。正午にほど近い時刻の強い日光が飛び込んできて微かに目が眩む中、その先にいた、小柄で、黒髪をツインテールにした佳織を力いっぱい抱き締め――

「佳織ぃっ!! …………って、あれ?」

 ――――あれ? ……ツインテールの、黒髪?

「〜〜〜〜〜〜っっ!?」
「ヘ、ヘリオン!? わるい間違えた!!」

 ヘリオンは顔を真っ赤にして言葉にならない声をあげていた。

「ユート、またうるさい」

 重ね重ねすみません。


◆  ◆  ◆


 混乱状態のヘリオンを連れて、とりあえず居間に戻ってきた。
 エスペリアが淹れてくれたハーブティーを飲んで、ほっと一息。
 さて。では。

「ホント悪かった! 佳織と勘違いしちゃって」

 テーブルに頭がつきそうな勢いで頭を下げた。
 まず謝っておかないとな。

「い、いえ! 全然大丈夫です! わたしなら気にしてま……あ、いえ、気にならないことはないんですけど、ていうかむしろすごく気にはするんですが……だって……」
「ん? ごめん。最後の方よく聞こえなかった」
「なんでもないです全然なんでもないですっ!」
「うお、そ、そうか? でも、大丈夫ならよかった。俺、結構力入れてしまってたみたいだからさ。あんなに顔真っ赤にするほど苦しかったんだろ?」
「はうっ!? そ、それはそのっ、別のことが原因といいますか……」

 ヘリオンは口の中で何かもごもご言いながら俯いてしまった。
 ……どうしたんだろ。

「ま、まあ、ユート様。この話はこのあたりで。それより、ヘリオンはどうしてここへ? 何か連絡がありましたか?」
「あ、そ、そうでした。あの、カオリさまに是非ご挨拶をと思いまして!」
「あれー? じゃあネリーたちは? ネリーたちもカオリに会いたがってたけど」
「あ、オルファ、それはね。みんなで行ったら迷惑だってセリアさんに怒られちゃって、それでわたしが第二詰所の代表として来たんですよ」

 説明しつつごそごそと包みを取り出して、

「あ、そうだ。これハリオンさんが焼いたヨフアルです。カオリさまと皆さんにどうぞって」
「わぁー! 美味しそー!」

 包みを少し開いて見せてくれた。その中には言葉どおり、甘い匂いを放つ、キツネ色にほどよく焼けたヨフアルが。
 うん、オルファの言うとおりすごく美味そうだ。この場にレムリアがいなくてよかった。

「そっか。サンキュ。でもわるいな、まだ佳織来てないんだ」
「あ、いえ。早めに来ましたし、カオリさまがまだいらっしゃってないのはさっき分かり……」

 言いつつ、ヘリオンの顔が段々と赤くなっていく。それと共に声も小さく。
 ……さっきのことを思い出したのか。

「……あー」

 そんなヘリオンの様子を見てると、俺も、その、なんだ? なんだか頬が熱くなってくる。
 同時に、気持ちも変な方向にいってしま……

――コンコン

 ……いそうになった時、玄関から小さなノックの音。

「か、佳織っ!?」

 一気に我に返った。今度こそ会えると、期待感一杯に走り出す。
 が。

「ユート」
「ですから落ち着いてくださいませ。それではまた先程のようになってしまいます」

 アセリアに肩をがっしりと掴まれ、エスペリアに諌められた。

「う……」
「私が出て参りますので。どうか落ち着いてお待ち下さい」

 エスペリアが冷静に告げ、玄関に歩いていった。
 その後姿を見送った俺は、今度こそ落ち着こうと深呼吸。すーはー、すーはー。
 そうして、待つこと少し。
 玄関の扉が開き、木材が軋む音が小さく聞こえた。それから、トントンと廊下を歩く軽い音。最初は遠く小さく響いたそれが、一歩毎に大きくなっていく。呼応するように、俺の心臓も期待で段々鼓動が早まっていき――

「――お兄ちゃん!」

 ――真っ白になった。
 佳織の声を聞いた瞬間、頭から何もかもが消え去った。
 考えるよりも早く、部屋に入ってきた佳織を思いっきり抱き締めた。強すぎやしないか、とか、また苦しめちゃ、とか、考える余裕なんてどこにもなかった。

「佳織……! 佳織、佳織!」
「会いたかった! 会いたかったよお兄ちゃん!」
「ああ! ああ……! ごめん、辛い思いさせてごめんな……!」

 涙を浮かべながら俺の名を呼ぶ佳織。
 今は、そんな佳織しか目に入らない。

 ――だから、だろう。

「ユート、嬉しそう。……ん、わたしも、嬉しい」

 控え目だけどしっかり笑っているアセリア。

「パパもカオリもすっごく嬉しそう! オルファも後で抱っこしてもーらおっ!」

 無邪気に笑うオルファ。

「ユート様……本当に、本当におめでとうございます」

 慈しみを込めた瞳で穏やかに佇むエスペリア。

「良かった……ぐす、ユートさま、本当に良かったです! ……うん、よ、良かった…………あ、れ?」

 感動の涙を浮かべつつも、何かがひっかかかったのように顔を僅かにひきつらせたヘリオン。
 その誰の様子も、俺は全然気にする事がなかった。


◆  ◆  ◆


――同時刻、神聖サーギオス帝国首都サーギオス。

 謁見の間にて、一つの命令が下された。

「そうだ。遊撃部隊に伝えろ。僕からの勅命だ」

 酷薄そうな声が、跪き頭を垂れる兵士の耳に届いた。
 兵はその言葉を粛々と受け止める。
 自分の前に居る存在が、絶対的な畏怖と恐怖の対象であるとの認識を以って。
 その命令は身命を賭して果たさねば……確実に自分の首が飛ぶという、事実に基づく確信を以って。
 そして、彼に告げられた。
 絶対者の言葉が。

「ラキオスに往って、エトランジェの少女……佳織を連れて来い。――僕の、佳織を」






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