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 聞き覚えのあるその声に振り返ると、そこに真雪が立っていた。左腕は白い布でつるして痛々しい姿だった。

 真雪は瓦礫の上を跳ねるように飛んで、弘毅の側へ近寄る。転がったままの弘毅を見下ろしてきたのは、少し怒った顔だった。

「僕がいないとすぐに手を抜くんだから」

 言ってから、クローン人間を見上げる。彼はうれしそうな表情で見下ろしていた。

「怪我、治ったの? もう動けるの?」

 真雪は念じるように眉を寄せ、瓦礫の山に手をつく。クローン人間の足元が崩れかけ、彼はピョンと跳ねて真雪の前へ着地する。

「これ以上この人を苦しめないでよ、お願いだから」

 真雪は弘毅の前へ出る。まるで庇うかのように。

「苦しむ? ボクが寂しかったみたいに?」

「そうだよ」

 真雪はゆっくりクローン人間に近づいて。

「嘘だよ。だってコウキはボクがいらなかったんだ」

 クローン人間は言うと同時に真雪に体当たりしてくる。真雪はそれを避け、彼の身体に触れる。それだけでクローン人間は後方へ吹き飛んだ。それを追って真雪は駆け出す。

「おい、真雪」

 弘毅の声に一瞬振り向いて、真雪はクローン人間に超能力を繰り出す。

 いくつもの爆発音が響く。その度に上がる悲鳴はクローン人間のものだった。その声に弘毅は耳を覆う。

 こんな所で動けないままの自分。

「峻、峻…情けないよな、俺。だけど、お前のこと、忘れられない…」

 浮かぶのは峻の顔。出会った時の、脅えた顔。ほんの僅かに笑顔を取り戻した顔。やがて心を開いてくれて――。

「ごめん、峻」

 ひざまずいて、うつむく。地面についた手。その手元に落ちる水滴。

 ――何やってるの、松田弘毅っ。

 ふと、頭に響く声があった。

 ――僕がいないとすぐに手を抜くんだから。

 弘毅はパッと顔を上げる。そこに見えるのは目に見えない光のスパークする光景。真雪とクローン人間の戦う姿があった。

 ――僕には大切な人がいるから…その人を守る為に生まれてきたんだ。

 真雪の使うのは、かつて自分が考案して、峻に教えた技。サイコキノとしての腕は、自分よりも優っていた峻は、それを簡単に習得していた。

 ――チョコレート、好きでしょ?

 何故、知っていたのか。

 ――お前、名前は?

 ――峻…。

 そう、言わなかっただろうか。

 弘毅は握りこぶしに力を込める。

 自分は馬鹿だ。

 心底、思った。

 こんなにも近くにいて、何故気づかなかったのか。あんなにも近くにいて、あんなにも思っていた存在を。

 欲しかったのはその姿ではない。側にいて欲しかったのは、その魂――存在。元の姿であっても、たとえ全く別の姿であっても。

 あの温かかった腕の意味に、今、気が付いた。

「峻…」

 弘毅は大地を殴って、立ち上がった。


   * * *



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